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王室は城の最上階全てを使った広い部屋で、寝室、居間、浴室と一つ一つの部屋が広くて、入り口の客室だけでも余裕で住めそうな広さだった。
王族だけが使用するには勿体ないくらいの客間には、豪華な趣のある調度品が置かれ、壁や床の色は落ち着きのある寒色で合わせられている。
これが王室かと部屋を見たトムは息を呑み、流石はエスタル王国だなと圧倒されていた。
「良く来たわね、さぁ座って」
椅子すら彫刻された豪華なもので、座って傷付けたり壊したりしたら幾らお金が飛んで行くのだろうと恐る恐る腰を落とす。
「凄い部屋ですね」
窓辺の近くで外を眺めると地平線まで一面の森を望める一等席の場所だった。
「でしょう」
楽しそうに話すマルティアーゼを見ているとエスタル王というのを忘れてしまいそうで、彼女の王としてではなくいつもの聞き慣れた話し方に緊張がほぐれて気が緩んでしまいそうになる。
小さな円卓にお茶とお菓子が置かれ一口喉を潤す、冷たい水で作られたアルステル産のグムの実の果汁は少し酸味があり、さっぱりとしていてこの暑さに最適な飲み物だった。
二人は何も言わず暫くの間、外を眺めていた。
暑さはあるが城の一番高い部屋に入って来る風は幾分涼しさを感じる、深緑の木々はまだまだ活き活きとしているものの、そろそろ暑さも緩んで乾いた風が心地よい季節だ、雪解けからローザン遠征を経てエスタルに戻って来たのが暑さ真っ只中だった。
一つの季節を跨がった遠征は暑さも忘れるほどの激戦で、マルティアーゼの長かった問題が一つ解決出来た、それは悲しい出来事の積み重ねにしてはあっさりと、もっと早く解決出来ていれば誰も死なずに済んでいたのではないかと後悔がないわけではない、しかしそれは結果論、その時の状況や関係で最善を選んだ末に悲惨な結果になっただけである。
実際、ディアンドルがあそこまで自分を憎んでいて、両親や他国の王族まで殺すとは思いもしなかった、自分がローザンを離れれば彼女の憎しみも収まり後は好きな様にローザンで過ごすものと思っていたからだ。
(憎しみだけで人はここまで狂う事が出来るの……)
そこまで嫌う理由は彼女自身にしか分からない、何がどうではなく積み重ねなのだろうが、ディアンドルの性格上、その全てに意味があり全てが繋がっていたのだろう、だからマルティアーゼの些細な行動や言動が全て自分に対する嫌味、見下しに見えてしまい、何とかしてマルティアーゼを潰したかったのかも知れない、その憎悪の固まりになった彼女が取った行動がマルティアーゼの孤立化であり、彼女を慕う者達の暗殺に繋がったに違いなかった。
それにより最後は自身の罪を一身に受け滅んでしまった彼女もまた、マルティアーゼという人間に翻弄された一人だった。
「姫様、お疲れではないですか?」
いきなりのトムの声にびくりとして彼を見た。
「え?」
「ぼうっとしていましたよ、何かまだ気になる事があるのですか?」
「いえそうじゃないわ……お姉様がどうしてあそこまで私を嫌っていたのか考えていただけ、もう今となっては知る術もないけれど、やっぱり私はこの世に災厄を撒き散らす為に生まれてきた存在なのかと思っていたのよ」
「そんな事はありません、姫様は……いえ陛下は多くの人をお救いになって来たのも知ってます、結果が上手く行かなかった事もありますがカルエやサム達の事を覚えていますか、彼らは陛下と出会えたお陰で大きく人生が変わったのです、スグリやデビさん達だって同じです、陛下がいなければ今でも皆それぞれ違う人生を送っていたでしょう、彼らは皆、陛下と繋がりを持った人達です私には出来ない素晴らしい事だと思います」
「そう言ってくれるだけで嬉しいわ、分かってるのよ……だから後悔ではないのよこれから何が起こるのかという不安から来ているのかも知れないわ、お姉様との繋がりのあるグルバヌスがまだ生きている、彼がお姉様の憎悪に火を点けたように見えるの」
