1072 真の力
(軽い)
それがトムの感想だった。
馬に乗り駆けてきた一撃にトムは全力で受け止めたのだが、打ち合った瞬間に跳ね返した相手の剣から伝わる剣撃の軽さに驚いたほどだった。
(剣に……まるで力が入ってない)
それはオットや衛団隊の仲間達との打ち合いに比べればの話で、一応一人前の男性としての力は感じられたがトムからすれば非力に感じただけである。
(こんな腕で諸侯に)
何処かの貴族が後を継いだのか、それとも武力では無く知性を評価されて諸侯となったのだろうか、そこの所はディアンドルの判断なのだろうが、ここまでの戦闘を見ていて指揮官としての才能も策略もないのを考えると、トムの中では平凡という二文字が浮かんでいた。
「それもう一撃」
バルムス伯の追撃は更に力を感じずトムは軽くはじき飛ばす、しかしバルムス伯はいける押せている、相手は萎縮して反撃も出来ないんだと思い込んでいるのか威勢良くトムに剣撃を振るってくるが、そのどれもトムは苦も無く弾き返していく。
はぁはぁ、十合も剣を合わせていないのにバルムス伯の息は切れ、剣の重さだけで振る剣撃では相手を殺せるはずもなかった。
(体力も無いのか)
「こんなのはローザンではない、あるはずがない」
全く以てこれが今のローザン諸侯であるなら幻滅しかない、もうトムの知っている国では無かった。
トムの知っているローザンは厳しく、諸侯の誰もが向上心を絶やさず切磋琢磨して、部下の誰もが敬服出来る剣の使い手であったはず、その諸侯がこの程度では兵士もいつ見捨てられるか安心して戦う事は出来ないだろう。
「こんなのは俺の知ってるローザンじゃないな」
ザンッとバルムス伯の喉元を的確に剣で刺し、在りし日のローザンを思い出しながらトムは相手にとどめを刺した。
歓声が上がるがトムの表情に明るさはない、強かった故郷がこんなにも弱くなったのにはこういう奴らがいたからなのかと失望を感じ得なかった。
(やはり姫様の言う通り、ディアンドル様が王に立ってから国が変わったとしか思えない)
勢い付くエスタル軍がローザン軍を町の奥へと追いやっていく。
「そうだ姫様達は?」
黒焦げになったエスタル軍本隊は既に町中に突入しており、トムも合流出来る様に先を急いだ。
「降伏する者は殺さずローザン城を目指して」
眼下でひれ伏すローザン兵に一瞥をくれながらマルティアーゼが号令を掛ける。
「マルティアーゼ……ご自分の国を滅ぼすおつもりですか?」
ローザン兵がマルティアーゼに投げかけてくる、これまで自分を育んでくれた国をこうも無慈悲に攻め込んで何とも思わないのかと不思議に思った事を口にしてきた。
「貴方達に罪はないわ、私が求めるのはローザン王唯一人よ」
「マルティアーゼ様はそれ程までにローザンがお嫌いですか?」
苦渋の表情で訴える兵士に、
「……何を言ってるの?」
いきなりの言葉にマルティアーゼが言葉を失う。
(私がローザンを嫌っている……この人は何を言ってるのかしら)
「あれほど国民から尊敬されていても国民に何も言われずにエスタルに行かれた、それ程までに早くローザンから離れたかったからではないのですか、そして今まさにご自身の手でローザンを滅ぼそうとしておられる……何処をどう見てもマルティアーゼ様はローザンに対し憎しみがあるとしか見えません」
項垂れる兵士いマルティアーゼは目を見開いて眺めていた。
(そういう事だったの……お姉様)
ぎりっと歯を噛みしめた彼女は怒りが湧いてきて、
「待ってなさい」
それだけ言うと、マルティアーゼの視線の先にある城を睨み歩み始めた。
後退するローザン軍は通りから続々と城に集まってきて城の前の広場は兵士で埋まっていた、降伏や戦死でかなりの数が減らされていたがそれでもまだこんなにも多くの兵が国を守ろうとしていた。
「もう後は無いぞ、ここを死守するのだ」
