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「ったくよ、俺がいなかったらおめえらあの場で固まってたんじゃねえか」
「あう、あんなに貴族の人が大勢居る所で何て話せば良いか分かんないです」
「それにしてもトムの野郎がエスタルを出て行ったとはな、マルと喧嘩したんじゃねえか」
「トムさんは喧嘩ぐらいでマルさんと離れたりしないです、きっと何か事情があるですよ」
「まぁ良いけどよ」
フィッシングがバルートの部屋にやって来て愚痴を零す。
「カルエさん、あの森に帰るですか……」
「まあマルにも会えたんだし遊ぶ為に来たんじゃねえんだ、貴族の中で住むなんてカルエにゃ無理だろ、良い判断じゃねえか」
「僕だって緊張でちゃんと話せる気がしないです」
「おめえはあうあう言ってりゃ良いんだ、面白えじゃねえか、けけっ」
「あうあう」
もっとひっそりとマルティアーゼと会って仲間内で話す者だと思っていたのに、大勢のエスタルの中核をなす人達の前に立たされるなど思ってもみなかった。
「けどおめえもこれで貴族の仲間入りなんだぜ、もっとしっかりしねえと周りから馬鹿にされるぞ」
「貴族っていわれても何も知らないです」
「誇りだ面子だって偉そうにしてりゃいいんだよ」
「うわぁ凄い偏見です……」
「実際そんなもんだよ……中にゃそれに見合う実力を持つ奴もいるけどな、けっ」
二人がそんな雑談をしている隣の部屋ではスーグリとカルエがいて、そこにマルティアーゼも入り三人で話していた。
「カルエ、本当に森に帰るの?」
「うん、マールも王様になって忙しいからさ邪魔しちゃ悪いだろう、それにあたしはマールがどんな所で生活しているのか見に来たんだ、お姫様や王様になってるなんて思って無かったけどね、あたしには貴族なんて分かんないし森で自由に走り回ってる方が楽しいんだ、だから帰る」
「そう……寂しくなるわね、でもその方がカルエらしくて良いわ、こっちはしきたりや礼儀に煩いもの」
「デビやスグリにこっちでの生活で沢山の事を教えて貰った、それにマールのいる世界がどんな所かも知ったから来て良かったよ」
「そうね、私もカルエと同じよ、外の世界はとても楽しく沢山の人と出会えたからこうして私は此処にいる、貴方達との出会いは私の一生の宝物よ」
「うん」
マルティアーゼはそっとカルエを抱きしめた、一番最初の友人との抱擁はただの別れの抱擁ではない、遠い昔の思い出を噛みしめる熱い抱擁であった。
そしてスーグリである。
トムがいなくなった事を気にしている彼女に、マルティアーゼはその経緯を説明した。
「私はこれまでの彼の功績を称えたいと思ったの、いつまでも私の側にいれば彼の人生を台無しにしてしまうのではないかと考えた結果よ、決して見放すつもりでした事では無いわ」
「でもトムさんはエスタルを離れる決心をしたんですよね」
「彼が何日も考えた結論だと思うわ、私から自分の人生を考えてと言ったのよ受け入れるしか無かったのよ」
「でも何処に……ローザンに帰ったのかな」
「それは無いわ、だってもうローザンは私の手で消滅させたもの」
「えっ?」
彼女達はまだ知らなかった、マルティアーゼがディアンドルのローザン王国を滅亡させた事を今知ったのだ。
「じゃあトムさんの帰る場所はないのに何処に……」
「ご免なさい、そこまでは聞けなかったわ」
マルティアーゼが目を伏せる、トムの行きそうな所なんてそう多くはないはず、彼だってマルティアーゼと同じぐらいの場所しか行っていないのだ、限られた場所を探せばいるかも知れないがこの世界はあまりにも広く、一寸したすれ違いで一生会えない何て事は普通にあり得るのだ、だからスーグリにあそこにいるかもなんて気安い助言は出来なかった。
「そんなぁ」
スーグリが来た理由にトムがいるからというのも一因で、出鼻をくじかれた感じで意気消沈していた。
槍術を教えてくれた尊敬する師匠で、異性としても好きだったトムがいない事はスーグリにとって残念この上ない事であり心が揺らぐ出来事だった。
