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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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 きっ、と見つめてくるマルティアーゼの瞳にトムはたじろいだ。

(姫様は本気だ)

 物悲しく失意に満ちた瞳にはやるせない、でもこうするしかないといった決意が見える。

 トムは何故これまで通りではいけないんだ、このままでも問題無いのにどうしてそこまでして誓いの剣を返そうとするのだろうか、もう俺以上に周りには守ってくれる者達がいるから邪魔になって用済みだと考えたのか。

「そこまでせずとも……私だってちゃんと将来の事は考えておりますよ」

「いえ、貴方は自身でも分かっていないのよ、剣の誓いを立てた事でそこに救いを求めている、多少の事なら気にもせず私との繋がりがあれば他の事なんてどうでもいいと思ってる全て私を中心に考えているのよ、貴方の人生の枷になっているなら解放させてあげるのも主としての努めだわ」

「姫様お止め下さい、それでは私の今までの生き方を否定しろと言ってるのと同じはないですか」

「違うわ、貴方を自由の身にする為には私との軛(くびき)を断たないといけないの、さぁ剣を出して」

 マルティアーゼは立ち上がるとトムの腰に掛けた儀礼用の剣を指差した。

「姫様……本気ですか?」

「これは命令よ、さあ私に剣を」

 トムの顔に焦りが滲む、どんな敵と出くわしてもマルティアーゼを守るという一心があれば恐いものなどなかった彼が、ぶるぶると震える手で剣を抜き柄を彼女に向けて差し出す、剣を受け取ったマルティアーゼは剣を十字に振り剣先をトムに向けて、

「剣を返します、今よりこの剣は貴方だけのものよ」

 と言って鞘に剣を差し戻した。

 トムは脂汗を浮かべて顔を上げる事が出来ず、マルティアーゼの足元を見るしか出来なかった。

(終わったのか、姫様を守るという俺だけに許された姫様との縁が……切れた)

 ローザンを出てから今までずっとマルティアーゼの守り人として、世間知らずの彼女に世の中の事を教え成長するのを見守ってきた。

 幾度の困難を乗り越えて戦友とまで言ってくれたマルティアーゼはもう此処にはいないのかとトムは愕然とした、

(もう俺は必要ないと言う事なのか……)

 人は成長すれば考え方も変わる、何度もマルティアーゼの成長を見続けてきて少しずつ大人になっていく彼女に頼もしさも感じていたし、いつまでも子共だと思う方がおかしいのも頭では分かっている。

(これも姫様が大人になって自分の足で生きていけると考えた結果なのか……)

 だからこそ、どうしてもトムはそれが受け入れられなかった。

 信頼を受け自分の意見にも耳を傾けてくれていたマルティアーゼが、突然自由に生きろ、自分の人生を謳歌しろなど突き放すような事を言って来るのか。

 俺の為に言ってくれているのは分かるがこれが自分の選んだ生き方である、これが最高の人生だと考えているのにそれを否定してくるマルティアーゼの意図が理解出来なかった。

(俺がいると何か不都合な事でもあるのか、側にいられると鬱陶しく思っておられるのか)

 等、色々な事が脳裏に駆け巡った。

「いいトム、私個人への剣の誓いがなくなったからと言って貴方への信用に変わりはないわ、これからはエスタル王国を守る諸侯の一人として国への忠誠を持ってくれれば良いのよ」

 トムにはその違いに大きな差を感じていた、個人と国、どちらもマルティアーゼに対しての忠誠だったが彼にとって国の為に働くのと彼女の為にでは意味が違う、これまで何があれば真っ先に呼ばれていた名がこれからは他の諸侯達と同列に扱われる劣化版のように感じられた。

 今の彼にマルティアーゼの慰めや優しい言葉は響いてこなかった、立ち上がったトムの顔色は悪く暑い時期にも関わらず、青白い表情で何とか失礼しますと告げるのが精一杯のようで、そのままふらふらとおぼつかない足取りで王室から出て行くのを、マルティアーゼは不安そうにしながらも声も掛けられず見送った。

(私だって辛いのよ、与えられてばかりでは私が駄目な人間になる、これからは与えていく人間としてまずは貴方に自由を与えたのよ分かって)

 マルティアーゼも苦渋の決断だった、これ位しなければトムの人生はずっと自分の為に費やしていくだけになる、誓いの剣という鎖を断ち切り本当の自分の人生を過ごして欲しいと思ったからだ。

