1104 そこにあったもの
「へえ、サスタークってエスタルの北の国だろ、それなのにエスタルは初めてなのかい、あたしも沿岸州を出たのが初めてなんだけどね、知らない所に来るってさ恐さ半分楽しさ半分だよな」
「そうですね、ずっと村にいたので大勢の人が集まる場所に来ると驚きますよね」
買い物を済ませた二人は意気投合して軽く食事でもしようと店に入り会話を楽しんでいた、お互い出身も性格も違う二人がこうしてエスタルで出会うなんて面白い事だなと笑いあう。
「ずっと前からエスタルの名前は知ってたけど、あたしには関係ないやって思ってたんだ、けど実際来てみると楽しい所だったんだね」
「ですね、皆さん綺麗な服を着ていて羨ましいです、私もああいうのを着てみたいです」
華やかな通りに家紋が描かれた馬車に乗る貴族達の服装に目を奪われていたラーダに、マリアは面白そうに見ていたのを思い出した。
「あたしはああいう歩きにくいのは嫌だな、やっぱ動きやすくて格好良いのが良いな」
「私とは正反対ですね」
くすくすとラーダが笑うとマリアもそうだなと笑った。
話をすればするほど趣味や考え方の真逆の二人なのに話だけは気が合い、長い時間店に居座り別れ際にお互いの住んでいる場所を聞いてから帰って行った。
(あぁ楽しかった、一人で寂しいなと思ってたけどこれで少しは住み心地が良くなったかな)
知らない国に一人で偵察に行ってくれと言われた時はどうして一人何だよと文句を言っていたが、こうしてエスタルで友達が出来ると明日が楽しく感じられて、思っていたより居心地が良さそうだと思う様になった。
マリアにとって初めての女友達、ユーナ以外の女は皆敵としか見えなかった彼女に初めての女友達が出来たのだ、これにはマリア自身も驚くほどで、素直に笑いあい何気ない事に感想を言い合える自分に吃驚していた。
(今まで見てきた女なんて全員男性客を奪い合う敵、いがみ合い蹴落とすのが当たり前だったのに、ラーダのような女性は初めてだ、普通の女の子はあんな風に可愛く笑うんだな……ついあたしもつられて笑っちゃう)
「明日が楽しみだな」
胸の奥でわくわくが止まらなかった、ユーナ以来、女友達と損得勘定なしの純粋な遊ぶ約束なんて久しぶりの事である。
自宅に帰ってきたマリアは一息吐くと、ふと思い出した。
「そうだエスタルの情報情報、忘れっぽいな……でも」
必要な物を買い集めた後は一度サレスの所に戻ると決めていたのに、ラーダと楽しい時間を過ごしていて忘れていた。
「ま、明日また考えれば良いよね」
翌日、待ち合わせの場所で合流したマリアはラーダに聞いた。
「あのさ、あたし少しの間、知り合いの所に行くんだ、それでエスタルの事を教えてあげようと思ってるんだけど何も知らなくてさ、エスタルの事で知ってる事があれば何でも良いの教えて欲しいんだ」
「私が知ってる事なんて対した事しか知らないですよ、エスタルは魔導の国で魔導王が魔道士を束ねているぐらいしか知りませんよ、私もエスタルのことを知りたいと思ってるんですよ」
「それなら私も知ってるな……そっかじゃあ一緒にエスタルの事を調べない?」
「まぁ楽しそうですね」
ラーダも同じだった事に喜んだマリアは、早速エスタルについて二人で調査を始める事にした。
調査という言葉だけを聞くと密偵のような後ろめたい行為に思えて、二人だけの秘密のようにひそひそと目が合うと笑い合い、楽しそうに町中を歩きながらエスタルの情勢を調べ始めた。
きゃきゃと楽しそうに歩く二人がまさかエスタル王国の調査をしているとは誰も思わない、図らずもマリアはサレス側、ラーダはグルバヌス側とお互い密偵者というのを知らない者同士が仲良くエスタルについて調べている絵面が奇妙でいて妙に型に嵌まっていた。
