1074 苦い真実
「直ぐに止血すれば助かりますよ」
その言葉が無駄な事は分かっていてもトムは言わずにはいられなかった。
「勝った気でいるなよ」
左手からボタボタ溢れ落ちる血の量をみても幾ばくの時間も許されていないだろうにコルズは強気な態度で怒鳴った。
「では全力で行かせて貰いますよ」
今度はトムの方から先に動いて剣撃を繰り出した、強烈な攻撃に受け止めるだけで精一杯のコルズの顔がみるみる青ざめていく。
失血の所為か体力ががくんっと落ちた状態の彼に、トムの早く重い攻撃を防ぎきるには無理があった、鎧に当たる衝撃で何とか命だけはかろうじて保っているような状態だったが、暫くしてコルズの体がガタンと前方に崩れ落ちる。
失血で気を失ったようだった、それを見てトムは攻撃の手を止め、
「連れて行ってやってくれないか、直ぐに魔道士に頼んで止血すれば助かるかも知れない」
「はっ」
エスタル兵に運ばれていくコルズを見て、
(死んだ方がましだと言いそうだが、ここで死ぬ事もないだろう)
「やられた……あのコルズがトムに」
衛団隊でも上位の剣技を持っていたコルズが負けた事に驚くローザン兵達に、馬に乗ったトムが押し込めと号令する、それでも衛団隊はコルズだけが強いわけではない、直ぐに気持ちを切り替え向かってくるエスタル兵に対応していた。
「流石は叔父様の衛団隊ね」
圧倒的有利になったエスタル軍だが、中々城門突破が出来ず衛団隊に苦戦していた、グレン候が育てた親衛隊だけはある、だけどここで負けるわけにはいかない。
「叔父様、私はお姉様を……許して下さい」
マルティアーゼが魔道士達に、衛団隊に向けていた魔導を城壁に変更して破壊を命じた。
「あそこに集中」
魔道士が火球、水球と城壁に攻撃を始めるとローザン軍から剣が飛んで来る、それも一本ではない、予備武具倉庫から持ち出した剣を投擲として使用し何十という剣の雨を降らせた。
運悪く当たった魔道士が倒れ、それを助けようとした魔道士も剣の餌食になり、数少ない魔道士が倒されていく、魔道士達も距離を取りながら手を止めない攻撃に次第に城壁に穴が空き人が通れる程の大きさまで広がると、エスタル軍の待機兵がその場所目掛けて向かうがローザン兵も城壁を挟んで守りに入った。
(堅いわね)
次に何をすべきか、マルティアーゼは考える。
少数の戦いは出来ても軍略なんて考えた事が無い彼女に何をするのが最善なのか初めての事で思い付かない。
(皆頑張ってくれているのは分かる、でももっと臨機応変に動いてくれる人がいれば……トムなら分かってくれるでしょうけど、彼だって戦っているのよ、これ以上の負担は掛けられないわ)
この遠征で付いてきてくれた諸侯達がマルティアーゼの為と動いてくれるのは嬉しい事だったが、敬愛する余り彼女の命令に一筋過ぎるので、事ある毎に命令を伝えないと突き進むだけしか動いてくれなかった。
(エスタルでの立場が邪魔をしている、王女だから国王になるから身だからなのか命令に絶対の行動をさせてしまっているというの……)
それはそれで君主に対する行動として正解なのだろうが、従順過ぎる態度はマルティアーゼの考えではなかった、もっと状況に応じた行動を取ってくれる人がいてくれた方が楽だと思っている。
(軍を指揮する人には手足となって動いてくれる方が良いと言う人がいるのも分かるけど、これでは何かある度に私に伺う様な人達になってしまうわ)
エスタルの人達はまだマルティアーゼという人物について深く知らない、お淑やかな王女様、これからエスタルを率いてくれる国王様という認識しかないのだ、トムだけが知ってるマルティアーゼだけでは不安であった。
「今だ行け」
前線からバンティール侯の声が聞こえた、城壁に空いた穴を守るのに人を割いた結果城門前の圧が下がり押せるようになったようだ。
(バンティール様も良くやってくれているけど、あの人は純粋過ぎて無茶をしそうで危ういわ)
