1085 慟哭の塔
許可を得たグルバヌスは準備を整えるとエストラへ向かった、ローマルイン城に着くとエストラの監視、管理を行っているライガン侯爵に会って、ガウリス大公の許可を得てやって来た内容を説明した。
「それは事実ですかな?」
「はい、ガウリス様にお聞き頂いても結構です」
「ふむ……しかし、処刑する予定の捕虜をその様な事で……」
訝しげに考え込むライガンだったが、これも今後の魔道士との戦いに必要不可欠と言われれば、魔導の事をよく知らない彼に判断する術はない。
「疑っては居りませぬが一応ガウリス様に事情を聞いてみましょう、それまでは客室でお待ち下され」
「分かりました」
ここで無駄に主張せずすんなりと事を進める為に、グルバヌスは慌てずに納得して貰う様大人しく従った。
二日後にライガンから確認が取れましたと言ってきて、では早速とグルバヌスは目的の場所に連れて行って貰った。
戦争責任としてゼペス王一家はキエヌに送られたが、軍を率いてキエヌに攻め込む提案をしたストレイ候は処刑されていた、だがそれだけで終わらない。
ストレイ候の意見に同意した仲間達も同罪と扱われ、死罪を言い渡されその時が来るまで牢獄に監禁されている。
地下にある貴族専用の牢獄はひんやりとしていて物音一つが大音量に聞こえる程に耳に響く、なので誰かが来た事が直ぐに分かり投獄されている者達にはその足音が誰かの死刑執行のように聞こえ恐れ戦いていた。
「出ろ」
「とうとう私か……」
牢獄から出された人物は項垂れながら外に連れていかれる、何日ぶりの日の光に視界が白く目が開かず足を止めると、後ろから兵士に小突かれながら別の建屋に入っていく。
建屋の中は薄暗く痛んだ目が和らいでいく、奥へと行くと更に暗い通路を通り奥まった一室の前で入れと言われた。
(処刑ではないのか)
部屋は明かり一つもないただの空間のようだった、後ろでバタンッと扉が閉められ何も無い部屋で一人佇んでいると、いきなり目の前から声が掛けられた。
「ようこそ、お久しぶりですねモリス子爵」
くぐもった声の主に瞬時に誰だと返答した。
「私ですよ、グルバヌスです」
部屋の奥の闇が動く、微かに違う黒色、そこに人がいたのかと気付かない程に暗闇に同化していた。
「グルバヌス……貴様が何故此処に、国を捨てて出て行ったのではなかったのか」
幾ら目を懲らしても黒い物体がゆらゆらしているぐらいしか分からない相手にラリーが叫ぶ。
「俺に何用だ」
ラリー子爵と話すのは挨拶をするぐらいで、直接彼と何か問題を起こした事はなかったが、間接的にストレイ候の意見に同調していた姿勢を見せていたのをグルバヌスは見ていた。
「ええ、本当ならストレイ候にお会いしたかったのですが、彼は既に処刑されましたので残念ですがラリー様にお越し頂きました、実は貴方には私の研究にご助力願いたくありまして」
「手伝いだと?」
ラリーの声に動揺が含む。
「ええ、何もしなくても良いのです、そのままじっとしていてくれれば」
「一体何をする気だ!」
「心配要りませんよ死ぬ訳ではありませんので、ただ少し様子を見たいだけです、こういう事はエストラにいた時は出来ませんでしたのでとても貴重な体験です」
がくがくと震えるラリー子爵にグルバヌスは手から紫の火を出す、その火にグルバヌスの髑髏の顔が浮かび上がる、幽鬼の様に目元はぽっかり空いた洞窟のように黒く、にやりと笑った口元から覗く歯が異様に白く見えた。
「……うっ」
ラリーは思わず息が出来ずに詰まった。
「これは今までの黒矢ではなくてですね、私独自に編み出した新しい魔導なんですよ、私の思念を封じ込めた黒矢、紫矢とでも言った方が良いですかね、人を傷付ける物では無く相手に私の思いや感情のような物を注入するんです」
とグルバヌスは勝手に説明を始めた、するとみるみるとラリーの顔色が青ざめていき自分の身に何が起こるのか分からない恐怖に歯を鳴らし始めた。
