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ローザン遠征に出掛けている間にマルティアーゼ宛てに各国の王族、貴族から書状が届いていた、国から個人まで様々な身分からだったが、そのどれもがエスタル王死去前に出された物で、マルティアーゼがエスタルに帰還すると全ての返事にお断りの書状を出すように言った。
(やっとお父様達の件が終わったばかりなのに自分の事なんて考えていられない)
「ミーハマットからは使者が来ていましたが、マルティアーゼ様の不在といつ戻られるかは不明とお伝えして帰って頂きました」
と右大臣のコドスから不在時の連絡を受けた。
「有り難う、何用だったのかしら?」
「ご子息との縁談との事でした」
「ミーハマットに未婚のご子息がいたのね」
「はい、まだ十二だとか……」
「若いわね、本人からしてみれば私みたいなおばさんと結婚したいと思うはずがないわ、ご子息に似合うお相手を探して貰うのが幸せと思うわ」
(十二……スレントより若いじゃない、あの子達ももう立派な大人になってる年頃よね)
サム達と別れてからもう八年になる、彼らがちゃんと生活をしていればもうスレントが十五になるぐらいの年頃だった。
(長い時間が経った、私達の事を覚えているのかしら……私はあれから紆余曲折があって今はエスタル王となろうとしている、私の剣になるなんて彼らはもう昔の事なんて覚えていないかも知れないわね)
「本日より前王ファリス、それとお父様やお母様の為に喪に服します、今年の式典は止めなくても良いけど華やかではなく厳かにお願い」
「その様に致しましょう、しかし即位だけは済ませて頂かないと長い時間国民に不安を与える事になってしまいます」
「そうね、ではなるべく簡略な式典で手筈をして頂戴」
「承知しました」
ディアンドルとの因縁に決着が着いたとしてもマルティアーゼのすべき事はまだある、国を治め、そしてグルバヌスという災いを取り除くまでは彼女の安寧はほど遠かった。
(これまでは勝手な行動が制限されていたけれどこれで少しは動ける様になったのも、亡くなった人達が私の背中を押してくれた感じがするわ)
多くの親しい人達が脳裏に浮かぶ、これはその人達の為に課せられた業だと思っていた。
それでも何かするには皆の同意が必要となるが、これまでのお人形の様な扱いから解放されるだけでも全く違う、それにはまだ足りない物が沢山あった。
エスタルの式典準備で慌ただしい時にサン王率いる一軍がエスタルまでやってきたのだ。
到底街道とはいえない幅の広い獣道を通り沿岸州、ミーハマット間の新街道を通りアルステル南街道に続く登山を経て北方に入り、アルステルで理由説明で数日を要したが通行許可を貰い、西街道を北上して長い旅程の果てにやっとの思いでエスタルに辿り着いた。
疲れた表情の兵士達をみたエスタルの兵士達が直ぐに本国に伝えると、コドスは苦い顔で応えた。
「こんな忙しい時に国王自ら来るとは……一体何をしに来たのか」
伝令や使者ならその場でお断りすれば良いのだが、国王が来たとなれば無碍には扱えず仕方なく城まで来て貰うことにした。
急遽、サン王を迎える準備をしながらマルティアーゼに報告をすると、彼女が何かを思い出したように、
「すっかり忘れていたけどそんな事を言った覚えがあるわ」
サン王から会いたいとの申し出に昔のお返しを思い出し、からかってやろうと会いたいのであればエスタルまで来て下さいと返事をした記憶があった、それが今なのかと時機の悪さとサン王の性格の悪さが重なって、相変わらず碌な事をしない人だなという印象が先に立った。
「仕方ないわね、さっさと会えば気も済むでしょうし……」
もしかすると怒り狂うかも知れないとマルティアーゼは思ったが、それはそれで面白い展開になるだろうと思った。
(ふふふっ、私が来ただけでこの驚き様はどうだ、喪に服している王女なぞ私の徳ですぐに悲しみから解き放ってくれるわ)