慕ってくれるのは嬉しいが、私の為に何とかしようと頑張りすぎて命を軽視されては困るのだった。
その間にもエスタル軍はじりじりと城門まで押し込んでいく、城壁にも二つ目の穴が出来、そこからも侵入しようとエスタル兵が頑張っている。
もう例え屈強な衛団隊でも数の暴力には抗えなくなってきていて、城内にエスタル軍の侵入を許す事になってしまった。
城壁の向こうから聞こえてくる怒号に、続々と押し入っていくエスタル軍で完全に城内は混乱しているようだ。
「私達も行きます」
外にいたマルティアーゼも護衛に守られながら城内へと足を踏み込んでいく。
見慣れた、住み慣れた城。
何処に何があるか手に取るように知っている場所が戦場となっているという事実に心が揺さぶられないはずがない、思い出の場所が汚されていく気分にマルティアーゼは目を伏せた。
「姫様」
目を開けると目の前にトムがいた、白い鎧が斑に赤く染まった姿にどれだけのローザン兵を倒したのかを物語っていた。
「道を開けます、行きましょう」
彼と目が合う、二人だけにしか分からない最後の戦いに終止符を打とうと決意する視線にマルティアーゼは頷く。
トムは部隊をマルティアーゼを守る形で城の上階を目指した、城の中には今まで表に出て来なかった諸侯が待ち構えており、そのどれも初めて見る顔ぶれにトムはここまで来て相手が誰であろうと突き進むまでと、迷いも疑問も振り払って立ち向かっていった。
「ひいっ」
剣も真面に握った事がないのかと、素人同然の諸侯を一刀のもとに斬り伏せ階段を駆け上がる。
「どけっ、邪魔をするな」
まだ向かってくる者の方が真面に見えるぐらいで、諸侯の中にはトムの気迫に気圧されて逃げていく諸侯までいた。
(これが今のローザン……)
マルティアーゼでさえ呆れるほどの弱腰な諸侯達に、彼女が居た時の諸侯達は何処に行ったのかと目で探った。
ついに謁見の間までやって来た、この大扉の向こうにディアンドルがいる。
トムとマルティアーゼは一度頷き、兵士達が扉を押し開けていくその向こうを凝視した。
ギギギッ、軋む音を掻き鳴らしながらゆっくりと扉が開いていく、その隙間から真正面にディアンドルが立っていた、マルティアーゼが視認する前から真っ直ぐ前を見据え微動だにせずこちらを見つめていた。
そして大扉が開くと大広間の両脇には諸侯達と衛団隊がマルティアーゼを迎えるように整列していた。
外の狂ったような喧騒と違い大広間は水を打ったような静けさだった、その大広間にマルティアーゼが先頭に立ってトム達も続いて入っていった。
カツンカツンと響く靴音が中央で止まる。
マルティアーゼは周りに注意を払わずディアンドルだけを見据える、それに呼応するかのように受け止めていた。
睨み合う二人、周りではいつでも戦う準備は出来ているといったように剣を構える両軍の兵士達、ひりつく緊張が場を覆い誰の顔にも汗が浮かんでいた。
「ローザン王、これ以上罪を重ねるのはお止めなさい」
凜と張る透き通った声が響く。
「たかが王女如きが王に命令するんじゃないよ」
「もう何故という質問はしません、私を殺そうとした事が答えだと捉えました、私の身代わりとなったランさんの為にも貴方には罪を償って貰います」
「はんっ、馬鹿な女だったよ、余計な事をしなければ良かったのにさ、どうして侍女というのはどいつもこいつも身代わりが好きだね全く」
ディアンドルの言っている内容が良く分からず、マルティアーゼは眉を顰めた。
「……どういう意味です?」
「ふっ……分かってなかったのかい、あんたは昔にも侍女に助けられたじゃないかい」
どくんっ、マルティアーゼの心臓が激しく脈打つ、思い出したくもない出来事に動揺が抑えきれず、
「まさかあれも……」
ディアンドルは答えずに大笑いした。
「あはははっ、今頃気付いたのかい、これはとんだ間抜けだね」
更にディアンドルはマルティアーゼを馬鹿にしたように大笑いをした。




