1083 沿岸州の未来
「ケルテが負けるなんて……」
折角自軍の力を知らしめる絶好の機会だったのに殆ど役に立たずに戦争が終わってしまい、デュースの株も殆ど上がらず無駄に軍事費を費やしただけのように思われ悔しがっていた。
ベストラ国はそれ以上に今後の沿岸州の均衡が崩れた事でディストレアとの連携を密にしなくてはいけなくなって、他の大臣達が日夜問わずディストレアとの会議に奔走していた。
ケルテを滅ぼしたムングロ国は国土拡大で国内は盛大な盛り上がりだった。
「わははっ、どうだやはり金の力は偉大ではないか、我が国はこれから強国へと押し上げる、軍事費を上げ我がムングロの為に働く兵士を増やすのだ」
これでもう我が国に対して文句を言う奴はこうなるんだというのを見せつけてやったムングロ王は、沿岸州での立場を大いに高めていた。
漁場の拡大はこれまで以上の漁獲量を狙え、ますます盛んな食糧と生産の増大に繋がるし、ケルテ国民をムングロ国民として人口の増加にも繋がる、しかし良いことばかりではない。
まだケルテ国を取り戻そうと抵抗する勢力の鎮圧が完了するまでケルテ平定とはいかなかったが、あくまで抵抗する勢力は軍人や元大臣、諸侯生き残りの人達であった。
大臣や諸侯達は庶民に落ちる事で財産は減り権力も手放す事になるので取り戻す事で必死だったが、国民はムングロ国から物価や税の統一、仕事の斡旋などでこれまでの生活より豊かになった事で反対勢力に参加しようとする者は少なかった。
これまで碌な仕事がなかったケルテにとって仕事が出来る、しかも給料はムングロ国基準となれば誰が反抗して命を捨てようと思うのか、特権階級で生きてきた貴族達だけが怒ってるだけで、これまで碌な生産もなく経済に力を入れてこずに国民を虐げてきたケルテ王家なんて滅んでも構わないと思っていた。
町に溢れる警備兵に人々から何処に抵抗勢力が集まっているのか情報が入ると、直ぐさま兵士が攻め込んでいき逮捕、排除していたので抵抗勢力がいなくなるのも時間の問題だった。
抵抗勢力に付いてくる兵士は少なく側近や隊長格ぐらいなもので、人手を確保しようと傭兵を取り込もうとしたが拒否されていた。
ケルテにいた傭兵達はお金にならない戦いに投じるよりも、ムングロ国の国軍兵としてやっていく方が安定した収入が手に入り、ムングロにしてみれば兵力が上がると両者万々歳の関係となった。
経済力があれば人さえ買える、全ての切っ掛けとなった漁獲量の増加にムングロ王は魚様々だと海岸沿いに大きな魚の彫像を建てて敬った。
「陛下、ケルテを我が物に出来たのは喜ばしいのですが、このままでは国民平定がままなりません、王都を遷都させ陛下の威光を示されては如何ですか?」
「ううむ……儂は此処が好きじゃ、移すといっても此処かケルテの首都ぐらいしかなかろう、どちらにするかと言えば儂はこのままで良い、だがケルテの民達に我が威光を示すならケルテ城に息子を送り治めさせよう」
「ケイロス王子なら間違いなく治めてくれるでしょう」
順調にケルテをムングロ色に変えていき、その情勢は周辺各国にも伝わりもうケルテの復活はないと認識させるまでになっていた。
しかし周辺国はそれで一件落着というわけにはいかなかった、特にメラルドはムングロ国と争ってはいなかったものの仮にこの先、ディストレアやベストラをも攻め滅ぼし沿岸州を統一した場合、面倒になる事が予想された。
沿岸州が小国であったから安心していたのに、均衡が崩れムングロが力を持つ様になれば、いつメラルドに刃を向けてくるか分からないのではおちおち寝てもいられない、まさかムングロが勝つとは思っていなかったムングロからの援軍要請を拒否した事で、向こうが根に持っているとしたら尚更警戒しなくていけなかった。
ただ、悪い予想だけではなく、もしムングロがこちらに敵対心を向けて来たとしても、こちらにはキエヌ王国がいる。
