1080 過去の返礼
「この度は急遽来たのにこの様な豪華な催しを準備させてしまい申し訳無い、王女の書状を拝見させて貰い居ても経っても居られずにここまでやって来たのですよ、やはり類い稀なる美貌の持ち主でありますな、しかし大公夫妻の事故は大変悲しい事ですがが亡くなってもう一年は経っているのですぞ、王女も年頃、そろそろ先を見据えて進むべきではないですかな?」
サン王はマルティアーゼの衣装を見ながら答えた。
マルティアーゼは黒い一色のドレスに身を包み髪も後ろに丸く纏めて、飾り付けも無く長い手袋で肌の露出を極力抑えた格好だった。
サン王の言葉を静かに聞いていたマルティアーゼは表情穏やかに、
「サン王の言う通り育ての親である大公夫妻は私にとって大事な人達でした、その二人の為の喪は明けております、今の私は二人の為の喪に服しているのではありません」
「……はて、ではどなたか他に亡くなった方がいるのですかな、そういえばエスタル王は何処におられるのか、挨拶がまだでしたな」
きょろきょろと見渡しても謁見の間にはマルティアーゼの他にエスタルの大臣と諸侯の姿しか見られずおかしいと感じた。
「そのエスタル王ファリスと前王夫妻がローザン王に暗殺されたので喪に服しているのです」
「…………」
これにはサン王も驚きで声が出せなかった、喪に服していたのはローザン大公夫妻の為だとばかり思っていただけに、エスタル王家が暗殺されたなんて情報は初耳だった。
「あっええ……その、ではエスタルに今は国王がいないという事ですかな?」
「現在エスタル王家は私一人になりましたので、私がエスタルを継いで王位に就く事になったのですよ、残念ですが現在国内では即位式の準備で忙しくしている所です」
「そそ、そうでしたか……」
サン王は恥ずかしそうに顔を赤らめ口籠もった、先程自分の為に催しをと言った事が全く違っていた事実に耐えられそうになく、今にもここから退室したい気分で顔を背けた、それを見越してマルティアーゼがサン王に聞いてくる。
「サン王、私を見てまだお分かりになりませんか?」
「はて、どういう事ですかな?」
「私はサン王にお会いするのはこれが初めてではないのですよ」
そう言われてサン王はマルティアーゼの顔をまじまじと見つめたが、彼の中に彼女の記憶はなかった。
(ぬう知らんぞ、こんな一度見たら忘れない女と前に会った事があるだと……何処でだ思い出せ)
必死に記憶を辿るが今のマルティアーゼの顔と一致するような女性と会った事があるとは到底思えず、マルティアーゼの記憶違いなのではと聞き返す。
「ダレイヌス侯爵様はお元気ですか、あの方には色々と助けて頂きお世話をして貰いました」
「ダレイヌスをご存じで……」
彼の事を知ってるとなると随分と昔の事だ、しかも諸侯と懇意にするぐらいの仲とは一体いつの話だと頭の中で混乱していた。
「あれはもう七、八年前でしょうか、私がサンで盗賊に連れ去られてその盗賊討伐でダレイヌス様と出会ったんですよ、その際にサン王と話す機会を得て私が怒らせてしまった事をお覚えないですか?」
「……」
じっとマルティアーゼを見つめていたサン王は、微かな記憶から思い出したように口が開く。
「あ、あの時の小生意気な小娘か……」
思わず口汚い言葉を漏らしたが自分では気付いていない様子であった。
「そうですよやっと思い出しましたか、あれから多くの人に助けられてサンを出る事が出来たのですよ、サンでの出来事で国の在り方を考えるようになったんです」
あの時に激怒した事や殺せと命令した事まで思い出したサン王はマルティアーゼの真意に気付いて、
「もしかしてこの事を思い出させる為に私をエスタルに……」
わざわざ一国の王を呼びつけてこんな嫌がらせをするなんて、どれだけ性根の腐った女なんだと怒りが湧いてくる。
