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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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1071/1117

1071 変貌した国

 ザッザッザン、隊列を揃えて首都ローザンを前にエスタル軍は停止した、ローザン側もエスタル軍が来た事が知らされると両軍相対して場が張り詰めていた。

 そこにマルティアーゼが馬に乗って前に出てきた。

 剣を抜いて待ち構えるローザン軍、今の首都には全国から集められた兵士が集結しているはず、正念場である戦いにディアンドルは治安維持なんて考えていないだろうから戦える者全てを集めているに違いなかった。

 数でいえばエスタル軍を大いに上回っていると考えて戦わなくてはいけない、エスタルを出る時にもっと兵を連れて行って下さいと言われたがマルティアーゼは断っていた、今の兵数でも多いと言っていたぐらいで一万でも十分だと思っていた、しかし大臣達の心配する様子を見て今の数で妥協をしたのだった。

 彼女はもし戦闘になれば人が多ければそれだけ被害が大きくなるのを懸念していたのだが、それが現実になってしまいこれから戦う大決戦を前にマルティアーゼとしてはこうなってしまった事に申し訳なさがあった。

(私の為に戦ってくれるのは嬉しいけど、私の為に死んで欲しくはないわ)

 マルティアーゼにとってその言葉は敵味方共に言ったのかも知れない、過去も現在も関係なく互いに自分を守ってくれた人達がこれから殺し合おうとするのだから複雑な気持ちであった。

(この戦いを終わらせるにはお姉様を止めないといけないのよ、だから……)

 マルティアーゼはさっと手を挙げる。

 一斉にガチャリと剣を抜く音が鳴り響き、魔道士達も短杖を握った。

「突撃!」

 腕を振るとエスタル軍が声を上げて首都に駆けていく、それを合図にローザン側も剣と盾を構えて臨戦態勢に入り後方から矢が放たれる。

 飛び交う矢と魔法、その下で両軍が激突すると、一瞬で人々の朝の眠りを妨げる悲鳴が鳴り響いた。

 町の出入り口各所では殺到するエスタル軍に押し込まれないよう踏ん張るローザン軍、戦況を見ながら隊を小まめに増援に向かわせていく。

 懸命に剣を振るうエスタル軍だが、倒しても倒しても奥からやって来るローザン軍に一人一人と力尽きて倒されていき、数で負けているエスタル軍の兵士一人の損失は大きい、それを補うようにバンティール侯やトムといったエスタルの諸侯達が頑張ってくれていた。

 全体の様子をマルティアーゼは見ながら、このままでは町中に入るまでにかなりの損害を出しそうだと思ってしまう。

(町に入れたとしてもまだ城があるわ、籠城線になればこちらが不利になる、やっぱり私が)

 彼らの頑張りに期待しないわけではないが、マルティアーゼとて彼らに任せて見守るだけではいかない。

(私が自分の手で決着を付けると覚悟したのよ、どんなに非難を浴びようともこれは私の問題)

 マルティアーゼは遠話を飛ばし魔道士達に命令して前線に赴く。

「バンティール侯、手薄になったら突撃して下さい」

「マルティアーゼ様……こんな所においでになられては」

 直ぐ後ろまで来ていたのに驚いたバンティール侯を押しのけてマルティアーゼは詠唱を唱えた、それに合わせて魔道士達も唱える。

 人の大きさほどの巨大な火球が幾つも生成されローザン軍に投げ込まれた、それと同時に突風が巻き起こり両軍を分断するように地面から土壁が迫り出し、両陣営の兵士が驚いて身を引いた。

 何が起こったのか分からないまま壁の向こう側で金切り声の悲鳴が巻き起こり、エスタル兵達はどうなっているんだと顔を見合わせた、暫く続いた悲鳴が鳴り止むと魔道士達によって壁の向こう側に雨を降り注いでいく、すると土壁が崩れ向こう側が確認出来るようになると、エスタル兵達から驚愕の声が漏れた。