自信満々に衣服を整え首都を目指す、サン王にとって北方は初めての土地、こんなに緑豊かな景色を見ているだけでも気分良く、森の香りの濃さに清々しさを感じながらエスタルの国を見ていた。
(砂漠の暑さも良いがこれだけの緑に囲まれた国も悪くはないな)
魔道士だけは今でも嫌いだったが、その国の王女を我が物に出来れば魔道士も自由に使えるのではないかと密かな目論みも孕んだマルティアーゼへの求婚でもあった。
しずしずと五千の兵がエスタルの国を行軍する様子に、エスタルの人々は見慣れぬ鎧を着た一団を遠目に見ていた。
首都に入る手前ではエスタル軍がサン一行の出迎えとして待機していて、到着したサン王に代表者の諸侯が挨拶を交わした。
急遽の事で兵士の宿舎が決まらず、取りあえず護衛の五百だけが城への入城を許可され城まで案内していったが、それ以外の兵士達は郊外の宿で泊まって貰う事になった。
それでもサン王は文句一つ言わずに快諾し部下達に命令を下した。
「本日はここで長旅のお疲れをいやして下さい、後日マルティアーゼ様からご連絡が来ると思います」
「そうか分かった」
サン王は広々とした客室で満足した様子で椅子に腰を下ろし、座り心地に笑みが溢れた。
「中々の物では無いか」
やっとマルティアーゼとの対面が目前まで来た事に自然と笑みが止まらず、早く会える事を望んでいた。
「マルティアーゼ様、サン王がご到着になられました」
「そう」
サン王との対面は何年ぶりだろうか、若かりし日のサン国で初めて会った時の事を思いだしていた。
(傲慢な態度につい熱くなっちゃってあの後、国から命を狙われていた所をドラメさん達月の夜楽団に助けられたんだわ)
サンでの経験は内海でトムとはぐれてしまったのが切っ掛けで、ローザンを出て以来初めての一人旅となって、そこからアルステルに戻る間の出来事であった。
(私の素性を知っても助けてくれた人もいた、色々な人の出会いがあそこにはあったから今の私の成長に大きく繋がったわ)
サン王との出会いもその一つである、国の治安が悪く政を放置していた王に進言した事で逆鱗に触れてしまった事も今では良い思い出だった。
(あの時の私は国民の為に良い事をするのが当たり前だと考えていた、でも今自分が国を治める様になって初めて分かった、捨てる物と守る物の見極めと取捨選択をしなくてはいけない事を)
その点はサン王に感謝しなくてはいけなかった、政治は難しいと言う意味であって彼のやり方が反面教師になったのであって正しかったわけではない。
「明日、サン王に会います、本日はご不便なきようお過ごし頂いて」
「はい」
即位式の準備もあるのにその前にサン王との対面を終わらせなくてはいけないマルティアーゼは、一つ溜息を吐くと明日の為の衣装決めの為に自室に戻った。
「これは少し明るいわ、これも場に合わないわね」
侍女三人とああだこうだと決めかねていると、
「やっぱりこれしか無いわよね」
「これ……ですか、お相手は国王様です、これでは相手様に失礼では?」
「でもこれが今の私の状況を表すには一番合ってるわ、どう見られても私は構わないわ、明日はこれでお願い」
「……畏まりました」
エリヌ達侍女が困った顔で見合わせながら引き下がっていく。
そして当日、謁見の間で待っていたマルティアーゼにサン王が大広間にやって来る、諸侯三人を引き連れ堂々とした歩調で歩いてくる彼にマルティアーゼは笑いを堪えながら見つめていた。
「マルティアーゼ王女、漸くお目に掛かれましたな、この日をどれだけ待ち望んでいた事か、私はサン国国王サン・ラー・レン、噂に名だたるお美しさに心がはち切れんばかりに躍っておりますぞ」
「サン国王様、遠路はるばるエスタルにようこそお越しになられまして、私はエスタル王女マルティアーゼで御座います」
おおっと満面の笑みを浮かべるサン王は、マルティアーゼに全く違和感を持っていないようであった。
緩やかに和んだ雰囲気で会った二人に、場にいた者達も安心したように緊張が緩み和やかに進むものと思っていたに違いなかった。




