1098 分断
「もしムングロがこれ以上の侵略をしてくるなら問題ですぞ、我々は既に敵対国として見られているでしょうしな」
ディストレア代表がムングロ国のこれからの情勢について懸念を述べていた。
「しかしケルテが負けるとは……連合国の中では軍事国家ですぞ、幾ら経済的に負けていたとしても簡単に負けるとは思ってなかったが」
ベストラ代表者もまさかケルテが負けるとは思っておらず、ケルテに手を貸した事でこれからはムングロと敵対する事に焦っていた。
「こちらの報告では魔道士が襲撃してきたとの事だ、もしや金をちらつかせて裏でエスタルと手を組んでいたのでは?」
と戻って来たディストレア兵からの報告を受けていた。
「それは只ならぬ事態ではないか、北と南から攻められたりしたら我々はお手上げだ、ムングロの軍事だけでも手こずるというのにエスタルも参戦してくるとなれば何も出来ずに滅亡だ」
「それについて我が国から事実を確かめにエスタルに伝令を送っておるが、もしそうなら沿岸州の問題に手を出さないで欲しいと伝えるように言ってある」
ディストレアでは国王の命で直ぐに北方へ伝令を送り、沿岸州の治安また世界の秩序を乱すような事は止めるよう伝えてこいと命令を出していた。
「ふむ、現状それが良策かもしれぬ、魔道士相手に我々に策はないからな、兵士相手なら街道を封鎖すれば対抗出来るかも知れぬがあんな神出鬼没な魔道士にどうすれば良いのやら……」
「もう我が国はケルテ側の検問所を封鎖しておる、当分の間は何人の通行も許可せぬとベストラ王にもお伝え願いたい」
「その様にお伝えしよう」
沿岸州連合の崩壊、残ったベストラとディストレアはムングロからの侵攻に怯え情報と防衛に注力していた。
拡大したムングロがこのままの勢いで沿岸州を統べようと考えているなら、ベストラとディストレアは強力して立ち向かわなければならない、しかし兵力同士ならまだしもその裏にいる魔道士の存在が二国を足踏みさせていた。
街道を封鎖され人の通行が止まって随分経つが沿岸州の経済の影響は、大打撃を与える程までには至らなかった、その理由が貿易の殆どが食品という点にある。
そもそも遠方とのやり取りに生鮮食品はなく加工食品中心であったが、絶対数の少なさが被害を少なくさせていた。
ディストレアのマナマの取り引きは北方が中心で飲み物として運んでいて、キエヌやエストラなどの南方との取り引きが出来なくともすぐに困る事にはならなかったし、ムングロの干物も南方中心に人気があり、北方への取り引きも始まったばかりでそれ程多くはなかったので、沿岸州の真ん中で分断されたからと全体の被害は少なく済んでいたのだ、これがもし石材や木材、塩など国に必要な物であったなら多大な迷惑になっていただろう。
それよりも街道封鎖で困るのはメラルドや旅人の方であって迷惑な話だと思ったに違いない。
観光収入が主なメラルドでは旅人が極端に減り、脱出時機を見逃して帰れなくなった人が長期滞在しているぐらいで、戦争が始まってからは更に街道から人の流出がぱたりと止まってしまっていた。
メラルドが援軍を出さなかった理由の一つがここにあり、なぜ迷惑を掛けてきた相手に手を貸さないといけないのかと怒ったからだ、しかしムングロが勝った事で険悪な雰囲気が漂っていた。
そのムングロは周辺国の思惑なんて何処吹く風かと、国内の景気はうなぎ上りで活気に湧いていた。
漁場の拡大、漁猟の増加で使節は増え、特にケルテの方でも生産加工の工場を作り職にありつけた国民からはムングロが支配してくれて大喝采状態であった。
豊富に摂れる魚は投げ売りのような価格で生活も楽になり、飲食店の値段も安くなって日夜お祭りのように賑わっていた。
「はっはー、こんなに戦に負けて良かったと思う事はねえよな、今までの生活が嘘の様じゃねえか」
「あぁ、ムングロ様々だぜ」
「これでお金も貯められるって本当に良かったわ」
「よおし皆、乾杯だ」
