1106 恋の季節
「僕だって出来たんだ」
何度目かの意見で周囲の人達から受け入れられた事を肌で感じられた、最初に自分の意見を言った時は目を見開いて驚かれたが、諦めずに自分がどの様な町にしたいか言い続けた結果、問題提起や改善の意見を求める際はまずバルートに意見を尋ねられるようになった。
お飾りの領主ではなくこの土地の領主として認められた事で気分が良くなったバルートは、楽しそうに町を練り歩いていた。
「今日は気分が良いな、僕がこの町を守るです」
気持ちが良くなるとこの町の視野も広く感じられ、どこをどう直せば町が良くなるんだろうと見て歩いていた。
「あれ、あの子」
前からぎこちない歩き方でしかめっ面した女の子がふらふらと歩いてくる、その姿は周りからも一目瞭然でおかしかった。
杖も使っていないので足が不自由そうには見えない、ならどうしてあんな引き摺るようなよちよち歩きをしているのだろうとバルートは立ち止まって見ていた。
怪我でもしてるのかなと観察しているとバルートの側まで女の子がやって来て、声を掛けた方が良いのかなと思う前に、
「ねえどうしたの、怪我でもしているの?」
とバルートは自然と女の子に声を掛けていた。
「えっ……いえ違います、ちょっと運動不足の所為で筋肉痛になってしまいまして足が痛いんです、かなり良くなっては来ているんですけど足だけは……」
急に声を掛けられて顔を上げた女の子がバルートを見た。
「あうあう、筋肉痛ですか……それじゃあ治療も効果がないです、お家で休むのが一番です」
「ええ、でもお腹が減れば食べないわけにはいきませんから、さっき食事をして少しは元気が出たので散歩しようと思ったんですが体はまだ言う事を聞いてくれないみたいです」
と女の子は照れくさそうに笑った。
(可愛いな……)
肩に掛かる赤髪に綺麗に揃えた前髪に、革のスカートとベストに頭にはスカーフを巻いた格好が清楚な感じでよく似合っている、その素朴な感じと可愛らしい笑顔にバルートにはとても可愛く見えた。
美人と言うならマルティアーゼやミエールといった女性がいて、可愛らしい女性となればスーグリやカルエだっただろう、しかし彼女にはまた違う可愛らしさがあると言うとマルティアーゼ達に何と言われるか、しかし素朴で愛嬌がある笑顔は何とも言えない引き付けられる魅力を感じられた、そういう意味で目の前にいる女の子にバルートは親近感を覚えた。
「この町の人じゃないんですか、ここは見た目より大きいからその体じゃ歩けなくなるかもです」
「そうですか……それじゃあ今日はもう宿で休んで歩けるようになってから町を見て回ります、教えてくれて有り難う御座います、それじゃあ……あっ」
女の子が踵を返して振り返ろうとすると足がもつれて前方に体が傾いた。
「危ない!」
咄嗟にバルートが後ろから女の子を抱え込んだ、間一髪地面すれすれで受け止めたバルートは女の子を起こしてあげた。
「大丈夫?」
女の子は何も言わずじっとしたまま体をバルートに預けていた、もしかして頭でも打ってしまったかと恐る恐るもう一度声を掛けてみた。
顔を上げた女の子と目が合うと、彼女の顔は真っ赤に染まっていて恥ずかしそうに視線を落とした。
「怪我でもしたの?」
一瞬血かと思って驚いたバルートは彼女の視線の先に目をやると、バルートの手が彼女の胸を掴んでいた。
「わわ、ご免なさい」
布の上から伝わる柔らかい感触にバルートも赤面して手を放した。
「い、いえ……あ、有り難う御座います」
さっと胸を手で隠す素振りで彼女は返事をした。
「僕そんなつもりじゃ……」
「分かってます、私の不注意ですからお気になさらず……それでは」
とまたよたよたと彼女が歩き出す。
「ぼ、僕バルートです」
何故自分の名を言ったのか去って行く彼女に叫んだ、それに応えるように彼女は一度足を止め振り返ると、ラーダですとにこりとお辞儀をして元来た方向へ歩いて行った。
「ラーダ」
ぼうっとしながらバルートは彼女のなを呟き去って行く背中を見守り続け、ゆっくりと自分の手に視線を落とした。
「……」
