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人の叫び声も聞こえない明るい世界、体に伝わる振動で自分が宙に浮いてるような感覚に何が起きているのかも分からない数秒間の恐怖。
何万人もの悲鳴も一つの音に掻き消される。
マルティアーゼの出した魔法は地面を抉り、そこにいた兵士達を木っ端微塵に粉砕していた、それも一つや二つではない、広場にいたローザン軍の至る所に大きな穴が空き周囲に飛び散った肉片によって怪我をした兵士達が倒れていた。
その殆どがローザン軍に向けて落とされた魔法だったが、敵味方関係の無い魔法はエスタル軍にも飛んで来た肉片で多少の被害は被っていた、それ程凄まじい威力の魔法は両軍揃って恐怖を感じていたに違いなかった。
視力が戻りいち早く現状を確認した者は、惨状に戦き恐れたり、目の前に立つ敵に剣を振るったりと混乱と恐怖で全員が本能的に闇雲な行動を取っていた。
「くっ……なんだい今の魔法は」
城から見ていたディアンドルも、奪われていた視力が回復してくると状況を求めて叫んだ。
マルティアーゼの魔法について答えられる者なんていなかった、それよりも眼下で起きた現状を見た大臣達の口から悲鳴のような驚きが出て来た。
「へ、陛下……城下の広場が……」
震える手で指し示した先の窓をディアンドルが覗くと、彼女の表情が固まった。
「なんだいこれは……」
広場を埋めるようにいたローザン兵の姿が殆どいなくなっていて、まばらに右往左往する兵士を見てディアンドルの顔が青ざめる。
大きな円形の穴がそこいらに空いていて赤い血溜まりで染まっていた、その光景にディアンドルは慌てふためき、
「我が国の兵共は何処に行ったって言うのさ」
彼女は騒ぎ立て近くの大臣達に文句を言う、それにどう返事をすれば良いのか分からない大臣達はお互いの顔を見合わせるしかなかった。
あれだけいた兵士が一瞬にしていなくなった事にディアンドルの手が震え出す、これでは幾ら兵士がいた所で勝てやしないではないか、エスタル軍がこんなにも強いなんて聞いていないぞと現実から逃げたい気分だった。
それはここにいる人間の誰もが初めて経験した魔導だった、初代エスタルがリム王国と戦った時に見せた魔導で勝利を掴んでから数百年、その後のエスタル王は一度たりとも魔導を発動する事なく平和に過ごしてきたのだ、初代エスタルの魔導は言い伝えとなり伝説となった事で、誰もが想像するしかない魔導の形になってしまっていた、それを現代でマルティアーゼが魔導王の力を発動させたのだから誰も知らないのは無理もない事だった。
何故魔導王が魔道士の頂点に君臨するのか、たった一人なら魔道士全員で戦えば勝てるのではないか、エスタル王に魔導の権限を持たせたままでは言いなりになるしかないのかと、反抗精神を持った魔道士がいつかエスタル王を倒してやると外野に隠れ自己鍛錬に励むようになったが、この魔導を見れば人生を賭けてまで修行する事がどんなに虚しい事か思い知るだろう。
「剣を捨てなさい、投降すれば良し無駄な戦いは止めなさい」
マルティアーゼの凜とした声が広場に木霊した、剣を振るっていた者達も手を止め彼女を見ると自分の置かれている状況に気付いた兵士達が戦いを止めた、広場にはもう戦うだけの仲間が残っていなかったのである。
カランッと剣を捨てエスタル兵に捕縛されていくローザン兵達にトムは内心安心していた、これ以上無駄な戦闘をせずに済むと自らも降伏を呼びかけていく、すると視界が開けた兵士達も状況を理解して、連鎖するように膝を着き投降の意思を見せ始めた。
それにしても酷い光景にトムも胃から込み上げて来そうな気分の悪さを感じていた、辺り一面、誰の者かも分からない身体の一部が散らばっているのだ、それが血に染まっているのだから匂いも凄い事になっていた。
(姫様)
どこの通りもローザン兵が拘束されて連れて行かれる様子が見られた、ローザン兵は従順に従い広場からローザン軍が消えていった。
広場に集まってくるのはエスタル兵ばかりで、城を目の前にエスタル軍が整列を始めた。
