1099 独り立ち
後日、グルバヌスはガウリスに会って疑問を投げかけてみた。
「ガウリス様、一つお聞きしたい事があります、北方の情勢に向かわせた偵察隊から連絡はあったのでしょうか?」
半年以上前に北方の偵察として小隊を向かわせたのだが、それきり北方についてガウリスから中々情報が教えて貰えない事に、変わった事が何も起きていないのかと不思議に思っていた。
するとガウリスも口をへの字に曲げて不機嫌そうな顔になり、
「それは儂の方も悩んでおった所だ、沿岸州の街道が封鎖された事で偵察隊が帰ってこられぬのだろう、一番新しい情報も既に四ヶ月前の物だ、それもエスタル王女が一軍を引き連れてローザンに向かったという内容だ」
こちらでは季節の移り変わりがないので時間の感覚が分かりにくく、北方ではもうすぐ残暑が薄くなりつつある季節である。
一つの季節が過ぎる前の情報で止まっていれば、向こうではとうに物事が入れ替わっているに違いなかった。
「街道はまだ封鎖されております、これでは情報も既に役に立たない物になっています」
「うむ」
こんな所で思わぬ弊害が出てしまったのは痛かった、北方を攻めるにはやはり情報が作戦を立てるのに大事である。
ガウリスは猪武者ではない、緊急でなければ立案、計画を綿密に出来る事と出来ない事を判断し最適な策を考慮した上で行動に出る性格である、その彼が一番欲しいのは情報であった。
何をするにも敵情を知ってそれを元に計画する為、情報も無く理想と想像では絶対に動かなかった。
「グルバヌス殿、魔導で敵情を調べには行けぬかな?」
「……今の魔導部隊には荷が重すぎるかと、まだ魔導を使いこなす事に注力しておりますので、隠密、暗躍行動は不慣れで見つかってしまえばこちらが窮地に陥ってしまいます」
「貴殿なら問題無いのでは?」
「はい、私ならその様な事は出来ますが、私の顔はギルドに知られており警戒されているでしょう、それに今は部隊の教育に力を入れる時期、此処を離れるわけにはいきません、それでもと仰いますなら行って参りますが……」
「いや、グルバヌス殿に何かあれば大損害、無理を言って申し訳無い」
「いえ……北方の動向は私も気になっていますのでこちらでも少々考えたいと思います」
グルバヌスはそれで言うと邸宅に戻った。
(もう随分と時間が経っているのでギルドの方も何か動き出しているはずなんですが、こちらも迂闊に動くのは危険でしょうが向こうの状況を知りたいですね)
ギルドの人間を二人殺してしまっていて、殺し損ねた一人が自分の事を話していると考えて行動しなくてはいけない、それなら既にギルドは南方に来ているはずである、入れ違いになったのかまだ接触がないという事は向こうには知られていないと推測する、ならば今出向けば自分から此処にいるぞと教える様なものだった。
「誰か行かせられる者といえば……私以外ではラーダでしょうか」
しかしラーダは諜報活動などした事がない普通の女の子だ、危険な状況に対応なんて出来ないが魔導部隊では彼女以外候補が出て来なかった。
「どうすべきか悩みますね、ラーダの実力であれば最悪逃げ切る事は出来るでしょうがその状況で逃げるという判断が出来るかどうか、諦めて素直に捕まるかも知れませんからね、それにエスタルです、下級以上の魔道士も多いでしょうから見つかるのだけは避けなくてはなりません」
やはりラーダでも力不足感は否めない。
(ここで諜報活動の経験を積ませておく事が吉となるか、下手をして捕まり素性が知られれば死刑となり部隊の戦力低下に、キエヌが敵国認定されてしまうかも知れません)
グルバヌスが悩んで考えていると、部屋にラーダがやって来た。
「グルバヌス様、お食事が出来ましたのでお越し下さい」
「ラーダ一寸」
「はい、何ですか?」
きょとんとした表情は少女の様にあどけない、こんな子に諜報活動が出来るのだろうかとグルバヌスは見た。
「貴方は北方に戻りたいですか?」
「……はい、どうしタンですか急に」
「いえ、北方の事は寂しくなっていないかと思いましてね」