事故とはいえ彼女の胸を触ってしまった、微かに覚えのある感触に随分と昔のある女の子の事を思い出していた。
(もう女の子じゃないよね、元気でいればラーダと同じぐらいかな)
あれから何年経ったのだろう遠く苦い記憶がラーダと重なり、バルートは少し寂しい顔になった。
(少しあの子に似ていた)
だからラーダに何かを感じたのかも知れない、屈託の無い素直な反応が昔の少女を思い出させた。
「また会えるかな」
もう一度ラーダに会いたいと思っていた、いやバルートは昔の少女の感覚をもう一度ラーダから感じたかったのかも知れない。
次の日もバルートは仕事が終わると、直ぐに町に繰り出してラーダと出会った通りまでやって来て何処に居るのだろうかと通りをうろうろしながら、行き行く人達の中にラーダがいないか探した。
「どこに住んでるか聞けば良かったかな……」
あの時は焦って自分の名を口走る程に緊張していたのだから、そんな居場所まで聞ける余裕なんてなかった。
「何処に居るのかな?」
店内を覗いたり路地まで確認しながら探し回っているとあっという間に時間が過ぎて、気が付くと昼食を食べるのも忘れていた。
人の往来が少ないなと思っていたら昼食時だった事に気が付いて、バルートのお腹からもぐううっと大きな音が鳴った。
「お家に帰らないとまた執事の人に怒られるかな、嫌だな……」
躾に厳しい執事にいつもガミガミ言われていてバルートは苦手な相手だった、今日も昼までには帰ると言ってきたのを思い出した。
(どうせ今から帰っても怒られるなら何処かで食べてから帰ろうっと)
バルートは近くの食堂に入っていくと奥の方にラーダがいた。
「あっ……」
食事中のラーダにそっと近付いて、
「ラーダさん?」
彼女の方もあっという顔でバルートを見た。
「ぼ、僕も一緒にご飯食べて良いですか?」
「ど、どうぞ」
と、か細い声でラーダは答えた。
バルートが注文をする間、ラーダは食事の手を止め恥ずかしそうに俯いていた。
昨日の今日で真新しい記憶にどの様に顔を合わせれば良いのか分からない様子だった、それはバルートも同じで会いたいと思っていたのにいざ会うと昨日の事が鮮明に思い出され、会話の出だしに戸惑っていた。
「え、えっと……昨日はどうもご免でした」
「いえ……」
会話が続かない、意識しないようにと努めれば余計に緊張してしまう初々しい男女のようで、沈黙が重苦しく感じていた。
お互いじっと料理を眺めるだけで出来たての料理が冷めていく。
バルートのお腹は悲鳴を上げているのに手を付ける時機を失って、ラーダと料理を交互に見つめていた。
何度目かのお腹の悲鳴に耐えきれなくなったバルートは、
「あの……料理冷めちゃうです、食べないですか?」
「……はい」
消え入りそうな声が返ってくると、しずしずとバルートは料理に手を付け始め、それを見たラーダもおずおずと食事の続きを再開し始めた。
無言で食事をする二人、ちらりとラーダを見ると少しずつ口に運び彼女がいてその胸元に目が行ってしまいバルートはすかさず顔を伏せた。
いつもなら美味い美味いと食べていたバルートも、ラーダの前では味わう余裕はなく料理を腹に詰めていき空腹だけは満足出来た。
ラーダが食べ終えるのを待っている時もチラチラと彼女の胸元が目に入ってきて昨日の感触が手に蘇るようで、掌をもじもじと開閉させていた。
「ご馳走様でした」
カチャリと食器を置いたラーダは口元を綺麗に拭く、その仕草一つもバルートには新鮮さと初々しさを感じていた。
「えっと少し散歩しないですか、この町の人じゃないですよね僕案内出来るです」
「でもお忙しいのではないでしょうか?」
「ううん平気だよ、僕も最近此処に来たばかりだからよく町を見て歩いてるです、あっここのご飯は僕が払うです」
「ちょっそれは……」
待ってと言う間もなくバルートがさささっと料金を支払うと、手を引っ張られて外へ連れ出された。
「お詫びをさせて欲しかったです、昨日あんな事をしちゃったから……今日はラーダさんを探していたです」
「えっ」
自分をわざわざ探していたと聞いてラーダの頬が赤く染まった、その言葉に驚きと嬉しさが混じった笑みを浮かべていた。