「いずれは知る事になるでしょうけど、いつまでも婚姻を迫る書状に返信をするわけにもいきませんので、直接お目にかかって理解して頂いた方がお互いのこれからの為にも良いかと思っただけですわ、それにサン王も私同様随分と時間が経ったのでどれだけ素晴らしい王様になられたのか見てみたかったのです」
「は……」
(ふざけるな、ここに来るまでどれだけの労力を使ったと思ってるんだ、マルティアーゼがあの小娘だと知っていたなら来るはずがなかったんだ、私に仕返す為にわざと呼んだというのか……なんて忌々しい女だ、何が絶世の美女だ、性悪女ではないか)
こんな屈辱的な会話をする為に街道を作り登山までしてやって来たのかと、一国の王をここまで見下すエスタルに怒りが増してきた。
「ふっふ……ふざけるな、他国の王を何だと思っているんだ、どれだけの時間を掛けてこんな北方まで来たと思ってる、馬鹿にするのもいい加減にして貰おう」
一度火が付いたサン王の激昂は止まらず、マルティアーゼに指を差して一気に捲し立てた。
普通の国なら当然の反応だっただろう、他国の国王を呼びつけておいて相手を侮辱する行為は宣戦布告のようなものだった、これでエスタル、サンで戦争が起きてもおかしくない状況なのにマルティアーゼは冷ややかだった。
「ではお聞きします、私と婚姻を結ぼうとしていた貴方はどうなんですか、魔道士から聞いて知っていますわ、王妃がいるというのに私をどの様な扱いにするおつもりかお聞かせ願いたい、今の王妃を廃し私を隣に置く様な方とは一緒になりたくはありませんし、貴方の妾になどなりたくもありません、そのような傲慢さは昔から変わっていないようですね」
と言い返した。
「ぐぬうう」
図星を言われてサン王の顔は真っ赤に染まる。
「これは完全なるサン国国王に対する侮辱、戦争布告と捉えても宜しいかな?」
「こちらは争う気はありません、貴方との昔の因縁を断ち切りたくて私があの時の小娘だと知って貰う為ですので、それでもと言うのなら受けて立ちますわ」
もう昔の一方的な立場では無い、お互い一国を背負う者同士になった今、何を一番に考えなくてはいけないか国王としての素質を問われる場面であった。
「ぐく、何て卑怯な王女なんだ……こちらの不利を知ってその様な事を言うのか」
敵陣の真っ只中で戦争だと言えるはずがなく、唇を噛みしめ忌々しげにマルティアーゼを見た。
「それは昔の私も同じ事でしたわ、周りが全て敵の中で私は貴方の言葉に抑え付けられ命まで狙われたのよ、あれから少しは王として真面になったかと思っていたけど何も変わっていないようですね」
「ぬう失敬だ……こんな国など二度と来るか、帰らせて貰う」
初めにやって来た時とは真逆に、怒り露わに大股で足早にサン王は謁見の間から逃げるように出て行った。
「マルティアーゼ様、あの様な事で本当にサン国と戦になったりすれば……」
ヒヤヒヤしながら聞いていたコドス右大臣が心配そうに言ってきたが、マルティアーゼは薄く笑いながら、
「大丈夫よ、彼にそんな勇気は無いわ、せいぜい周りに辺り散らかすぐらいじゃないかしら、これでもう執拗な手紙から解放されると思えば気分が良いわ、エスタルを出るまで丁重に送ってあげて」
その日の内にサン王は直ぐに自軍を引き連れ首都を出発していった、僅か二日という滞在の為に何ヶ月もの時間を掛けたと思えば、少し気の毒に思う所もあった。
即位式前の煩わしい問題を一つ終わらせ、今後の取り組みに集中出来るようになれたので、サン王の訪問は時機が良かったとも言えた。
王になればマルティアーゼの肩に今以上の重責がのし掛かってくる、それは彼女の名が世界の中心に立ち彼女を中心に動く時代に入っていく意味でもあった。