道行く人に話しかけて今の国王は誰か、どんな国か等を聞いて回り、昼食は露店でお喋りをして楽しい調査は夕方まで続いた。
「何かあたしたち調査するの上手くない?」
「本当に、此処の皆さんは優しくて詳しく教えてくれましたね」
エスタルの国王が最近前王とその両親が暗殺された事でマルティアーゼという女性が国王の座に就いたという事や諸侯の大幅な移転が行われた等、エスタル国内で大きな変革が起きたと教えて貰った。
「女の国王なんて珍しいよな、女でも王様に成れるんだ」
マリアは感心したように言う。
「女性にとっては嬉しい話ですね、国王様って男性しか成れないと思ってました」
うんうんとラーダに賛同した。
「じゃあさ魔導王ってのは女って事になるのか?」
「あっ……そうですね、国王様も魔導を使えるって事になりますね、どんなお方なのか見てみたいですね」
「こぉんな顔の女かも知れないよ」
とマリアが強面の変顔をしてラーダが笑うと、マリアもケラケラと笑った。
「面白い情報が手に入って良かった、良い土産話が出来た、雪が降る前には帰ってくるからまた遊んでくれるかい?」
「ええ、勿論です、私もお友達が出来て嬉しいです」
とラーダは口元で手を合わせて恥ずかしそうにいうと、ぱっとマリアの顔に笑顔が浮かび、
「友達だと思ってくれるのかい嬉しいね、ラーダはいつ国に帰るんだい?」
と言った。
「まだ決めていないんですが当分はエスタルにいますよ」
やったぁ、マリアははしゃぐように喜んだ。
二人は今後もまた一緒にエスタル調査をする為に色々と取り決めを話し合い、その二日後にマリアはエリニア国へと帰って行った。
(行っちゃいましたね、私も今の内に村に戻っておくのが良いでしょうか、グルバヌス様は構わないと言ってましたし)
マリアを送り出したラーダもまた懐かしい村へ帰郷を考えていた。
グルバヌスから帰郷は構わないがあくまで偵察が任務だというのを忘れないように言いつけられている、村に行っても自分達の家はもうない、ただ懐かしい人達が元気にしている姿を見るだけでも気分は変わる。
エストラ、キエヌとサスタークしか知らないラーダが初めて他国へ、それも南方の熱い国に移住してから随分と時が経った。
姉のカリンがいたからこそ恐れずに移住は出来たが、やはり緊張で風習や生活に慣れるまでには時間は掛かったので、見慣れた場所に帰れると思うだけで心が安まる気がした。
(お姉様には申し訳ありませんが、これも仕事のついで任務の特権と思って貰いましょう)
カリンにはグルバヌスの頼み事で遠い所まで行くと言ってある、それが北方だと知れば必ず私も行くとごねるので何処に行くかまでは言っていない、なのでお土産も見てきた話も出来ないのである。
カリンとは隠し事をしない約束をしていたが、こればかりは敵地に入り込む危険な任務上、カリンのような後先考えない人間を連れて行くわけにはいかなかったので初めての隠し事になる。
泊まっている宿に戻ると急いで手荷物だけを持つとラーダは故郷のサスタークへと歩き出していった。
故郷なんて郊外を出れば導路で一瞬、帰りだけは徒歩になるが二日もあればエスタルに戻って来られる気楽な距離だ、足軽にエスタルを出たラーダは街道を暫く北上してから人気を確認して導路で一気に村まで飛んで行った。
「わあ……」
懐かしい風景が目に入る、生まれ育った変わらぬ景色にラーダは思わず走り出していた。
見慣れた家々を笑顔で通り過ぎ、自分達の家のある方へ逸る気持ちを抑えながら向かって行った。
「……あっ」
ラーダはカリンと二人で過ごした家の前に来て足を止める、家はもう無くなっていて更地に変わっていて口を開けたまま呆然と立ち尽くした。