「何をする気だ……お主も元はエストラの臣下ではないか、その仲間に……」
「仲間なんて一度も思った事はありませんよ、貴方はストレイ候側ではありませんでしたか、知ってますよずっと一番後ろで観察していたんですから、誰が私を化け物扱いをしていたか私の功績を妬んでいたのかよく知っているんです、そんな貴方を仲間だと思った事は一度たりともありません」
とラリーのと言葉を遮ってグルバヌスは返した、ストレイ候のように直接非難する者の影に隠れて皆と一緒にほくそ笑んで、保身の為に多数派にしれっと列をなしている様な輩が、身の危険を感じるとすぐに掌を返すなんて卑怯極まりない、そんな者に同情も友情も感じるはずがなかった。
「良いではありませんか、どうせ死罪が確定しているのですよ、私を仲間だと思っているのであれば最後ぐらい私の為に実験台になってくれますよね、大丈夫貴方だけではありません、他の人達にもなってもらいますから」
「ふざ……ふざけるな」
ラリーが扉の方へ逃げようと背を向けた時、彼の背中に紫矢が突き刺さりそのまま体に吸い込まれる様に消えていった。
「うっ……あああぁぁぁ」
ラリーの体が跳ね上がる、倒れ込んだ彼は地面をのたうち回った。
「ぐがああ、ぎぎぎっなんだこれは……頭が」
何かドス黒いものが思考を妨げ、自分ではない何者かが乗っ取ろうとしているような感覚に必死に抗うが、混じり合った思考はどこからが自分の考えでどこからが何者かの考えなのか分からなくなってくる。
強力な思念は相手も遺物を排除しようと抵抗するのかと力の強さが難しいなと、目を見開き涎を垂らしながら泣き叫ぶ姿にグルバヌスは静かに観察していた。
「思念が強すぎましたか、どの位の思念を送り込めば相手の人格を壊さず支配出来るか、もっと研究しないといけませんね」
床に倒れ込んだラリーは体を仰け反り口から泡を吹いて笑っていた、彼の意識がグルバヌスの思念と混じり合い混濁した思考が受け入れられなかったのか、自分が自分出なくなり気が狂ったように笑い続けていた。
「これではもう使い物にならないですね」
扉を開けて外の兵士達にラリーを牢屋に連れて行き、新たな人物を連れてきて欲しいと伝えた、兵士達はラリーの変貌した姿を見て驚愕していたが二人で腕を掴み運び出していった。
そして一人また一人と、ラリーと同じように元諸侯と再会を果たしたグルバヌスは、悪態を吐かれながらも新魔導の実験をしていった。
「今日の所はこれ位にして帰って問題点を考えましょう、このままでは実験体がいなくなってしまいます」
それからグルバヌスは何日も掛けてエストラを行き来しては牢獄にいた囚人達に魔導の実験を繰り返していった、その結果、ある程度の力加減で紫矢を打ち込めば人格を壊すことなく相手に自分の思念を混ぜる事に成功していた。
だが牢屋に戻された囚人達は時折牢屋で泣き叫んだと思えばいきなり笑い出すといった奇行が絶えず、それを聞いた理性の残る囚人達は、止まない狂気の声に耳を塞ぎ布団に包まって身を震わせ、いつしかその監獄は地の底から漏れ聞こえる囚人達の狂気の声に、慟哭の塔と呼ばれるようになった。
「魔導の成果は?」
「お陰様で随分と研究が進みました、あの方々もこれで生まれてきた存在意義を持つ事が出来たのでは無いでしょうか、彼らにはもう死の恐怖を感じないのがせめてもの私からのお礼です」
「……」
ガウリス大公はグルバウスを凝視した、この非道さは魔道士の追求心によるものかグルバヌスの性格なのか見極めは難しく、もしかするとガウリスは関わってはいけない人物を陣営に取り込んでしまったのはないかと疑念が生じ始めていた、それを知ってか知らずか当の本人は満足した顔で訓練に戻って行った。
グルバヌスの力が上がる事は魔導部隊の強化にも繋がりキエヌにとっても必要な事だったが、それと共にグルバヌスが制御出来ない程に力を付けた場合の事も考えておかないといけないとガウリスは考えていた。