メラルド王女が嫁いでいるキエヌ王国ならメラルドの危機に駆けつけてくれると信じていた、その為に嫁いだわけでは無いのだが結果的に後ろ盾があるというのはかなりの安心材料にもなっていた。
情勢はムングロとケルテのただの二国間の問題ではなく、更に沿岸州全体に広ががる戦火に誰もが不安がっていた。
そのキエヌ王国ではエルディール王とセトラーゼ王妃の仲睦まじい噂は国内に伝わり一定の安定を保っていた。
前王ドラド公王に攻め滅ぼされたガル国民も、息子であるエルディール王になってからは国民に対する締め付けが緩み、経済も前のように安定して流れ始めた事で恨み節は幾分収まって来ていた、それはエルディール王の結婚による恩赦で釈放された者達がいたり、数年間の税の引き下げをするように通達が出された事で、ドラド公王とエルディール王に対する認識が変わったからだった。
「この所、ガル方面が穏やかになって来たみたいですね」
ぼそりとグルバヌスが呟く、やっと元ガル国民がキエヌ王国民としての新しい生活に馴染んできた表れで、もう後数年もすれば不満を口にするよりこの生活でやっていこうと思う人が増えるだろうし、考えを変えてキエヌ国民として生きてくれるのを望むだけだ。
「もうガル王家もいないのに反抗していても仕方ないですからね」
それにガルを取り戻しても国王として国民を引っ張っていける人物がいないのであれば、名ばかりの国では崩壊していくだけである、今の反乱分子は駄々っ子の子共の様なものでしかない、その事に早く気付いて受け入れるのが一番なのだ。
「それにガルだけではなくエストラの問題も残ってるんですから余り騒がないで欲しいものです」
やれやれと言った風にグルバヌスは肩を落とした、状況が進展して行くのは良いがグルバヌスも他の事に構ってる暇はない、彼自身ローザン大公夫妻暗殺の実行犯として追われる立場になってしまい、ギルド員を二人も殺してしまい一人は逃がしてしまった。
(もう完全にバレてしまいましたね、と言う事はディアンドル様の方にもエスタルから何らかの連絡が行ってるかも知れませんが、もう来るなと言われてますしね)
あれからギルドが討伐隊を送って来ない間に南方でも情勢が大きく変わった。
エストラから出て行ったグルバヌスはキエヌ王国の国民となった事でギルドの監視から逃れられたものと考えていた。
「此処にいれば魔導を使えば魔導部隊の人達にも感知出来るでしょうし、エストラにいるよりも随分と安全と言えますね」
それにキエヌにいる事自体、まだギルドには知られていないと考えていた、だからこそ未だにギルドが一人たりともやって来ないのがその証拠であった。
(北方の事はディアンドル様に任せるしかないですね、私の方は対ギルドに専念するしかありません)
それもバルートとの敗北で自分の実力を知ったグルバヌスは、もっと力を付けなくてはと考えていた、それに新たな力も少しずつ自分のものへとなって来ている感覚もあった。
相手の思いや感覚を感じ取れるだけではない、逆に自分の思いを相手に送り込める事も知った、すると相手の態度や言動に変化が生じ意識の混濁が見られ、急に暴れたり錯乱状態に陥ったりする様子が確認出来た。
(もっと上手く使いこなせれば相手を殺さず利用出来るかも知れませんね、あの子共みたいな魔道士に負けるはずがないんです……次こそは必ず殺してあげますよ)
来たるギルドとの魔導大戦に勝利する為には既存の魔導だけでは勝てない、この新たな力を自分の物にした時こそ魔導王を超えるのだとグルバヌスは信じていた。
いまはまだ眠る力を引き出す為にもっと時間が欲しかった。
魔導部隊に入隊したい人員も増えていてその対応や教えにも時間が掛かる、それにカリン達の力の底上げも勝利への重要な要因でもあるので、グルバヌスの役目は多忙を極めていた。