「私はお姉様と一緒なら何処でも構いません……が、故郷のサスタークの村の事も時々思い出して懐かしく感じます」
「もし北方に行ってきても良いと言えば行ってみたいですか?」
ラーダは首を傾げてどうしたのかと訝しむ、いきなりグルバヌスが変な質問をしてきたので何かあるのかなと直ぐに返事はしなかった。
「何か北方であったのですか?」
「久しぶりに北方に帰るのも気分転換になるかなと思いましてね、ただし……一つして貰いたい任務がありまして、私や他の部隊の人達には出来ない事なのですよ」
「グルバヌス様でも出来ない事が私に出来るのでしょうか?」
当然の返答である。
「実はエスタルに行って国の状況を見てきて欲しいのです、私はギルドに目を付けられていますので、顔を知られていない貴方にしか出来る事なんですよ、その任務を受けてくれるのであれば懐かしい村に旅行として行かせてあげられるのですが、どうでしょう?」
仕事の話をわざわざ回りくどく聞いてきたのかとラーダは苦笑いをした、もっと端的に言ってくれても良いのにと思いつつ、
「ではお姉様と一緒に……」
「いえ、貴方一人でですよ」
とグルバヌスはラーダの言葉を遮った。
「どうしてです、お姉様は村で人気があったのです、お姉様も村の人達も喜ぶのですが」
「先程も言いましたがこれは任務です、エスタルでは魔道士と知られないよう一切の魔導の使用は禁止です、野良の貴方が捕まってしまえば私達魔導部隊の事まで知られしまうのは不味いのですよ、特にカリンが行けば何をするか分かった物ではありませんから連れては行かせられません」
「そんなお姉様だって村の人達に会いたいと思ってるはずなのに私だけで……」
「良いですか、村の事はあくまで任務の報酬で遊びに行くと考えて下さい、重要なのは国情視察なんです、ギルドに見つかれば殺される可能性がありますし、見つかっても逃げられるだけの力を持っているのは貴方しかいないのです、そんな危険な所にカリンを連れて行きたいくはないでしょう」
「そんなに危険なんでしょうか」
「それがギルドなんです、野良魔道士は敵対認定されていて全員見つけ次第排除が鉄則、カリンも力は付けてきたとはいえギルドに囲まれれば為す術なく殺されるでしょう、それだけならまだましですよ、身ぐるみを剥がされてキエヌの事を吐くまで拷問されるかもしれないとても危険な任務です」
「そんな任務を私がですか?」
その言葉にラーダの声は震えていた、野良というだけでそこまでするとは思っていなくて大袈裟に言ってるだけだと信じたくても、想像すると恐ろしい事が脳裏に過ぎってくる。
「だから貴方だけなのです、礼儀正しく落ち着いている貴方なら町娘にしか見られないでしょう、これはカリンに口外は禁止です」
「……」
「今すぐにと言いません、ゆっくり考えてから行くか行かないか教えてくれれば良いです、行きたくないからといって何も罰則もありませんので心配は要りません」
こくりとラーダは無言で頷いた。
「では食事としましょう」
グルバヌスの後にラーダも部屋を出てくるが、終始無言で固い表情のまま居間へと降りていった。
これはラーダにとっては厳しい選択であった、これまでのほほんとカリンと一緒に楽しく過ごしていただけに、急に自分だけの問題に直面した感じに慣れていなくてどうしようかと悩んでいた。
勿論、カリンと別行動をしたくないのであれば断れば良いだけである、故郷の人達との再会は心躍る事ではあっても危険な任務と天秤にかければ行かない選択に心が揺れる、しかしこれまでカリンと一緒の任務や行動ばかりで、一人で何かを任せられた事がない彼女にとって特別感を感じていた。
これにどの様な意味があるのか、初めての単独任務、自分に課せられた期待に応えた方が良いのだろうかと食事の間、静かに考えていた。
カリンにも言えず一人二日間悩んだ結果、
「グルバヌス様、北方のお仕事、お受けします」
「分かりました、では早速ガウリス様に相談してきますので待っていて下さい」
ラーダは決意した顔で頷いた。




