1078 白日の妄想
北方ではあっという間にローザン陥落したのに対して、沿岸州ムングロ対ケルテの戦争は漸く一段落したといった所であった。
首都ケルテを落とした後の連合軍の奪還戦は不発に終わっていた。
初めは優勢に戦えていた連合軍だったがじわじわと押し返され、街道上で膠着状態に入ってからは兵站の問題や戦闘の小競り合いで、中々進展しない状況に連合軍の士気が徐々に下がっていた、却ってムングロ軍は首都ケルテ奪取の高揚であとは残党狩りと余裕があった。
ディストレアやベストラ軍などケルテ残党を潰せば撤退すると踏んでいた。
事実、ケルテ残党兵が減ってくると、戦況が不利と感じ始めたディストレアの戦闘は消極的となり、会議でもこれでは取り戻せないと弱気な発言が増えてきて、明らかに戦意がなくなってきているのが見えていた。
それでもケルテ残党軍としては後がなく、援軍に何としても戦況を打破して流れを変える為に突撃を決断した、その結果が全滅だった。
最後の奮闘に連合軍も少しは士気が高まったがそれも一瞬の事だった、残党軍が全滅したのを皮切りに、連合軍もこれ以上は自国の利益にならないと一斉に撤退を開始、自国へ引き上げてしまった。
これでムングロ酷は完全にケルテ国を掌握、実権を握ったのであった、それにより沿岸州の調和は完全に崩れディストレアとベストラは緊急の会議を行う事になった。
ケルテの状況は勿論キエヌ王国にも伝わっていたが、大した驚きも動揺もなく只単にそうかといった具合の感想だった。
「これでムングロに恩を売り北方の足掛かりが楽になったというもの」
元からムングロがどうなろうが気にもしていない、向こうから援軍を要請してきた事は逆にキエヌにとって朗報な出来事であった。
メラルドに関しては王妃の故郷と言う事で戦争参加はしなくとも通過に関しては問題はないと考えている、残るはディストレアとベストラだが、これも弱小国二国が束になって掛かってきてもキエヌ一国でも問題も無く打ち破る事が出来る。
「北方への条件は整ったな」
ガウリス大公の側で静かに頷いたのはグルバヌスだった、
「整った……だけで御座いますよ」
「分かっておる、最終的にはムングロも潰さねばならぬ」
「エストラがもう少し安定出来れば駐留している部隊を戻せるのですが、もう少し時間が掛かりそうですね」
後顧の憂いだったエストラはゼペス王の命はキエヌに握られていて今や国家の体を何とか保っている程度であった。
敗戦を受け入れキエヌにエストラ国と名を改め従順な属国となるのであれば、ゼペス王を返還し国の存続を認めると通達を出していたのだが、エストラ国民は国を愚弄をするな王を返せと反抗の意志が消えていなかった。
こんなに意固地にならなくてもゼペス王が戻ってくるのであれば良いのでは無いかとグルバヌスは思っているのだが、国としては国王よりも先人の受けた屈辱の方が大事で、ここで終わらせればもう二度と恨みを晴らす機会を失うと思っているから認めたくはないのだろうと、相当キエヌへの憎しみは根深いようでその辺りの感情は彼には理解出来なかった。
「沿岸州の関係はこれで終わりだろう、このまま放って置いても潰し合うだけ、こちらはその間に準備を整えておける」
「私の方も今の内に魔導部隊を鍛え上げておこうと思っております」
「グルバヌス殿のお陰で魔道士も実践で使えるまでになった、これで少しは魔道士ギルドの対応が楽になったというものだ、これでギルドの脅威に怯えていた一極化の時代は終わったのだ、グルバヌス殿の魔導と儂の剣で世界を取りましょうぞ」
にっと笑うガウリスにグルバヌスは頭を下げるだけだった。
争いが終結したのかと思いきや、東の方で新たな火種が着火していた。
サン王率いるサン軍五千がミーハマットの国境で足止めを食らっていて、苛立つサン王の癇癪がいつ爆発するのかと彼の顔色を伺いながら側近達は冷や汗を垂らしていた。
「何度通達を出したと思ってる、ゴールズめ私を馬鹿にしていやがるな、くそっ」