その言葉は諸侯ではない部隊長の声で、殆どの諸侯達は城の中へと避難しており若く血気盛んな者だけが自分の隊を率いて待ち構えていた。
逃げてくるローザン兵が味方のいる場所に辿り着けて助かったと安堵するが、その後ろからはエスタル軍が迫っていた。
わああぁ、城の西側から歓声を上げながら迫り来るエスタル軍と南西や南側の通りや路地など、通れる道から城を目指してぞろぞろとエスタル軍が姿を現す。
包囲されたローザン軍は覚悟を決めてエスタル軍に向かって行った、もう守りなど関係なくここにいる全員が倒されればこの国は終わると、兎に角前に出てエスタル軍を倒すのが先かこちらが先かの問題であった。
ローザンの決死の突撃を受け止めるエスタル軍、トムの所にも剣を振りかざして襲いかかってくる。
「恐れるな冷静に対処すれば問題無い」
トムが応戦しながら味方に叫び、必死にマルティアーゼのいる所まで行こうとするが、そこに行くまでに何百のローザン兵を倒さなくてはいけないのかと思う程に密集していて遠く、国の中枢が駄目でもローザン兵はやはり強い、彼らも後がなくそう簡単に前に進めなかった。
剣だけの勝負ならエスタル軍では押せなかっただろうが、こちらには魔道士がいるそれも魔導王となったマルティアーゼの力は圧倒的である。
時折聞こえる魔法の爆発音が鳴り響いていたが、覚悟を持ったローザン兵は多少の怪我では怯まず彼らの足を止める事は出来ず、両軍がぶつかった地点から一進一退のせめぎ合いを繰り返した。
そこにマルティアーゼがやって来た、彼女の容姿ははっきりせず白い靄で包まれているような錯覚を感じていた。
「おぉマルティアーゼ様だ」
「道を空けなさい」
さっと掌を前に差し出すと詠唱も無しにいきなり火球が幾つも生成されて前方のローザン軍に飛んでいくと、連なった爆発音と爆風で上空に吹き飛ばされた兵士と火柱が何本も見えた、一瞬怯んだローザン兵だがそれでも前へ前へと詰め寄ってきた。
「逃げても殺される……なら戦って死んでやる」
何処かのローザン兵が言ったのか、そんな声が聞こえてきた、それが彼らが覚悟決めた理由だった、誰に脅されたのか彼らが死に物狂いで戦ってる訳がマルティアーゼの耳にも伝わると、
「馬鹿な真似を……」
これがディアンドルの王政か、民を守らず自身の為に死ねと脅すなんて……いや彼女の事だから直接的な言葉では無いのだろう、そう思わせる様な柔らかい言葉で自分は言っていない、彼ら自身が決めただけと言うはずである。
それがマルティアーゼの一番気に入らなかった事だった、全ては周りが悪い、自分は悪くないとする性格がこの様な結果に結びついたのだ、全ては彼女のおぞましい性格の悪さが原因で、それを放置してきた私にもある。
「どこまで腐るの……」
マルティアーゼは護衛の兵士達が止めるのにも耳を貸さず前線に近寄ると、
「ローザン兵に告ぐ、無駄な死は止めなさい、投降すれば身の安全は保証します、この戦いで死ぬ事は無いわ」
その声がどれだけの兵士に聞こえたか分からないが、マルティアーゼは阿鼻叫喚の中で必死に叫び続けた、それでも変わらぬ激しい戦闘に彼女の声も枯れ始め、
(聞いてくれない、いや聞こえていない)
この状況ではもうどうしようもなかった。
マルティアーゼは目を閉じ何かを思った、そして……。
(ご免なさい)
と心で呟いた。
一陣の風がマルティアーゼの体を包み込む、白い光が巻き上がり彼女の目が金色に光る、その様はバルグとの決戦の時と同じだった。
詠唱する彼女の頭上高くの空が煌めいた、それは少しずつ光度を増し幾筋もの光の線がローザンの広場を落ちてくる、バルグの時とは比べものにならない魔法、これが魔導王の力を引き継いだマルティアーゼの本気だった。
何もかもが真っ白い世界が両軍兵士と城を包み込む、一瞬の静寂、何も聞こえず目を閉じても網膜に入り込んでくる白い光に園場の誰もが剣を止め魔法を飛ばすのを止めた。
そして次に聞こえてきたのは地面を揺るがす破裂音だったのだ。




