1105
我が家がない、姉と過ごした私達の家があった場所には何も無くなっていた、よく見ると周りの家も所々更地になっている場所があったり、記憶に無い真新しい家になっている所もあった。
「ラーダか?」
呆然としていると後ろから声が掛かった。
「アリゼ叔父さん」
「久しぶりじゃないか、戻って来たのか?」
「いえ、近くまで来たので村の皆が元気かと思って来てみたんですけど……私達の家がなくなってしまっていて、それに新しい家も出来てるんですね」
「あぁ町の方針でこの辺りも人が住まなくなった家は取り壊す事になったんだ、あそこの爺さんも亡くなっちまったし、村を出て行く者と新しく来た者もいて色々と入れ替わりがあって村も大きく変わっちまったよ、カリンはどうしたんだ一緒じゃないのか?」
「はい、私一人で来たんです、お姉様は元気にしてますよ」
「そうかい、そりゃ結構だ、今日はここで泊まっていくのかい?」
「いえ、見に来ただけですからもう帰ります」
「そうか……折角来たのに残念だな」
「次はお姉様と一緒に遊びに来ますよ」
アリゼと別れたラーダはとぼとぼと村を出て行った、見たくはない現実に心が揺れる。
何年も過ごした家がたった数年で簡単に消えてしまうとは思っていなかった。
(思い出が沢山詰まった家でしたのに……私達の帰る場所はもう無いのですね)
これはカリンには教えられない、村で人気だったカリンが知れば悲しむのは目に見えていた、
元のままだったらお泊まりして楽しいお話でもしたかったが、余りにも悲しい現実を目の当たりにしてそんな元気は出て来なかった。
故郷をまた見られると喜んでいたのにこんな結果になるなんて思っていなかったラーダには衝撃であった、自分がどれだけの時間呆然と歩いていたのか、ふと眼前に検問所が見えてきた。
(いつの間に国境まで……こんなに外も暗くなってる)
夜になれば気温もぐっと下がってくる季節、ぶるっと身震いをしたラーダは検問所を通ってエスタルに入って行った。
(どうしましょう、ここから一番近い町までどの位あるのかな)
今から戻るにも時間が掛かるので仕方なく歩き続けるしかなかった。
エスタルの街道を明かりもなく道を行き交う者は何処にも見当たらない、暗く足元の石畳を見つめるだけの単調な歩みで進んで行くだけである。
迷う事はなかったが先の見えない街道に不安を覚えるのは当然であった、ただ天を仰げば暗かった空に満天の星が瞬き、小さな明かりがラーダの不安を掻き消してくれた。
(こんな夜中に一人で街道を歩くなんて初めてですわ)
夜は家で大人しく過ごすものだと昔から習慣付けてきた為、こうして一人で夜に出歩くのは大人の証のようで新鮮な気分だった。
(いつもお姉様と一緒だったし、お姉様が修行で居ない時はいつも家で待ってましたわ)
自分もこれで大人の仲間入りをしたようでいて何かいけない事をしたような、罪悪感の入り混じった感情にラーダは少し笑顔を浮かべて恥ずかしそうにした。
(私も大人になったのですからそれだけ時間が経った事でもあるんですよね)
見えない時の流れが自分を成長させてもいたし周囲の状況に変化が起きるのも当然なんだと、先程まで悲しんでいた家の事も自然の流れなんだろうと思う事で納得しようとした。
とことこ、長い時間歩き続け何処でも良いから町が見えてこないかなと遠くを眺めると、左手奥の方で微かに空が明るくなっている場所を見つけた。
「町の明かり?}
思わずそう願った事を口走ると歩調が早くなった、けれどその明かりはまだまだ先の方にあるのにラーダは逸る気持ちを抑えられず夜の街道を走った。
はぁはぁ、距離は近付くがそれ以上に息が上が汗が頬を伝う、運動なんて苦手で体力の無いラーダの視界が薄れる。
(走るのが早かったみたい……もう息が)
立ち止まって息を整えようとするが体は先に進みたそうに、ふらふらと無意識に明かりの方へと進みだしていく。
