1108 理想の兵
エスタルの大広間でマルティアーゼは考え込んでいた、昨日沿岸州の揉め事にエスタルが介入した事に対しディストレアから抗議の使者がやって来た、勿論そんな命令は出していないと反論したのだが使者は納得しないまま帰って行った。
沿岸州の情勢に横やりを入れようとも思っていなかったので、寝耳に水の話にギルド長ホロバンへ連絡を取っていた。
そのホロバンから連絡が来た。
(確認をしましたがグルバヌスの調査で送った魔道士以外で沿岸州へ派遣させた者はいないと……当然私もその様な命令は出しておりませぬ)
(そうですか、ではやはりグルバヌスでしょうか?)
(そうなりますな、しかし複数の魔道士が目撃されたというのであれば仲間がいるという事になります)
(彼が徒党を組んで行動をしているとなれば、こちらもそれ相応の対応をしなくてはいけないという事ですね、エストラからの報告はありましたか?)
(グルバヌスの確認は未だ取れずとの事で御座います)
(彼の捜索を広げて下さい、エストラ以外に必ず居るはずです、人員は任せます)
(御意)
ホロバンとのやり取りを終えたマルティアーゼは難しい顔で玉座に座っていた。
エストラはキエヌとの戦争に負けて現在は暫定政権の指揮下にある、国王一家はキエヌに幽閉、グルバヌスは行方不明だというのがこれまでの魔道士からの報告であった、そこにディストレアからの抗議が届き、沿岸州の戦争にグルバヌスが参加していた可能性が出て来た、それも多数の魔道士と共に行動しているようだった。
(南方にそれだけの魔道士がいたというの、ギルド員では無いとなれば野良魔道士になるけれど、野良魔道士が手を携えて行動しているというの……)
野良がどれだけ隠れ住んでいるのかは不明だが、彼ら一人一人信念が違うはずなのに手を取り合って他国の戦争に参加していたなんて、想像だにしない行動に南方では一体何が起きているのかと不安しか思い付かなかった。
(もしかしたら大公夫妻の実行犯も彼一人ではなかったのかも知れないわ)
それでもディアンドルとグルバヌスは通じていたのは確かな事で、彼が一人ローザンからの帰りに三人ものギルド員を殺した事実も決して許せるものではない。
マルティアーゼはグルバヌス一人倒せれば良いと思っていたのに、ここにきて戦う相手が多数の魔道士と状況が大きく変化してきた事に、易々とは行かなくなってきたのを自覚した。
(例え何人で来ようとも必ず私の目で彼の死を見届けるまではお父様達に安眠は訪れないわ)
エスタル前王殺害でローザン討伐に国は動かせられたけれど、ローザン大公夫妻に関してはエスタルとしては関係が無いと言われれば国は動かせられなかったが、ギルド員を殺された事でギルドの協力も得られた、それにフィッシングやバルートという強い仲間も来てくれたので、少なくとも二人とギルドだけでもグルバヌス討伐にいける事になった。
それでもまだ準備は足りない、その為に強引にでも彼らを諸侯に取り上げもしたし、彼らがエスタルでの地位を確立するにもまだ時間は掛かる。
(少しずつでも着実に前へ進んでいる、彼がどんな陰謀を企んでいても最後には必ず私の前に現れるはず、それに彼だってこちらの状況は知らないのよ、お互い札を出し合うその時までね)
国の変革に否定する者もいるが、マルティアーゼはグルバヌス討伐を最終目標として何があってもやり遂げる決意を持っていた。
「おいバル、相談があるんだ」
「な、何ですか?」
フィッシング邸に遊びに来たバルートはフィッシングの開口一番に嫌な感じがしてしかめっ面をした。
「馬鹿、変な話じゃねえよ」
バルートの反応にフィッシングは直ぐに察して言い返す。
「おめえのとこの兵士を俺に貸さねえか?」
「ど、どしてです?」
フィッシングの言葉はいつも単刀直入で、その真意を教えてくれないのでこれまで散々な目に合わされてきたので、バルートはそれだけでは信用していなかった。