いよいよ本丸攻めだ、城門は閉ざされ残すは国王を守る衛団隊と僅かなローザン兵、それと諸侯達ぐらいなものだろう。
トムは諸侯達よりも衛団隊との戦いがこの戦争の鍵だと思っていた、なんせ王家を守るローザンから集められた選ばれた者の集団だ、トムもそこに身を置いていたから良く分かっていた。
(ライ隊長、貴方達と戦わなくてはいけないのですね)
トムを受け入れ鍛えて貰った相手と敵として戦う事になるなんて誰が願うのか、こんな事をする為に剣を磨いてきたわけじゃないと、願わくば戦わないで済むように思いを馳せながら城を眺めていた。
トムの思いとは別の意味でマルティアーゼもまたここまで来たんだという思いで城を眺めていた、城の頂上を見つめ何処かから見ているであろうディアンドルに向けて、
(今行くわ)
と、マルティアーゼは城門に向けて火球を飛ばした。
それを合図にエスタル軍が動き出し、爆発と共に粉砕した城門からローザン軍が飛び出してきた。
「姫様、お下がりを」
護衛に促されて身を引いたマルティアーゼの代わりにバンティール侯の部隊が前に出てきて、
「我が隊にお任せを、マルティアーゼ様の為にエスタルの栄光を、突撃!」
バンティール侯が剣を掲げ駆け出して行く。
城の前で激突した瞬間から剣の打ち合う音が鳴り響く、これまでのローザン兵とは違う強さにエスタル兵が次々と倒されていく。
「強い……」
バンティール侯も手こずる相手に気が抜けず、たった半刻も経っていないのに顔には汗がとめどなく流れていた、しかし衛団隊の強さを知っているトムは次々と敵を倒し押し込んでいた、その彼の前に見覚えのある人物が立ち塞がった。
「トム、久しいな」
「……貴方は」
その相手は衛団隊の試合で負かされたコルズだった、あの時の右肩の痛みは覚えている、その相手が目の前に現れたのだ。
「まさかお前達がローザンを攻めるとは思って無かったぞ」
コルズも何とも言えない難しい表情でトムを見てくる。
「姫様の為です」
一言だけコルズに言葉を返した、どんな理由があろうとも意味は無い、己の職務に忠実であれと教わった者同士にはそれだけで十分だった。
「よかろう」
コルズが先に仕掛けてきた、トムも直ぐさま対応して攻撃態勢を取る。
今日の戦いは試合では無い、生死を賭けた死合に二人は命の削り合いに投じ、一合一合が重く相手の気勢が伝わってくる剣に周りの兵士達も迂闊には近付けない。
「ふんっ」
「くっ」
(やはりこれまでの相手とは違う)
これこそがローザンだと感じつつも負けられないと必死で剣を返すトムに、
「流石に強い」
とコルズもトムの強さに無意識に言葉を漏らしていた。
両者ともに隙の無い動きに、見る者は舞踏の様な美しさを感じ、規則正しい打ち鳴らしに見取れて斬り殺される者さえ出る程に二人の剣撃は常軌を逸していた。
どうしてこれ程に相手の攻撃に合わせて受け止められるのか、その反射神経と正確さは人間離れとも言える攻防だった、いつ果てるともない戦いにもついに決着の時が来た。
トムの攻撃を受けるコルズに微妙な変化が生じていた。
彼の攻撃を受け止めた時のコルズの剣に力が抜けている様な感覚がトムに伝わっていた、それはほんの僅かな沈みとも言うべきか、トムの攻撃を跳ね返す力が弱くなっていると感じられた。
「……」
無言の打ち合いで分かっているのはトムだけでコルズ本人も分かっていない、周りの兵士達も未だに続く激しい攻防に互角だと見ているのが殆どだっただろう、だが微妙な差は少しずつ調子を狂わせていく。
ぐっとコルズの剣が深く沈み込む、その時機を狙って次の攻撃にトムは全力で剣打ち下ろした、するとコルズはトムの剣を受け止めきれずに流してしまった、トムの剣ははそのままコルズの左腕へと滑る様に落ちていく。
ザクッと手綱を握るコルズの手首が力なく地面に転がり、その衝撃で彼も馬から落ちてしまう。
「ぐくっ」
左手を無くしてしまったコルズに剣を突きつけたトムは、
「それでは戦えないでしょう、剣を捨てて下さい」
「……驕るなトム、衛団隊をなんだと思ってる」
剣を地面に立てて起き上がったコルズはまだ戦えると剣を構える、それを見てトムも剣を握り直して、
「分かりました」
と下馬しコルズと対峙した。




