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「……」
忌まわしき記憶の中に彼女の優しい笑顔が浮かんでくる。
彼女にとって一番親身になってくれた人の顔、悪戯をしても優しく諭し眠くなれば寝付くまで側にいてくれた、彼女が本当の姉であればどんなに良かったかと思う程、大好きだった侍女であり親友と思っていた人。
(フラン……)
あの夜の出来事は今でもはっきりと覚えている、楽しい祭りが悪夢に変わったあの日、私を守る為に暴漢の刃に倒れたフランの表情まで忘れるはずがない。
あの出来事がディアンドルの仕業だったなんて今まで考えたことも無かった、父親からはどんなに愛されていようと全ての人間がそうではない、中には悪い奴もいるのだと言われそれを信じていた。
(あれがお姉様の、あの事がなければフランも……)
死なずに済んだのだ。
フランの死はマルティアーゼが出奔する一因になった事は確かだった、お城で心を許せる相手がいなくなった事が彼女を外の世界へと駆り立てる原因となり、この国でこれから寂しく生きていくよりも自由を求めたのだ。
「どうしたんだいさっきまでの威勢は、お前が全ての元凶なんだよ、あの時に死んでいれば皆が救われたんだ、何もかも上手くいってローザンも安泰だったんだ、全てはお前の所為だよ、お前の存在が全てを狂わせたんだ」
ディアンドルの言う事に耳を貸さない、彼女の言う事など全て彼女の傲慢な言い訳にしかないからだ、もし私が原因だったとしてもそれでローザンの両親やエスタルの親兄妹にフランやランを殺して良い理由にはならない、実行したのはディアンドルであり責任は彼女にある。
「何人……」
「?」
「何人、私の周りの人を殺せば気が済むのです、罪もない人達を自分の欲を満たす為にあと何人殺すつもりですか、私が憎いなら直接私に言えばどうですか?」
静かだが響く声でマルティアーゼが言う。
「生意気だよ私を誰だと思ってるんだい、それが他国の王に言う言葉かね、これまでローザンに育てられたというのに民を欺き国を捨てた者が生意気な言葉を口にするんじゃないよ」
「私の事なんてもうどうでも良いんです、貴方が殺してきた人達の為に貴方を裁きます」
吐き捨てるようにマルティアーゼが言うと、ぎりっとディアンドルが歯を剥き出しに、ついにその気になったのかとさっきまでの笑みは消えていた。
ガチャリと、剣を構え直す両軍の金属音で大広間が一気に緊張感が張り詰め、一触即発の空気に息をするのも憚れた。
マルティアーゼが手を挙げ振り下ろすと、エスタル兵がローザン兵に向かっていった、それと同時にローザン兵も掛け声と共に剣を振るう。
広い大広間が手狭に思えるほどの大勢の兵士で打ち合いが始まった。
カンッキンッカシャン、その戦闘で一際連続で打ち合う者達がいた、衛団隊隊長のライがトムと激しい攻防を繰り返していた。
「退けトム」
「隊長こそ退いて下さい」
「衛団隊の掟を忘れたか」
「今のこの国がおかしいとは思わないのですか?」
トムはここに来るまでの間に感じた国の変化をライに伝えた、しかしライから返ってきた返答は意外なものだった。
「分かってるさ、何もかもが変わってしまった、お前の知るローザンはここにはない、ディアンドル様は自分に従う者だけで固め、意見する者を排除しておられる、もうこの国は終わりだ」
「だから見た事も無い顔ぶれだったのですか……グレン様は、グレン様がそのような事を許さないのでは?」
「そのグレン様も罷免され投獄された」
衝撃の事実にトムの握る剣が緩む。
「戦いの中で呆けるなトム」
キンッとライの鋭い一撃を受け止めたトムに、
「もうこの国に先王の臣下はいない、何も知らない若い貴族か素性の知れない男ばかりだ、大臣も何もかもお前の知っている国ではなくなったのだ」
「ならば共にディアンドル様を……」
