1082 エリニア国
幾筋もの通りが出来、城から整然と並んだ家々を眺める日が来るとは、鬱蒼とした森に覆われていたあの頃とは全く違う景色が広がっていた。
通りには人々の声が飛び交い材木を運ぶ荷台が行き交う音が響き渡る、何百年も静寂の時を過ごしてきた王国が新たな国家として再び息を吹き返したのだ。
「凄いね、あんな廃墟だったのにこんなに人が増えてる、もう立派な町じゃん」
「見た目だけならそうだろうね、けどまだここには店もない大臣も兵士もいない、まだまだ先は長いよ」
「そっかぁ、国民がいても国を動かす人が少ないんだ、王様が働くのもおかしいからな」
「ふふっ、国王には国王の仕事という物があるんだよ、だがまぁマリアの言う事は理解している、国王の仕事以外の事を任せられる者が必要なのは確かだ」
「私は何をすれば良いのさ、して欲しい事があれば言ってよ」
「君が何が得意なのか教えてくれればね」
「得意なのは喧嘩だ、床の方も得意だよ」
ふふふっとサレス笑う。
「床の方は置いとくとして、では君は武術が得意なんだね」
「誰かに教えて貰った事はないよ、短剣の扱いは自分で覚えたよ、私の居た所は自分の身は自分で守らないといけなかったし、相手に舐められてたら財産なんて全て奪われちまうからね」
「ふむ、厳しい環境だったんだね、ではそれだけ腕に自慢があるなら一人でも出来るかな……」
「何の話だい」
独り言を言うサレスにマリアが聞いた。
「マリア、君にはエスタルで偵察任務を与えたい、魔道士でもない君だからこそ出来る仕事だよ、エスタルに移り住んで向こうで何が起きているのか調べて欲しいんだ、出来るかな?」
「あたし一人でか? 嫌だよ、知らない土地で一人なんて、サレスの側にいたくて来たのにさ」
急にさっきまでの元気がなくなり不安げ顔になるマリアに、
「エスタルは世界から注目されている国なんだよ、その国の情勢を調べておくのは重要な仕事だよ」
「だからってさ北方の事もよく知らないのに一人なんて嫌だよ」
マリアは子供の様に駄々をこね始めた。
「私は行けない、タリア達は魔道士だギルドから狙われているから見つかるのはまずいんだ、これは君にしか出来ない仕事なんだよ」
「……」
サレスの為ならとは言ったが、彼の側に居たくて一緒にいるのにエスタルで一人生活なんてしたくはなかった、しかも情報収集なんてした事も無い。
「何もずっと向こうで住むという事ではないよ、定期的に戻ってきて手に入れた情報を教えて暮れるだけで良いんだ」
「その情報ってどんな事を調べるのさ」
「国が何をしようとしているのか噂になってる事、偉い人達がどんな人物か性格を調べたり誰が人気なんて些細な事でも良いんだ、忘れる様なら手紙にしておいてくれると助かる」
「……う~ん」
やる事は分かってもマリアは直ぐに了承する事が出来なかった、ここに来てまた一人になる寂しさに頭では必要な任務だと分かっていても心が拒否してくる。
半分泣きそうな顔で返事を躊躇っていると、サレスが立ち上がって彼女の肩に手を置いた。
「君には沢山の事を押してきた、それに今では君は私達の大切な仲間だと思っている、君の居場所はちゃんと此処に用意してあるからもう一人ではないよ、安心して行ってきてくれないかな」
と、マリアの頬に軽く口づけをした。
接吻なんてこれまで何度もそれ以上の事をしてきた彼女なのに、初めて交わした初心な小娘のように顔を赤らめ潤んだ目でサレスを見つめていた。
甘酸っぱい果物の香りのする優しい口づけ、触れただけの軽い接吻なのに心臓が激しく鼓動し失神しそうなくらいに紅潮した。
「ねえもう一回」
もっともっととねだるようにマリアは甘えるように顔を近付けると、微笑んだサレスは、
「ちゃんと仕事が出来たらね」
あぁんと拗ねるマリアを宥めてエスタルに行ってくれるよねと聞くと、マリアは考えた末に無言で頷いた。
