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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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1077 非情の凱旋

 城の周りはエスタル兵で厳重な警備が敷かれ、広場に集まってくるローザンの人々を追い払うが、マルティアーゼ様を呼んでくれ、どうしてこの国を攻めたんだと何度も説明を求めて兵士達との間で夜半まで騒いでいた。

 城内では次々とマルティアーゼの下に連絡が入ってくる。

 幽閉されていた塔で右左大臣のコールスとルヴェスが見つかった、彼らは痩せ細った状態で発見され既に亡くなっていた、他にもこの国を支えてくれていた大臣や諸侯の死亡が確認された。

 この塔に入れられると言う事は死亡宣告を告げられた様なもので、それも国の重鎮達で幽閉に耐えられる体力のない高齢の人ばかりだった、これがディアンドルのやり方である。

 自分が住んでいた部屋を使う気にはなれなかったマルティアーゼは客間を今日の宿泊室としていた、一つ一つの報告を無表情で聞きながら、そうご苦労様と抑揚のない返事をしていた。

 報告の内容がどれも重く、それだけディアンドルが経った一年半で国の中身を無茶苦茶に掻き乱して自分の良いように国を作り替えていた事に驚きを通り越して呆れていた。

(よくここまで好き放題にしたわね)

 彼女の性格上、誰も口答えが出来なかったのだろう、それでも讒言した忠臣達の結果が幽閉や平民落ちといった処分を見れば、若い者達は萎縮して何も言えなかっただろう。

「姫様失礼します」

 寝室に入ってきたトムを見ても表情は固かった。

「申し訳ありません、グレン様は何処にも……」

「そう……仕方ないわ、貴方の所為じゃないわ」

「これ程までにローザンが様変わりをしていたとは驚きです、本当にこの国を残った者達に任せる気ですか……もし誰かが国を立て直しエスタルに敵意を出したならどうするつもりですか」

「その時は容赦しないと言ったわ」

「姫様に付き従う者がいればエスタルに移住させるとか、信頼の置ける者に国の統治を任せるなど色々あるはずです」

「エスタルにローザンの民を受け入れるだけの土地はないわ、それにこの利益も無い辺境を統治してどうするつもりなの」

 自分が育った地を利益も無い場所と言い捨てた。

「いいトム、ローザンを出た時にエスタルの王女として生きていくと覚悟をしてきたわ、私は帰ったらエスタルの国王として国を守らないといけないのよ、そんなあやふやな気持ちでエスタルが守れると思ってるの」

 そりゃあいきなり人口が増えるとなれば国の負担は相当な物になるのは分かっている、それに戦費も馬鹿にならない。

 お金が自然と増えるわけでも無く、国王に就いて初めての国政が国民から徴収となればどう思われるか、これまで安心安泰で過ごしてきた国が急展開の悲劇に見舞われ、生活が苦しくなるような見知らぬ他国の人間を受け入れる事を快く思う人間なんていない。

 感情だけで物事を進める事と現実に誰がその負担を背負うのか天秤に掛ければ答えは直ぐに出てくるのだが、トムはそれでもローザンの人達が生きていける道を残しておきたかった。

「貴方の気持ちはよく分かってる、私だってこの国は故郷よ、でも現実的に考えて欲しいの、国王になったからと何でも出来るわけじゃない、救える物と救えない物を考えなくてはいけないのよ」

「それは分かってます」

「ならもう何も言わないで後の事は私に任せて、何を言われようとも責任は全て私の決めた事にすれば良いわ」

 淡々とマルティアーゼは答える、その冷静な返答にトムは項垂れる。

「……姫様がそこまでお考えなら何も言いません、私はただ人々が思っている姫様の誤解を少しでも解ければと思いまして」

「それが解けたとしても彼らにエスタルには連れて行けないと伝える方が酷というものではないかしら、それなら彼らには自分達で生きる道を決めて貰った方が良いでしょう」

「そう……ですね、私はこれで失礼します」

 トムは静かに部屋を出て行く、これ以上は何も出来ない自分に落胆していた。

 マルティアーゼの言う事も尤もな理由であった、いきなり十数万の人を移住させるなんて不可能でもあり全ての人が納得してくるとも思わない、そこでいざこざが起きてまた無駄な血が流すよりも何もせずに彼らの好きにさせた方が良いと言う事も理解出来た。

(姫様は自ら悪者となるというのか)