マルティアーゼは国王として多忙なのは分かっている、そこにフィッシング達がいたとしてもトムのいないこのエスタルで生活する自信がなくなった。
「マルさん、ご免なさい私アルステルに戻ります……」
「……そう」
その言葉にマルティアーゼもスーグリの姿を見た時にこうなるだろうとは予想していた、やはりトムに剣の誓いを返さなかった方が良かったのかと思わずにはいられないが、そうなればマルティアーゼの方が今度は良心の呵責で押し潰されそうになる。
スーグリには悪いがこれはトムと二人の問題であって、それに巻き込まれた感じの彼女には申し訳ないとしか言えなかった。
「貴方が決める事よ、私は何も言えない……本当は来て欲しいのだけれど知り合いがいない所じゃ寂しいわよね、ただ今日は来てくれて嬉しかったわ、デビに宜しく言っておいて頂戴」
「デビさんならきっとマルさんの力になれるのに、サム君達をマルさんの所に連れて行くからって残ったんですよ」
「そんな事で……あの子達だって大きくなってるはず、自分達で何とかしてここに来られると思うのに」
「それにミサさんやミエールさんには子共が出来たんですよ」
「……えっ、本当?」
今回で一番の衝撃的な内容だったかも知れない、あの二人に子共が出来たなんて開いてマルティアーゼは呆然とした。
時間の流れが自分だけ止まった様な感覚がしていた、皆前を向いて歩んでいるのに自分だけが復讐や憎悪に囚われ過去の為に生きていて未来に顔を向けていない、そんな感じがしていた。
(皆ちゃんと人生を謳歌しているのね、私だけ……)
「あの二人に子共が、新しい命が増えるのね」
素晴らしい事だ、次の世代の子供達、世界を紡ぐ人の誕生を考えるともうそんな時代に入ってきたのかと思ってしまう。
「ミサさんもお父さんの顔になってましたよ」
「……」
マルティアーゼは一瞬、もう一度皆と楽しく暮らしたいと思ってしまった。
また多くの友人達に囲まれた生活に戻りたい、あの頃のわいわいと笑い合っていた時間が懐かしい、何故自分はグルバヌスのような人間を殺す事ばかり考えていたのだろうか、その間に皆は謳歌している事への嫉妬が湧いてくる。
心がバラバラになっていく気がしてマルティアーゼは自分の体を抱きしめた。
(置いて行かないで……私は一人になっていく)
あれだけいた友人達が離れて行く寂しさに孤独を感じる。
「……マルさん?」
声を掛けられはっとした、目の前のスーグリに視線を落として彼女と目を合わせた。
(あぁスグリもこんな感情なのかも、トムがいなくなる悲しさ、私が招いた結果なのに心配してくれている)
「ご免なさい、驚いちゃって……色々な事を聞いたから整理が追いつかないの、貴方達の事は理解した、こんな結果になったけれど二人のこれからの人生に幸せが来る事を願っているわ」
「マール」
「マルさん」
三人は涙ながらに抱き合いそれぞれの道を進む事への別れをした。
傷心でも喧嘩別れでもないのに空虚さを感じつつ部屋を出た、その足で隣のバルートの部屋に行っても良いのだろうかと思いつつ手は部屋の扉を叩いていた。
中からはいと返事が返ってきて扉を開けると、フィッシングとバルートの二人がいて、
「お魚さんも居たのね丁度良かったわ」
「国王が侍女も連れずに出歩いて良いのかよ」
「一人で行くって言ってきたわ、さっきまで隣のスグリ達と話をしていたのよ」
「へぇそうかい」
「色々な事を聞いてまだ頭の整理が出来ていないけれど、ミエールに子共が出来たと聞いて驚いたわ」
「それは僕達も同じです、皆でエスタル行きについて話し合ってる時に教えて貰ったです」
「バルさんが一番古い友人ですものね」
「うん、昔からお互い好きだって事は知ってたけど子共が出来たって言われるとやっぱり驚いちゃうです……」
「友人が親になるって聞くと大人っぽく聞こえて不思議な感じになるわよね」
マルティアーゼとバルートが黙り込んでいると、
「なぁにガキ一人出来たからってしんみりしてんだよ、やる事やってりゃいつかは出来ちまうもんだぞ」
と空気を破るようにフィッシングが言い放った。