「国名は決まったのですか?」
タリアが町の状況を説明しに来たついでにサレスに聞いてみた、タリアの方は商店街となる所に建てた家屋にそろそろ人を入れていこうかと相談しに来ていた。
「うん、二つほど候補があるんだけどどちらにしようか迷っているよ」
「サレス様が迷うなんて珍しい、国名なんて何でも良いんじゃないですか?」
「そうはいかないよ、国の看板みたいなものだ、そこに住む者達にとっては誇りとなるんだからね」
嫌味を言うタリアにサレスは真面目に答えた。
(ラミールを捨てた人が良く言う)
「その悩んでいる国名を聞かせて貰えますか?」
「うん……一つはテボロムーラ、これは北方の伝説の都市テボロサーレから取ったんだ、大昔にあった国家が一夜にして霧のように消えたという話があるんだよ」
「そんな一夜で消えてなくなった国の名前を使うなんて縁起が悪くないですかね」
「そうかい、神秘的で良いと思ったんだけどね……じゃあもう一つの国名を教えよう、エリニアだ」
「エリニア……妖精の湖の話ですか?」
エリニアとは森の妖精達が水場を求めて集まってくるという湖を題材にした書物に出てくる架空の国だった、
「そう、僕達が湖で此処に集まってくる人達が妖精と見立てて考えたんだ、安易だけど分かりやすいかなと思って候補にしておいた」
安易はともかく馴染みやすさであればこっちの方だろう、集落の人達も潤いを求めて此処に集まって来ていると考えればタリアはエリニアを推した。
「君がそう思うならそうしよう」
「責任転嫁だけは止めて下さいよ、皆に反対された時に私が決めたなんて言われたら堪ったものじゃありませんよ」
ふふふっと笑うサレスは、そんな事は言わないよと言った。
「私が考えたのは確かだしね、リム王国を連想させない名前の方が周辺国にも印象は良いだろうからね、では早速皆に伝えるとしよう……あぁそうだタリア言い忘れていた事があるよ」
タリアは彼の言葉にどきっした。
「サレス様の言い忘れに碌なものがないんですが……なんですか?」
「そんなに身構えないでよ、マリアにエスタルの間者として住んで貰う事にした」
「えっ……あいつが、よく了承しましたね」
サレスの事が好きで付いてきたのにエスタルなんかに一人で行けるのかと不安が過ぎった。
「彼女が何かの役に立ちたいと言ってくれたんだ、僕達も彼女を仲間として受け入れてあげないといけない時がきたって事だから、色々と支えてやって欲しい」
「まぁあいつから言い出したのなら良いんですが、あいつに出来ますかね、喧嘩っ早いですし問題を起こして身元がバレないか心配ですが」
「皆それぞれ仕事があるのに自分だけは何もしなくて良いのかと思ったんじゃないかな、それに彼女が間者をしてくれれば君の負担が減ると思って僕から提案したんだよ、感謝してくれても良いと思うんだけどね」
「それはそれは臣下にお優しい国王様で御座います事で、一生付いていきますよ」
「僕は常に君の一番の友人でいたいからね」
その夜、住民達にこの国の名をエリニア国と発表した、誰からも反論はなく親しみやすそうな名だと歓声を上げる。
「エリニアか、うん良いじゃないか」
「可愛らしくて良いわね」
皆の笑顔を見てサレスはタリアに一瞥をくれた、何だか自分が命名した気分でタリアは恥ずかしそうに目を背ける。
「今日からエリニア国民としての私達の国を盛り上げていって欲しい」
おおおっと皆のエリニア国万歳の合唱と歓声をサレスは手を挙げて応えた。
「タリア、明日から町の開発を一気に進めようこれからは時間の問題だ、なるべく早く経済を流通させたい」
「分かりました」
「そして今日が建国の日となる」
暑い季節の真っ只中、百名ちょっとの人達と共に数ヶ月を掛けて汗を流して作り上げた小さな国、エリニア国が誕生したのであった。




