1084 王の儚さ
「一体何処に?」
ガウリスから呼び出されたグルバヌスは、警備兵二人に守られながら城内の端にある尖塔に連れて来られていた。
前を歩くガウリスに声を掛けるが彼は何も言わず黙々と先を歩いていく、その後ろをグルバヌスは不安そうに付いていき塔に入った。
中にいた塔の警備兵が立ち上がってガウリス達に敬礼をした。
上に行く階段と地下へ行く階段に分かれており、ガウリスは迷いもなく上に行く階段に足を掛ける。
カツカツと良く響く階段は螺旋状になっていて、ぐるぐると目が回りそうになりながら上がって行くと、途中部屋がいくつも見えてくるがガウリスは目もくれずに上へ向かっていく。
(一体何処まで)
何段の階段があるのか足が疲れ疲れ始めた頃、唐突にガウリスが立ち止まると目の前は扉があり行き止まりになっていた。
(最上階に着いたんですか)
ガウリスが持っていた鍵で扉を開けると、
「お前達は此処で待て」
と警備兵二人に言うと、
「グルバヌス殿はこちらへ」
と、ガウリスと二人だけで部屋に入っていく。
部屋は最上階だからなのか広く、四方に窓があり外の景色が確認出来る様になっていて、何処からでも光が差し込むので明るかった、しかし内装は極めて質素で寝台と小さな衣装棚に机だけと最低限の必要な物だけが置かれていた。
グルバヌスは部屋に入ると直ぐにそこに来た意味を知った。
「ゼペス様……」
部屋の中央に立つペス王が目に入る、精悍な顔立ちだった彼の顔はやつれたように見えたが、その目にはまだ消えない炎が灯っているように思えてしっかりと二人を見ていた。
「ゼペス連れてきてやったぞ」
「えっ、ではゼペス様が私をお呼びで……」
「うむ、ガウリス大公に頼んだのは私だ、お主と話がしたくてな」
「ではグルバヌス殿、儂は戻らせて貰う、用が済んだら外の兵士に声を掛けてやってくれまいか」
「分かりました」
ガウリスは大股に部屋を出ていくのを見守ってからゼペスに目を向けた、何とも言えない緊張した時間が二人に流れていく。
エストラを出て行ったはずのグルバヌスが敵国キエヌの士官として働いている、この状況を考えればグルバヌスが寝返りエストラを滅ぼしたと思われても仕方が無かった、絶対にゼペスからこの裏切り者と罵られると思っていたグルバヌスだったが、彼の口から出て来たのは、
「グルバヌス、儂の目が節穴だった済まぬ……お主の言う事を聞いていれば良かったと後悔しかない」
と、謝罪の言葉だった。
グルバヌスはどう答えれば良いのか分からなかった、国を出た後ガウリスにキエヌ進行の一報を入れたのはグルバヌス自身なのである、あれがなければキエヌは落とされなかったとしてもガル方面は占領されていたかも知れなかったのだ、その事を言うべきかどうか迷っていると、
「あの時の儂はあの場に飲まれていた、キエヌ、ガルとの戦いで対等に戦えるだけの力を得た、その後ガルが落とされ残るはキエヌとの一騎打ちとなった事で全力でぶつかればいけるのではと思っていた所に、ストレイの進言でキエヌ王がメラルドにいるとの情報が重なり好機と考えてしまった、あの場で一人反対していたお主の讒言よりも儂はストレイの言をとってしまったのだ」
「私ももう少し強く引き止めていればと反省しております」
「いや、言ったはずだ最終的に決断をするのは儂だとな、先代先々代の恨みを果たせるのは今しかないと、あの時の儂に戦う以外の選択肢は考えられぬ程気が高ぶっていた、これも儂の至らぬ所だ」
聡明で思慮深い国王だと思っていたゼペスも人の子だった、キエヌから迫害された積年の恨みを果たす事に我を忘れてしまったという事か、これまで国を良く守って来た彼が一度の過ちで国を取られてしまったのだから後悔が残るのも無理はないだろう。