これほどまでに笑う日常を味わえるなんて思ってもみなかったケルテの人達は、どれだけケルテ国の時に圧政に苦しんでいたのかがよく分かる。
「ケルテの方は民からの報告で反乱の芽はほぼ取り除けました、民は陛下の温情に深く感謝しております」
「うむ、金の力がどれだけ強いかこれでよく分かったであろう、国が潤えば国力も上がる、足りないものは金で買えば良いのだ、はははっ」
「全ては自然の恵みのお陰ですな」
「我がムングロは天にも愛されておるのだ、これでもうディストレアもベストラも刃向かえまい」
「そのディストレアですが検問所に兵士を配置して封鎖して睨みを効かしております、ケルテの援軍として我が国と戦った事で警戒しているのでしょう、如何致しましょう」
「ふむ……暫くは放っておけ、こちらもまだ準備が整っておらぬのに戦う事は出来ぬだろう、何れ沿岸州をムングロ色で染めてやるわ、それまでは国力を上げる事に費やせ」
「そのように」
と、ムングロ国は既に沿岸州の支配者のように振る舞っていた、事実、もう国力に差があるディストレア国は自分達から攻める事が出来ず守りに徹するしかない状態ではあった。
あれだけ平穏だと言われていた沿岸州も北と南に世界の勢力が二分した形となってしまい、何も出来ないもどかしい時間だけは過ぎていた。
沿岸州の混乱はキエヌにとっては都合の良い方向へと進んでいた、各国がいがみ合い喧嘩してくれていればそこに入る余地が出来る。
沿岸州の立地は防衛には最適だが北方への道もそこしかないという弱点がある、そこに四つも五つも国がひしめき合っているのが問題であった。
メラルドは王妃を娶り友好国として話せばどうにか出来るが、連合四国は大国からの脅威に対抗する為に組んだ組織だったので、ガウリスの悩みどころをムングロ国が勝手に他国と争ってくれたのに乗じて崩壊させる事が出来た。
例え何処かの国が一つに纏まったとしても、四つの王城を陥落させるよりは一つになった王城に集中して陥落させる方が明らかに楽で戦力温存にも繋がる。
ガウリスが求めるのは領土では無い、道でありエスタルを打倒する事が最終目標であった、魔導という不可思議な力さえ無ければキエヌの天下である。
キエヌ公王の悲願である世界統一は、魔導という一点の曇りを取り除けば間違い無くキエヌが取れていたはずであった、それがグルバヌスの出現でエストラは落とせずその間にキエヌ公王は無念の死を迎えた。
表向きは魔導を称賛していたガウリスは内心では要らぬ力と思っていた、戦争は知略と武力であり、それを無視した力はこの世の混乱と恐怖を招くだけである。
古い考えかも知れないが、魔導が蔓延れば人の世は疑心暗鬼な世界に陥り、特定の人間にしか扱えない力は卑怯というしかなく、いつなんどき無慈悲に殺されるか分からず他人を信用出来なくなる、それよりも剣であれば誰もが持てて対等な条件で戦うことこそ国同士の戦争だと思っていた。
エスタルの魔導王を殺せば世界から魔力が消え魔導が使えなくなるとグルバヌスは言っていた、その魔導王を倒すまでがグルバヌスとの付き合いである、それまでは魔道士に協力しているのであった、その成果か、キエヌの魔導部隊はグルバヌスの指導の下、部隊の魔道士にもそれぞれの成長の差というものが見られてきた。
実践で何かを掴んだのか、魔力の練り込みも威力も増してきている者とまだまだの者とが出て来ていた。
「ようやく使い物になりそうな人が現れましたね」
部隊に入りたいという希望者もいて、もう魔道士はエスタルの物だけではなくなってきていた。
(それでもまだ魔道士ギルドは強敵ですがね)
期待するのはやはりラーダであった、彼女の力は魔導部隊の中では一番である、彼女の使い方を上手くすればかなりの戦力となると踏んでいる。
明らかな犯罪者として敵視されているグルバヌスは、ギルドに発見されるまでにはどうにかして戦える魔道士を育成したいと思い熱心に教育をしていた。