火照る体に流れる汗が冷たくて気持ち悪い、後もう少しで到着するはずだと信じて前に足を運んでいいった。
「……着きました」
大きな門の内側には煌々と明かりが灯っている。
どこの町かは知らないが早く宿に入って湯浴みがしたくて門を潜っていった。
人の活気あるざわめきに今がまだ深夜ではない事に安堵して一番近くにある宿の扉を叩いた。
鉛のように重くなった足を引きずり部屋に入ると全身の力が抜けて寝台に屈伏して倒れた、そのまま服も脱がずに動かなくなったかと思えば寝息が聞こえ始めた。
使う事の無い筋肉をいきなり使ったので体が悲鳴を上げていて、回復の為に朝が来ても深い眠りから醒める事はなく、目覚めたのは半日以上経った次の日の昼過ぎだった、それも空腹の所為で目覚めただけで体は次の悲鳴を上げていた、筋肉痛である。
お腹が空いているのに体が動かない、特に足が棒のように腫れ上がり意識は押さえ付けられるように眠りへと誘われる、必死に抵抗して体を起こそうとするが力が入らずずるずると身体が寝台から落ちた。
「痛いっ」
どんっと床に落ちた衝撃と筋肉痛の両方の痛みが伝わって来て、意識は取り戻したがラーダは苦痛に歯を食いしばっていた。
(ふう、昨日あれだけ歩いたんですもの疲労が溜まっちゃったみたい……これが筋肉痛なんですか)
こんなに身体が痛くなるのは初めてだった、重い荷物で腕が痛くなる事はあっても足が動かなくなるのは初めての経験だった。
「力が……入りませんわ」
ラーダは諦めて脱力した、すると天井を眺めているといつの間にかまた眠りに落ちていく、今は空腹よりも休養を欲していてそれが一番の回復方法だと体が教えてくれているようであった。
「う……ん」
再度目覚めた時は部屋は暗く夜になっていた、まだ動かないかとゆっくりと力を入れていくと大丈夫な所とまだ筋肉痛な所が明確に感じられた。
「よいしょっと……」
腕に力を入れて上体を起こすと一息吐いた。
先程よりも動けるようにはなったがそれでもだるさはまだ残っている、しかしこれ以上に空腹は待ってくれなかった、軋む身体を少しずつ動かして立ち上がると子鹿のように両足を震わせながら半歩ずつ前に足を出して歩こうとした。
(こんな事になるなんて……)
兎に角今はお腹を満たしたくて宿を出る、すっかり夜の帳が降りた町は人々の楽しげな声で溢れていた、その中をラーダ一人ふらふらと今にも倒れそうな感じで歩いていて、周りの年配女性から大丈夫会かいと声を掛けられるぐらい心配された。
宿から目と鼻の先にある露店まで辿り着くと、何でも良いので栄養のある料理を下さいと注文をして人心地が着いた。
出て来た料理がなんなのか見た目は肉料理のようだが初めて食べる料理に、ラーダは何も考えずに口に放り込んだ。
「んん……」
ねっとりとした食感がする肉と野菜のシャキシャキ感が合わさった食べ物に、瞬間驚いたが甘辛い調味料のお陰で味は悪くはなかった。
(肉? 何でしょうかこれは)
何かは分からなかったが空腹で手が止まらず直ぐに平らげてしまった、いつもは小食のラーダも食べ足りないと他にも料理を頼み、出て来た物を綺麗にお皿だけにしてしまった。
活力が戻って来る、こんな普通の食事で幸福感を感じるなんてと余りにも嬉しくて笑みが溢れた。
この体ではエスタルまで徒歩は無理だと、もう一日様子を見てから出発しようと宿に戻っていった。
「この町はエスタルまで近いのかしら、どの辺りの町なんでしょう」
夜道を結構な距離を歩いた感じだった、真っ暗で小さな町を気付かず通り過ぎていたかも知れない。
「明日もきっと身体は治ってないと思いますし、一日ゆっくりこの町を調べれば良いですよね」
腹も膨れて体も痛い、今日もゆっくり休んで明日に備えようと寝台に横になってはっとした。
「あっ……湯浴み」
漂う汗臭さにラーダの顔が引き攣っていた。