「お主がいたからこそエストラが強く成れたのにそれを我が国の強さだと勘違いしたのが運の尽きだった……あれほど尽くしてくれたと言うのに儂は」
ゼペスは項垂れ申し訳なさそうにグルバヌスに謝った。
「いえ、ゼペス様、私こそ行く所が無いのに国を出てしまい、エストラの皆さんからすれば敵国に士官という裏切り行為をしてしまいました、どうかお許しを」
「お主が此処にいる事を聞いた時は驚いたが、国を出た時からお主の生き方は自由だ、そうさせたのは儂であり許すも何も無い」
「私としましてもエストラの事は気に掛けておりました、ガウリス大公にもどの様な対応をするのか、なるべく穏便にとお願いしておりますが一士官の言葉が何処まで通じるかまでは……」
「敗戦の王は何も言えぬ、然るべき処遇を受け入れるだけだが心残りは妻や子供の事が気掛かりだ何とかして貰いたい、最後にお主と話せて良かった」
グルバヌスはただ頭を下げるしかなく俯いたままお辞儀をして退室していった。
塔から出て来たグルバヌスの気持ちは複雑な気分で自宅に帰っていく、あの凜としたゼペス王の弱気な物腰を見る日が来るとは思わなかった。
(あぁなんて日ですか、あんな弱々しいゼペス様を見たくはなかったです)
これが敗戦の将の末路なのかとグルバヌスは思った。
戦いの中で殺されるより後悔と無念を感じながら生き恥を晒して生きていくのはどれ程の屈辱なのか、国王であった者が生殺与奪を奪われ言われるままの生活で、いつ処刑されるか分からない日々を過ごしていくなんて、グルバヌスなら早く殺してくれと発狂してしまいそうである。
身近な存在がそんな目に合っているのを見たくはなかった、それがこれまで敬愛していた王なら尚更である。
英雄と言われていたのに何も出来ない自分が恥ずかしく情けなく無力なんだと思い知らされた一日で、自室に帰ってきてからも寝台の上で自分のこれまでの行動で何が悪かったのか、どうすれば良かったのかをずっと考え続けていた。
(負けると言う事はこういう事なんですね……どんなに大国であっても一度の敗戦で全てを失うなんて虚しすぎます)
だから皆必死に戦うのである、守るべきものは人だけではない、自分達の作り上げてきた物や国、生きてきた歴史を守る為にお互い必死で戦った結果が願っていなくても受け入れるしか無いのである。
(私は絶対に負けません、マールさんを手にするまで死ぬわけにはいきません)
グルバヌスにはグルバヌスの目標がある、彼の戦争は国家ではない、マルティアーゼを手に入れる壮大な戦いが待っているのである、なので今日のゼペスを見てグルバヌスは負ける事の儚さを感じ、絶対にマルティアーゼに会うまでは負けない決意を新たにした。
翌日からグルバヌスは魔導部隊を集め、本日からもう一段上の修行をして貰う事を皆に告げ魔道士強化に努めるようにした。
カリン達は不服そうにしていたが彼としても二人の底上げは必須で、特にラーダの力は中級に迫る勢いで魔力が上がっているのを感じていた。
(同じ風を持つから分かりますよ、ラーダはこの先魔導部隊の中心に立つ魔道士になります)
キエヌの魔道士達も戦争を経て魔力の使い方を覚えたのか、実力をぐんっと上げてきている、やはり実践に勝る練習はないのだと彼らにも期待をしていた。
そしてグルバヌス自身が一番頑張らなくてはいけない、中級程度で負けているようでは話にならず彼は一つの思いに至った。
(良い事を思い付きましたよ)
グルバヌスはにやりと笑い、翌日ガウリスに願い出た。
ひそひそと交わす内容にガウリスの表情が一瞬曇ったが、彼はグルバヌスの申し出に頷き許可をした。
「有り難う御座います」
グルバヌスは礼を言って後にした、その後ろ姿にガウリスは、
(恐ろしい事を思い付く)
あれがもし敵だったならと考えると身も凍る思いだったと、グルバヌスがいなくなるまでその場で立ち尽くしていた。