 マルティアーゼは現状を考慮して最善を選んだのだろうが、この事がこの先どの様な不幸な形ととなって返ってくるのかトムはそれが恐ろしかった。

 彼に出来る事は例えどんな状況であってもマルティアーゼの味方であり、それが彼の唯一の使命、彼女の剣としての役目だと言うのは変わらなかった。




 敵味方の死体を片付け終えたのは三日後だった、取りあえず人目の付かない裏山の森の中に死体は積み重ねられた。

 疫病対策だけは国を超えて最低限の礼儀としてやっておかなくては、他の地域にまで伝染してはローザンだけの話に終わらない大事な処置だった。

「全ての死体を片付けました」

「ご苦労様、では明日エスタルへ出発します」

「はい」

 この三日でマルティアーゼの顔はほっそりとしていた、彼女なりに食事もまとも摂れないほど苦悩していたのが分かった、この間に城の裏手にある王家の墓にお参りしやっとローザン大公夫妻の墓前に立つ事が出来た。

 そこで一人長い時間祈りを捧げ続けていた、もうこの地に戻る事はないこれが本当のお別れを長い時間を掛けて夫妻に語っていた。

(もうローザンに思い残す事はないわ)

 やっと来る事が出来た墓参り、ディアンドルに拒否されてからもう八ヶ月は経っていた、これまで育ててくれた二人に祈りを捧げられた事がマルティアーゼの心を少し和らげてくれた。

(でもまだ終わったわけじゃない、待っててお父様達を殺した奴を必ず私の手で決着を付けてきます)

 城の外では馬車を前に整列したバンティール侯やトムが馬に乗り、いつでも出発出来る状態で待っていた。

 城門から出て来たマルティアーゼは城の前で整列するエスタル兵を見て、

(私とお姉様の争いの所為でこんなに人が減って……)

 三万はいたエスタル兵が半数近くまで減っていた、辺境の地まで来て国に帰る事が出来なかった者達の多さに申し訳無く感じていた。

 馬車に乗り込み静かに動き出すと、続いてエスタル軍も行軍を開始しローザンから引き上げていく、その様子を昨日まで騒いでいた民衆はどう言う事だと言った感じで見送っていた。

 攻め込んできて国王を殺したのに国を統治しないのか、この国はどうなるんだと戸惑いの顔が伺えた。

 エスタル軍が首都を去って暫くしてから城内からぞろぞろと武装を解かれたローザン兵が現れた、国を任された元諸侯の三人が民衆に事の経緯を伝えると、ざわざわと動揺が広がっていった。

 もうこの国はローザンでもなくなった、ただの集落の町となったと聞いて跪き泣き叫ぶ者や不安で寄り添いあう家族達や恋人達、そしてこれからどうするべきか項垂れる元諸侯達が広場で突っ立っていた。

 そんな人々の心情を無情にも放置していったマルティアーゼは抵抗もなく町を素通りしていきローザン領地を出た。

 後続からの追っ手がないと聞くと行軍の足を止めた。

「ここからは導路で帰ります、サスタークの石を持ってる者はいる?」

「ここに」

 魔道士の一人から渡された焼き石を受け取ると詠唱を唱えると超巨大な導路が開いていく、街道そのものが青い玉で埋め尽くされた。

「入りなさい」

 驚く兵士達が小走りに続々と導路に吸い込まれるように消えていく、一度に何十人という兵士が入れる大きさの導路に何百、何千の兵士があっという間にローザンの街道から消えた、何度か導路を開けただけで一万以上いた兵士達の姿は跡形もなく最後にマルティアーゼと護衛の兵士達が導路に入っていくと、もうローザン兵が追ってこようとも既にエスタル軍は遙か彼方に飛んでいたのだった。

(力が馴染む、これが私の中の王家の魔力なの)

 地の底から湧き上がる魔力を感じていたがまだ自分の力だという実感がなく、今回のローザンでの戦いで漸く一つになった感じであった。

(私がエスタル王)

 その言葉は魔導王というだけの肩書きだけではない、その伝説の実力が多くの兵士、魔道士に確認された事で、名ばかりの王ではなく実質的な世界の王と認識されたのだ。

 エスタル国民にしてみれば誇らしく、世界からしてみれば脅威でしかない。

 実際は王を立てる為の虚偽だ、持ち上げられたエスタル王にそんな力は無いと、伝承の中だけの誇張された力だと思われていた魔導王に、本当に一国を落とせるだけの力を有していると今日からじわじわと世界に伝わっていく事だろう。

 世界はまた一段階上の極めて恐ろしい混沌の世界へと近付いていくのである。

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