「それは言えるかも知れないですね、奴との出会いが諸悪の根源に私も思えます」
あの夜の出来事を見ていたトムだからこそ、あの時のグルバヌスの嫌悪する行動はマルティアーゼにとって良くない事だと感じて彼から逃げだしたのだ。
「これまでは城の中で何も出来ずにいたけれど、王の座に就いたからにはもう彼の好きにはさせないわ、それにはまずこの国で私が動きやすいように整えようと思ってここ最近は色々な事に取り組んでいるのよ」
「そうでしたか」
「貴方も子爵、自分の領地を与えられてるはずだけど今の領地で満足してる?」
「満足も何も元々何も持っていない私からすれば十分過ぎる程です、使用人や私兵なんて私は要らないと思ってるぐらいです」
「そう……でもエスタルの諸侯として働いていくんですものそういう生活にも慣れていかないといけないわ、いつまでも従者感覚では子爵として立場に関わるのよ、貴方だって結婚もして跡継ぎを育てていかないといけないのよ、貴方ほどの人なら令嬢からお誘いがあるんじゃないの?」
「ありませんよ、ローザンの田舎者に興味を持つ人などいません」
トムはぶっきらぼうに言う。
「卑屈にならないでよ、それを言ったら私だって田舎者の元公女なのよ、じゃあ反対に聞くわ、好きな人がいるなら自分の所に呼んでも良いのよ」
「呼ぶ様な相手もいませんし今はまだ結婚なんて考えた事もありません」
トムの表情が暗く言い方も投げやりになっていた、マルティアーゼはそれを小言を言われて怒ってるものだと捉えていたので、
「私は結局ローザンのお父様達やエスタルのお父様達に親孝行らしい事は何も出来なかったわ、せめて貴方だけには恩返しが出来る時にしてあげたいのよ、私の為に貴重な人生の時間を捧げてくれた、何度も助けてくれたし生き方も教えてくれた、危険な目に何度も遭って傷付いたりもした、でももう私には守ってくれる兵士達も魔道士達もいるわ、だからこれからは私の事より貴方は自分の幸せを考えて欲しいのよ」
「……私は陛下に剣を捧げました、一生付いていくと誓ったのです」
「それは分かるわ、けどそれは私を守るという意味ででしょう、必要な時には駆けつけてくれる騎士という意味であって、自分の人生を雁字搦めにして捨てるという意味ではないはずよ」
「それでも構いません」
トムははっきりと言い切るがマルティアーゼはすかさず、
「止めて、そういう事をいうのは……それじゃあ私は周りの人達の人生を狂わすだけの人間になってしまうわ」
と嘆き、周りに人を集めるだけ集めて相手を絶望へと追いやっていく大精霊の話を思い出していた。
「貴方のその素直さ誠実さに信頼を置けると思ったから貴方の剣を受けたのよ、貴方の人生を奪う為に受けたのではない……」
トムの誠実さがここまで深いものだと知っていれば受けていたのか、それはまだ幼かった自分にはそこまでの考えが及ばなかったかも知れないが、今なら分かる、トムは剣に対しても基本や基礎というのを大事にしていた程に、物事に誠実で外れた事が出来ない性格で、一度決めた事は頑固に通す人間なんだという事を。
「貴方は自分の人生をどの様に生き抜きたいのか考えないの? 私と出会う前の貴方の希望や夢を思い出してみて」
「あの時の私はお国の為に働き国民が平穏な暮らしが出来る様に守ろうと思っていましたよ、ですが今は陛下の為にだけに人生を捧げております」
最後に行き着くのはマルティアーゼへの忠誠であり、彼の信念は確固たる意志を感じていた。
「貴方は昔から頑固だった、それで何度も言い合いもしてきたわね……貴方の頑固さは私の為というよりも自分の信念から来ていたのね、それなら私が貴方の剣を返すと言えば貴方は自由になれるのよね」
「……陛下それは」
トムは目を見開きマルティアーゼを見た、彼女の真剣な目にそれ以上の言葉を口にしないでくれという懇願の表情が浮かんでいた。




