1076 ローザンの最後
それは一瞬周囲の空気が凍ったように肌寒さを感じた。
トムがマルティアーゼに振り向くと、彼女の目は見開き金色の瞳がディアンドルを見据え、その眼光は光り輝く炎のように揺らめいていた。
「あはははっ私は優しいからね、老いぼれ一人じゃ寂しいだろうと家族と一緒に死刑にしてやったよ」
自棄になったのかディアンドルはマルティアーゼの怒りに油を注いだ。
(ライラさんにティラールまで……)
「許さない」
掌をディアンドルに向け、そう叫んだ瞬間、ディアンドルは光の球に包まれた。
「なんだいこれは……」
そう言ったのも束の間、光は光度を上げ彼女が光の中に消えていった。
「ああああぁぁぁ何も見えないマルティアーゼお止め!」
叫ぶ声だけが中から聞こえてくる、余りの眩しさにトム達も腕で顔を隠すしかない、そして光はついに白一色の世界へと到達すると、ディアンドルの悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああ、熱い」
発火点に到達した光の球でディアンドルの体が炎に包まれ悶え苦しんでいた。
ぎゃああああああああ。
「貴方の魂さえもこの世に残さない、存在ごと焼き尽くしてあげるわ」
見える者がいればこの様に見えただろう、光の中で赤く燃える人型が踊り苦しむ様子を……。
ディアンドルの人生は嫉妬と憎悪の人生だった、マルティアーゼという一人の幼子によって狂わされた悲劇の公女だった。
約束された地位も名声も嫉妬によって自ら汚し憎悪によって自ら手に入れた、その全てはマルティアーゼの所為だという正当性の思い込みだった。
(どうして私が……こんな目に、あの子が悪いのよ、あいつさえいなければ私は、私は皆に愛されていたのに)
焼け付く能から思考を奪い去っていく、自分の身の上の悲しき運命も流す涙も全てが燃やされていく、そして彼女の口から出た最後の言葉は息が続く限りの断末魔だった。
ああああああああああああぁぁぁぁぁ…………、大広間を支配する叫び声に全員の手が止まる。
真っ白い光は今や赤い炎の球となり誰の目にも映るぐらいの光となっていて、その中で手を掲げて固まっているディアンドルの影が映っていた。
燃え尽きても尚燃やされ続ける彼女にそれを見た全員が恐ろしい物を見るように眺めていると、ぼろぼろとディアンドルの姿が崩れていき、塵よりも細かい粒子となって消えていった。
マルティアーゼの瞳が元に戻るとディアンドルを包んでいた光の球が消えた、彼女の立っていた一部の床が黒くなっていたが、ディアンドルの姿や遺物は一切見当たらず、本当に存在その物がなくなってしまったように何も無かった。
「……姫様」
トムは驚きマルティアーゼを見つめ、バンティール侯は口を開けて呆然としていた。
「ローザン兵に告ぐ、剣を下ろしなさい、貴方達の守るべきローザン王はもういません」
マルティアーゼが大広間の全員に届くように声を上げる、それと同時にそこいらで剣を落とす金属音が鳴り響いてきた。
「誰か、外の人達にも同様に通達を」
急いで駆け出して行くエスタル兵を確認すると、
「トム、バンティール侯……ローザン兵を拘束、全員をここから出して、暫く私一人にさせて頂戴」
「はい」
「は、はっ……」
項垂れ崩れ落ちるローザン兵を立たせて大広間から運び出していくのを終わりまで見て大扉を閉めて貰った、心配するエスタル兵達を余所に一人になったマルティアーゼは大広間を眺めた。
大広間に転がる敵味方の死体の山、育ってきた城で行われた戦いの結果だった。
(これが私の望んだ事……そんな事は無い、私はいつも平和を願っていた、お姉様ともいつかは和解して仲良くなれると信じてやって来た、でも願う事とは違う方へと進んでここまで来てしまった、どこから、いつから……私達は道を違えてしまったのですか)