ミーハマットのゴールズ王はサン王と歳が近く若い頃に何度か会っていてお互い顔見知りの間柄だった、だが今回、マルティアーゼがエスタルの王女としてやって来たのを知ると、ファリスの王位継承の式典に各国が使節団を送り、実物を見た彼女の容姿を本国に報告した事で、どの国もマルティアーゼの争奪戦が密かに繰り広げられていた。
年の近い者なら沿岸州の貴族達がいたが、身分や年齢で考えればサン王が一番適任ではあるのだが、ミーハマットのゴールズ王は自分の息子をマルティアーゼと婚約させようと画策している事は前々から耳にしていた。
「何が息子だ、まだ成人にも達していないではないか、あいつ私が王女を娶るのを邪魔するつもりだな」
ぎりぎりと歯を鳴らして憤るサン王に、
「陛下、このままでは食糧の問題が出てしまいます、一度ご帰還を」
「ぐぬうう……ゴールズ覚えておけよ」
悔しさが残るがこんな荒野で苛々と長居したくはなかったので、仕方なく国に戻る事にした、しかし国に帰ってからのサン王の荒れ具合は酷い物だった。
ゴールズ王の息子なんぞにマルティアーゼと婚約出来るとは思っていない、こちらは向こうから会いたいのであればエスタルに来いと言われているだけに、どう考えて自分の方が気に入られているよいうのに、エスタルへ行けないというもどかしさにサン王は怒り狂っていた。
「ゴールズめ、私の恋路を邪魔するなんて許さないぞ……私はどうしてもエスタルへ行かねばならぬのだ、何か良い考えはないのか」
北方に行くにはどうしてもミーハマットを通らなければならない、一度は内海を船で渡り北上して北方に入る案を考えたが、サン国に船はごく少数しかなく兵士全員が渡り終えるのに何往復必要で何日掛かるかを考えただけで気が遠くなった。
(やはり陸路だ)
となれば、砂漠を横断して行く方法しかない、砂漠はまだ良い、サン国は元遊牧民で砂漠に対して強いがそこからどうするかだった。
北上しても深い森が待ち構えている、その向こうは連山が聳え立つ、道無き道を突き進めば良いのだが馬車は入れない。
(私が兵士共と同じように馬で行けというのか、国王がそんなみっともない事が出来るか)
その前にサン王は乗馬が苦手だった、もし落馬なんて事になれば体面を気にする彼はどれだけ荒れる事だっただろうか。
(待てよ、そうか……道がなければ作れば良いでは無いか)
連山の麓に街道が出来た事は知っている、そこまで森を切り開き開通させればミーハマットを通らずにエスタルに行ける。
(流石は私だなんて賢いんだ、これだから王女も私を気に入ってくれたんだな)
直ぐさま大臣を呼び出し、街道を作れと伝えるとご機嫌が直ったように落ち着きを取り戻した。
大臣や兵士達には堪ったものでは無かった、計画から実行するだけでも何日も掛かる、そんな事も何処へやら、サン王からすれば命令すれば後は待つだけで、まだかまだかと急かしてくる。
一ヶ月を過ぎると怒鳴り散らかし、
「ただ木を切るだけでどうしてこんなにも時間が掛かるんだ、これでは船で行った方が良かったではないか」
砂漠のように石ころを片付けるだけの道作りではない、森を切り開くのがどれだけ大変なのかが分かっておらず、大臣達はもう暫くと宥めるしかなかった。
なんとか通れるぐらいの道が出来たのが命令を受けてから二ヶ月に差し掛かろうとしていた頃だった、その頃になるとサン王は行く気を無くしているのか気怠そうに、完成した事に対して興味を失ってそうに見え、ここに来て行くのを止める何て言わないだろうなと大臣達がサン王の気分を盛り上げるのに必死だった。
「陛下、ミーハマットはまだ婚約の声明は出されておりません、まだマルティアーゼ王女との対面は間に合うかと存じますぞ、良いのですか王女がもしミーハマットのご子息を気に入って婚約の運びとなってしまっては……そうなる前に陛下が先に王女と会って陛下の魅力を見せつければ良いのではないでしょうか」
そのように持ち上げられれば単純な性格のサン王もその気になってきて、直ぐに出発の準備をと命令した。
(奴の息子などどうでも良いがゴールズの悔しがる顔を見るのも一興か、くくくっ見ておれ)
こうして気分が盛り上がってきたサン王は、新しく出来た街道を使いエスタルを目指す事にしてサン国を出発していった。




