1086 三竜
中立国から一般国へ普通の国へと戻った国、ラミール。
ヴァンとの戦争が終結し平和を取り戻した代わりに軍事の強化と、一見すると矛盾な行動も普通の国へと戻った国のあるべき姿だった。
攻めない代わりに攻め込むなという宣言には何の意味も無い事、力のある国が狙うのは軍が弱い国で他国の意志に従う必要も無いからだ、それまで攻め込んでこなかったのは見逃されていただけで領土が必要となれば攻めれば良く、守れないのはその国の怠慢でしかない、それが過去のラミール王国であった。
レシティのラミール王国では平和呆けから軍事国へ、普通の国家へと意識変革を行いもう二度と自国を踏み荒らされないよう軍事に力を入れていた。
あれから連合国との定期的な会談を行いヴァン国の視察で軍事を行っていないかの確認もとっていた。
「レシティ様、我が国もこの所平穏な状態が続いております、レシティ様もご婚約の適齢期です、そろそろ近隣諸国から縁談を申し込まれては如何でしょう?」
といきなりロイ右大臣が言ってきた。
「結婚? 私がですか……まだ早いのでは?」
「何を申しますか、国王となられたのにこのままお一人身ではラミールの存続に関わります、この地域では女性王族が多く男子は限られております、サディ様とて女性、早くお相手を見つけなくてはいざという際に身分に合った相手がいなくなりますぞ」
「でも私は……」
いきなりの提案にそんな考えなどなかったレシティは返答に困った。
「ドゥーラントのの王子達はまだ幼いですが、ムーンバートのラオレイア王子なら年下になりますがレシティ様と年も近くお似合いかと思いますが」
「待って、いきなり婚姻の話をされてもまだ心の準備も何もしていないのよ、今ここで返事なんて出来ないわ」
「ご尤もで、ですがラミールの存続を考えて頂かない事には国民は先が見えず不安が広がってしまうので良くお考え下さい」
「善処します」
戦争が始まり長い戦いが終え、国民の上に立って復興と平穏を取り戻せたと思った次は自身の結婚についてと、休む暇もなく議題を突きつけられてレシティは深い溜息を吐いた。
(もう自分が幾つになったのかも覚えていないぐらいに目まぐるしい日々を過ごしてきて、自分はもうお婆さんになったような気分だったわ、そう……まだサレス様達が旅立ってまだ二年も経っていないのね)
国を造るとタリアから教えられてあれからどうなったのか、皆それぞれの道を歩んでいるのに自分はここで何をしているんだろうと虚しさを感じた。
(国を造るなら私も連れて行って欲しかった)
ラミールを人に任せて毎日忙しくしているというのに、自分だけそんな楽しい事をしているなんて許せなかった。
(私も国を捨て旅に出ていたなら先生とも……)
一緒になれたかも知れない。
身分も肩書きも要らない、好きな人との生活がどれだけ素晴らしかったか、何故私だけ残って国の為に身を粉にしなくてはいけなかったのか、レシティは自分の宿命を呪うしかなかった。
(好きな人と一緒になれないなら独り身でも良い)
だがそうはいかないのが王家の血筋の宿命である、血筋を残す事も王家の役目と言われれば言い返せない、この流れる血筋の者が国王にいるからこそラミール王国であり、それが国民が此処に留まる理由でもあるからだ。
大勢の国民の居場所を保つ為には王家の継承は必須、それも解るがその為に自分の人生を犠牲にしなくてはいけない事には納得していなかった。
(私だけ貧乏くじを引かされてるみたいだわ)
このまま流されて何処かの国の貴族と結婚して子を産むという、既に決まった人生を歩むのが私の人生であれば何と言うつまらない生き方なのだろう。
あぁ誰か私の悩みを聞いて。
仲の良い友人もいない、相談出来るだけの信頼の置ける人物もいない、ラミールという歴史ある国でレシティは孤独な王であった。
お相手に悩んでいた頃、ラミールの町に巨大な影が落ちて来ていた。
「おい何だあれは?」
雲の切れ間から見え隠れする十字の影、雲よりも高くて小さな影だったが目視が出来る程それは巨大だった。
見上げる人々を嘲笑うかのように急ぐでもなくその巨体を悠々と体をくねらせて羽ばたいていた。
「……竜だ」
誰かが言った、するとその声に続いて、
「本当だ、あれは竜だブロブロ山の竜だ」
世界最高峰の山に住むと言われている竜を見るのは皆初めてだった、それでもそれが竜であると分かったのは昔から読み聞かされていた昔話の内容に酷似していたからだった。
黒い肌、大きく尖った羽、長い首と尾、それは数百年に一度、口から放った雷で森を焼き炭になった動物を食らい尽くすというお話で、ブロブロ山には登るなという大人達からの注意勧告のような作り話だったが、その姿を見た人々は皆、教えられたとおりの容姿にある意味感動しながら眺めていた。
騒がしい町の様子に兵士から連絡が入ると、直ぐにそれはレシティの耳にも伝わって来た。
「竜?」
こんな時に竜とはまた厄介事かと城から外を見上げる。
「何処に居るの?」
白い雲が広がる空しか見えない、大臣達と皆で探していると、
「あっ今何か黒い物が見えました、向こうです」
指差す方向を凝視するが雲で見えず、窓枠へ前のめりに体を伸ばしながら眺めていると切れた雲の隙間に黒い動く物が姿を現した。
「何か見えるけど遠くて黒い生き物ぐらいにしか分からないわ、あれが竜なの?」
青い空に動く黒い染みのようにしか見えず、もうかなり遠くまで飛んでいってしまっていた。
「もう見えなくなったわ、何処に向かったのかしら」
「いやぁ驚きました、本当に竜がいたのですな、てっきり本の中だけの生き物だと思っておりましたが」
「伝説の竜が何故今頃現れたのかしら、何か嫌な感じがするわね……あの向かった方向って」
もう一度レシティは竜が消えていった方が国目をやる。
(北に……サレス様がいる方に)
今までその存在すら確認されずにいた竜が姿を現しただけでも不吉な予感がするのだが、飛んで行った方角にサレスがいるのがまた不安を掻き立てる。
あの真っ直ぐに飛んでいた様子を見れば何かに引き寄せられている様に見えた、実際はヴァンやサンかも知れないがサレスのいる北方というのもあり得て、レシティはぞわぞわする感覚に落ち着かなかった。
(サレス様、先生……)
「カライ左大臣、北方に人を送れるかしら?」
「はぁ……何かご用件でも?」
「竜はサレス様がいる北方に向かっていったわ、北で何かが起こる気がして心配なのよ、サレス様達が何処に居られるのか探し出して注意するよう伝えてあげて欲しいの、元リム王国だと言ってたわよね」
「では探索隊を組織して北方に送りましょう」
「何も無ければそれで良いのだけれど、この時期に竜を見た事に何かの意味があると思うの」
「私としては折角ここまで復興が出来たのです、これ以上悪い事が起きないのが一番です」
「それはそうだわ」
やっと平穏を手に入れたラミールにまた火の粉が飛んでくるなんて誰も望んでいない、だからこそ先手を打っておくだけでも気持ちが楽になる、それにサレス達との連絡手段がない今は彼らの居場所だけでも知っておきたかった。
(本当なら今の私の近況や悩みを聞いて貰い、私はどうすれば良いか助言が欲しいのだけれど……)
竜の出現はラミールだけの異変ではなかった、マルティアーゼがローザンで魔導王の力を使った時から、ベル山や北方の更に北にある極寒の地にいた竜も彼女の魔力に反応していた。