ローザン大公が一代で築き上げた国を自分の手で滅亡させた事に涙が零れる、ローザン大公に付き従ってきた人達や国民に申し訳無い気持ちで一杯だった。
ローザン大公が壇上に立ち、それを見上げるように多くの大臣、諸侯達が敬礼をする姿を思い出す、その中心にはいつもグレン候がいて父といつも目を合わせられる位置にあったのを思い出していた。
(叔父様)
父を慕いローザンまで来て共に建国の中心となって働いてくれたと聞いていた。
マルティアーゼがローザンに来てからもずっと我が娘のように可愛がってくれた人物に、本当の叔父さんだと信じていたぐらいで、それが今でも叔父様と呼ぶ所以でもある、
(皆いなくなってしまった、皆私と関わったからなの……私が皆を殺してしまったの私が居なければ全て上手くいっていたというの、誰か教えて)
膝を着いて泣き崩れるマルティアーゼに寄り添う者もおらず、大広間は彼女の泣き声を黙って聞いていた。
次に大扉が開いた時、マルティアーゼは落ち着いていた、しかし彼女を知る者が見れば明らかな変化に気付いた。
それは彼女の雰囲気が丸きり変わっていたのだ、見た目も態度にも変わりは無いのにまるで別人の様な感覚にトムは険しい表情で見ていた。
(なんだ、これが姫様なのか)
何がどうとははっきり言えない、彼女の周りだけが異様な雰囲気とでも言うのか何者も話しかけてくるなと言う近寄りがたい無言の威圧を感じていた。
マルティアーゼが城を出てくると周りの兵士達がさっと道を作り、自然と一定の距離を空けていく、それは王女だからというよりも国王としての対応に似ていた。
事実、今回の遠征が終わり次第マルティアーゼは国王に立つという事を明言しているわけなので問題は無いのだが、その堂々とした態度は既に国王としての貫禄が滲み出ていた。
「国を纏められる者は誰か残っているの?」
すると、アンビル侯爵が前に出て来て、
「諸侯が数名、生き残っております」
「その者を連れてきて」
「はっ」
アンビル侯が連れてきたローザン諸侯三名がマルティアーゼの前に立たされる、まだ若い見習のような体付きの男達に、
「貴方達にこの国の後始末をお願いするわ、兵士達も解放させるから国を再建するか私達を追って戦うかも好きにすれば良い、その代わり次は命がない事を肝に銘じておきなさい」
とマルティアーゼが告げた。
「姫様!」
とトムが止めに入った。
「どう言う事ですか、ローザンの人達を捨てる気ですか?」
「この国に興味は無いし私の役目は終わったのよ、後は誰が継ごうが滅ぶかは残った者達で決めれば良いのよ、エスタルには関係が無い」
「……姫様」
そんな言葉が出てくる何てマルティアーゼらしくもない、以前の彼女ならどうにかして人々を助けようとしたはずだった、それが興味が無いなんて冷淡な言葉を口にするとは思ってもみなかった。
「いいえ、どんなに真実を教えても私は国を裏切った者だと思っているわ、そんな信用のおけない者に助けられてもまた裏切られると考えるでしょう、それなら自分達で好きにさせた方が優しさというものよ」
「それでは姫様はただローザンを滅ぼしに来た者にしか見られません」
「構わないわ、この結果を見なさい、私がローザン王を殺した事は事実、それを人々がどう見るか考えれば直ぐに分かるでしょう」
「しかし……」
尚も止めようとしてくるトムに、
「もう良いのよトムこれは必然、誰がどう見るかは自由なのよ、分かる者にだけ分かってくれれば私はそれで良いの、今日はここに駐留します各自そのように」
とエスタル兵に言い放った。
「……」
城に戻っていくマルティアーゼの後ろ姿にトムは声を掛ける事が出来なかった。
一体何故、どうしてしまったのかトムには分からなかった、しかしこれだけははっきりしていた、昔のマルティアーゼはもういないという事を……。