「俺とおめえとこの兵士を合わせりゃ一万だろ、その兵士を俺が鍛えてやるって言ってんだよ、おめえは兵士共を鍛えられねえだろ」
「う、うん……」
一つの町を半分ずつに任せられた二人は、私兵も各人五千程度と他の諸侯に比べれば少ない数しか持っていなかった。
「兵士を放置してるぐらいなら俺が鍛えてやるから任せろよ」
「う~ん」
確かに魔道士ならバルートの専門だが剣に関してはフィッシングだった、兵士の教育は部隊長に任せっきりでバルートは関与していない、兵士達との交流もなく顔会わせに一度会ったぐらいだったので、兵士からは嫌われているだろうと余計に会いにくくて兵舎にすら近付こうとしなかった。
「おめえよ、もしグルバヌスの奴を倒しに行く時に言う事の聞かねえ兵士なんて連れていけるのか、侯爵になったら一人で移動なんて出来ねえんだぞ常に守られる立場なんだからな、その守る兵士が役に立たねえじゃ守られる方もおちおち寝てらんねえだろ」
「そうだけど……魔道士相手じゃ兵士を鍛えても意味ないです」
いくら魔導を理解しているエスタル兵でも魔道士相手に戦えないだろうから、いざ魔道士と戦う時になれば自分が戦うしかないのである。
「何言ってやがる敵は魔道士だけとは限らねえだろ、俺が超一流の軍隊にしてやらあ」
「ええでも、マルさんから預かった兵士を他の人にあげちゃって良いのかな」
「馬鹿、貰う訳じゃねえ貸せって言ってんだ」
「あうう」
「ったくよ、おめえ侯爵になってそんなあうあう言ってんじゃねえよ、部下に舐められちまうぞ、もっとシャキッとしやがれ」
頭を掻きながらフィッシングは溜息を吐いた。
フィッシングはラミールで率いた軍隊の事を思い出し、あの時は借り物だったがエスタルでは自分だけの軍隊を組織したかった、それでまずはエスタルで自分の部隊が一番強い事の証明をさせ、ここでの地位を確固たるものにするのがなを広める近道だと考えていた。
バルートに反対する理由もなく、何もせず放置しておくぐらいならフィッシングに任せた方が良いんだろうと彼の提案を呑んだ。
「へへっ任せろって、ちゃんとおめえを守る様に躾けておいてやらあ」
バルートが帰ってから二日後にフィッシングの所に兵士一万が練兵場に招集された、いつもより練兵場が狭く感じる圧迫感はフィッシングにとって気持ちの良い。
(こいつらを手足の様に動かしてやる)
ラミールで感じた兵士達との一体感、一本の矢のように一人で突き抜けていくのではなく槍でぶち壊していく感覚を思い出させる。
(平和呆けしていた奴らでもあそこまで出来たんだ、幾らエスタル兵が弱いつってもあれよかましな動きは出来るだろうよ)
今後ここにいる兵士達を戦いに出向く時には、自分の手足として率いていくのを想像しながらフィッシングはにやりと笑みを浮かべていた。
「よおしおめえら、今日から俺がビシバシ鍛えてやるからな覚悟しろ、まずは俺の力量を見せてやる……腕試しだ誰か俺と戦いてえ奴は名乗り出ろ、何人でも構わねえぞ」
それがフィッシングの第一声であった。
ざわめきと腕自慢の声がそこいらから脱せられ、練兵場は大盛り上がりの様相を呈していた、それ自体がフィッシング流の兵士達と親交を深める狙いでもあり、主従関係ではなく交友関係こそが連携のすばらしさを生むと考えていた。
「おお、大勢いやがるな、はっはっ良いぜ出て来い、他の奴らは場所を空けろ」
すると名乗り出た兵士達が中央に集まり、他の兵士達はささっと遠ざかると大きな人壁の円形闘技場が作られた。
集まった兵士達の前にフィッシングは臆する事なく前に立つと剣を抜き、
「面白え試合になりそうだな、全員纏めて掛かってこい本気で来ねえと今日がおめえらの命日になるぞ、分かった来やがれ」
相手は三十人はいる中にフィッシングは剣先を地面すれすれに下げて笑いながら向かって行った。