 お互いが強く引き付けられ信頼し合い共に苦難を切り抜けてきた戦友とも言うべき間柄からの脱却は簡単なものではない、お互いの価値観だけは必ず一致するものでは無く齟齬が出る、それだけはもうお互い傷を負わなくてはならなかった。

 マルティアーゼもトムがいてくれたからここまで無事に過ごせてこられたのは事実であり、彼がいなければ何処かで野垂れ死にしていただろう、だからこそ彼にはそれだけの感謝やお礼がしたかっただけだ。

「こんな形になるなんて思わなかったけど、でもこれが最善、今は動揺してきっと頭が混乱しているだけ、時間が経ち私以外に目を向けられるだけの余裕が出てくればきっと自分に好意を寄せている女性に気付くはずよ」

 マルティアーゼの心を締め付ける寂しさに胸を押さえる、窓の外から流れて来る乾いた風がぽっかりと空いた心に虚しく通り抜けていくようで何も感じない。

 彼女にも暫くの間、この寂しさを埋めるには時間が必要であった。




 マルティアーゼは寂しさを紛らわせるように政務に没頭していた、諸侯の領地問題から各町の人口調節まで国家の安定化を図り、一極集中型よりも安定を選んだ。

 大臣達からはエスタル王国は他の国とは違いエスタル王を守る為の国造りを行って来たのでと反対されたが、マルティアーゼは地方を首都防衛の盾代わりにはしたくはないと押し切った。

 首都を中心に決められた諸侯達の領地を必要最低限まで減らし、各町の守りとして諸侯の領地を決めたりして伝統より現代に合った国造りに変えていった。

 勿論、諸侯達の不安や動揺を抑える為に説明は欠かせない、すぐには実行はせず理解をしてくれるまで説得を行い、誰を何処に配置するか地図に書き込んでいく。

「トム子爵、卿には最北の町ムロウの領地を与える、異議はないか?」

「ありません」

 マルティアーゼがトムを見つめる、焦燥しきった目の隈にこの半月の間どれだけ悩んでいたのかという証だった、

「……宜しい、卿の意思を確認した、詳細は後日言い渡します」

 トムは敬礼をして静かに下がって行く。

(まだ悩んでいるのね)

 元気のないトムに周りの諸侯達も気付いていながらも声を掛け辛いのか心配そうに見ているだけで、それだけ彼の顔色は明らかに悪く見えていた、その中でバンティール侯だけは謁見が終わった後にトムに声を掛けた。

「ファンガス殿、どうされた体調でも悪いのですか?」

「いえ、少し寝不足なだけです、お気遣い有り難う御座います」

「それだけなら良いが、悩み事があるなら言って下され、貴殿とはローザン遠征を共にした仲ではありませぬか、慣れないエスタルで体調が悪くなっただけなら良いが悩み事なら私に出来る事でお手伝いしますぞ」

「ご心配をお掛けして済みません、その時には気兼ね無くお声を掛けさせて頂きます」

 それを聞いて明るい表情になったバンティール侯はうんうんと頷いた、しかし、バンティール侯の願っていた事とは違う形となった。

 後日、トムはマルティアーゼに直接会って爵位を返上すると言ってきた。

「そんなに貴方にとって剣の誓いが全てだったの?」

「そうではありません、姫様は言いましたよね、私に自分の幸せを考えろと……これが答えです」

「国を出て行く事が? エスタルの為に働くのが嫌だというのね……」

「それも違います、私は元々がただの警備兵で諸侯なんて地位は合わなかったのです、姫様が自由になれと言ったので私は自分らしい道を歩もうと思っただけです」

「……それを信じて良いの、貴方の本心で決めたの、後悔はしないの?」

「はい」

 静かに時が流れる、トムを見つめ本心かどうかを確かめるが、マルティアーゼは諦めた様に一度目を伏せると、

「分かったわ、それで貴方が幸せになれるというのなら私は貴方を信じるわ」

「我が儘を聞いて下さり有り難う御座います」

「いつ出て行くつもり?」

「身支度を調えた後に直ぐにでも」

「戻って来たい時はいつでも来てくれて良いのよ」

「有り難う御座います」

 一礼をしたトムは踵を返すと、二度と彼女に振り向く事なくブランキッシュ城を去って行った。

 マルティアーゼは玉座に座り暫くの間、一人寂しくすすり泣いた。

 トムと出会って十年、こんな日が来るとは思ってもみなかった、彼に頼り背中を預け共に戦った日々が呼び起こされる。

 これだけは分かる、もう彼は帰ってこない、だって十年も一緒にいたのだから彼の事は良く分かっている、それがトムという一途で誠実な人だから……。

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