「俺達は衛団隊だお前だって分かっているだろう、どんな理由であろうと陛下を守るのが我々の使命、だからお前達が退けば戦わずに済むのだ」
「……それは出来ません、私にも使命があります、姫様をお守りし付き従うのが私の役目です」
「そうか……ならばもう何も言うまい、お互いの使命を全うしよう本気で来い」
カンッカンッキンッ、何合と打ち合う姿は申し合わせたように同じ動きだった。
(また腕を上げたなトム)
剣の早さ、重さが以前と比べて増していた、それは嬉しくもあり寂しくもある、衛団隊に残っていれば部隊長になれるだけの腕はあった、共に国を守れればこれ程頼もしい男はいなかったのにと感じていた。
(残念だ……)
そのトムと命を削る最後の戦いをしなくてはいけないとは何の因果か、剣を構え直したライが腰を落としてトムに勢いよく斬りかかった。
カキンッバシュ、飛び散る血飛沫、ライの剣は左に流されトムの剣先を見ると自分の喉元に突き刺さっていた。
「やっぱりお前は強いな……ごふっ」
口元から溢れ出る血、薄れゆく意識の中でライは笑顔を見せながら床に崩れ落ちていった。
「隊長」
感傷に浸ってる余裕はない、衛団隊はライだけではなくこの場にいる殆どが実力を兼ね備えた強者なのだ、気を抜けば次は自分が床に這いつくばる立場になってしまう。
(グレン様の事を姫様に伝えなくては)
グレン侯の幽閉は衝撃的だった、先王から長年国を守ってきたグレン候にまでその様な事をするとは信じられなかった。
マルティアーゼは大広間の中央でずっとディアンドルを見つめていた、それは彼女のもう逃げないという意志によるものだった、周りにはマルティアーゼを守る為に必死で戦うエスタル兵が集まっていた。
「マルティアーゼ様、もう少しお下がりを」
いつの間にかここまでやって来たバンティール侯が剣を振るっていた。
(外はもう大丈夫なのか)
トムはマルティアーゼの側に寄りグレン候の事を伝えると、少し驚いた様にトムを見た。
「そう……」
それを聞いてマルティアーゼはキッとディアンドルを睨むと、
「トム、バンティール侯道を切り開いて、ローザン王の所まで突き進むわよ」
「はっ」
「はい」
トムとバンティール侯が目配せをすると、ディアンドルのいる壇上に向けて突き進んでいく、二人に続いてエスタル兵が前線を押し上げていく。
作った道をマルティアーゼが力強く壇上へと進んで行くと、
「何やってんだい、お前達も戦わないかい」
ディアンドルの怒号が周りにいた諸侯達に飛ぶ。
「しかし、俺達は……」
「何の為にその地位をあげたと思ってんだい、お前達を遊ばせる為じゃないよ」
ぎりっと歯ぎしりを鳴らすディアンドルに、
「ローザン王もう終わりよ、そんなローザンを守る気のない人達で私達はやられないわ」
「お黙り」
ディアンドルの一喝にもマルティアーゼはもう怯まず、彼女を見上げていた。
「大人しくエスタルに来て貰います」
「ふざけるんじゃないよ、国王が捕まるなんて聞いた事が無いよ、お前達早く殺しておしまい」
戸惑う諸侯達は皆、ディアンドルが何処かから呼び寄せてきた者達だった、彼らに剣の腕など殆どなかった、それもそのはずでディアンドルの元男娼や彼女が気に入った男達を集めただけのただのローザン国民に等しかった。
そんな彼らに本物の剣士の相手が出来るわけが無く、仲間同士顔を見合わせると叫び声を上げて逃げ出した。
「お前達!」
壇上に一人取り残されたディアンドルは怒り狂う。
「最後に一つ伺います……グレン叔父様を何故投獄したのですか?」
「老いぼれが私に意見するからだよ、お父様のお気に入りか何か知らないけどね、今の国王はお父様じゃないんだ私だ、私に意見するなんて許さない」
「トム、グレン叔父様を助けてきてあげて」
マルティアーゼがトムに言うと、
「はんっ、もう遅いよ、老いぼれならとうに処刑にしてやったわ、あはははっ」
その瞬間、マルティアーゼの中で何かが切れた音がした。