 一面黒焦げになった通りや建物、よく見るとそこかしこに炭になった人の形をした物と黒くなった鎧が転がっていた。

 そこはもう熱くもなく冷やされていて、

「バンティール侯、今よ」

「えっ、あっはい、全軍突撃!」

 呆気に取られていたバンティール侯が慌てて号令を掛けた。

 今の魔法で何十何百のローザン兵が倒れたのか目視では分からない、マルティアーゼの火球と魔道士達の風で土壁の向こう側は火炎旋風となってあらゆる物を焼き殺していた、炎に一度つかまった兵士の体は瞬時に燃やされ、熱せられた鎧の中で藻掻き苦しんだ事だろう、それをエスタル兵に見せないようにするのと炎の熱風にやられないように土壁が建てられたのだった。

 焼けた匂いだけは残っていたが町に入り込んだエスタル軍は通りを左右に分かれて雪崩込んでいった、火炎旋風は思いの外、広範囲で焼き尽くしたのか、建物からはまだ火が燻り木材部分が赤く光っていた。

(なんて威力だ、これがエスタル王家の……)

 魔導王エスタルの力はいまや生き残りであるマルティアーゼに受け継がれていると考えればこの力こそが魔導王か、見た事もない凄まじい魔法にバンティール侯も恐ろしさを感じつつもこれが我が国王の証なんだと感心していた。

 ローザン兵からすれば目の前で炭に変わっていった仲間達を見てこんな恐ろしい魔法を防ぐとかそう言った問題ではなく、こんな死に方は嫌だ、勝てるはずがないと誰もが心の中で敗北を宣言していて、エスタル兵が向かってくると剣を投げ捨て降伏の合図をする者が出て来た。

「剣を取れ、戦え」

 部隊長の一喝も一度敗北を受け入れた者達の耳には入らない、ローザン軍の中で戦う者と降伏する者とで二分し、戦う者は後方に下がり兵を纏めてエスタル軍に立ち向かってきた。

 違う場所で戦っていたトムはローザン兵の動揺に気付いた、何か町中であったのか後方の兵士達がしきりに首を左右に振って隊長に指示を求めていた。

「なんだ……」

 何があったのか分からないが相手が戦闘に集中出来ていない今が好機と考え、トムは部隊に前へと命令を出すと斬り込んでいった、トムの後を兵士達も続いてローザン軍に圧を加えるとローザン軍は明らかに狼狽えていた。

(やはり何かがおかしい)

 トムは通りが見渡せる所まで押し込むと辺りを見回してみた、すると明らかに遠目にでも分かる異様に黒に染まった一画が目に入ってきた。

 建物も通りもそこだけが黒く煙りを上げていた、そこにエスタル軍が突入していて対応するローザン兵達が逃げ出しているのを見て、こちらの兵もどうするか迷っていたようだった。

(もしや姫様が魔導を使ったのか)

 彼女が魔導を使った事で前線が瓦解し他の部隊にまで不安が伝播し、いつ逃げるか迷っていたのかと思った。

(それなら)

「姫様が動いたぞ我が軍が優勢だ、このまま押し切れ」

 とトムは声を張り上げ味方を鼓舞した、するとおおっと返答するエスタル軍が勢いを上げてローザン軍に襲いかかる。

 気勢を削がれたローザン軍の前線に応戦する気概はなく、後衛から怒号が飛んできた。

「侵入を許すな押し返せ、それでもローザン兵か」

「ならお前が戦えば良いのでは無いか?」

 怒号を叫ぶ指揮官にトムが答えた。

「お前はローザンの諸侯だろう、逃げてばかりいないで私と戦え」

 初めて見たローザン諸侯にトムが叫んだ。

「何を……」

 相手は歯を食いしばって睨んでくるだけで戦おうとしない相手に、

「いつからローザンの諸侯は臆病者ばかりになった、兵士の方が勇敢ではないか、兵士さえ倒せば後は取るに足らぬ者ばかりだぞ」

 トムは相手の挑発を繰り返しエスタル兵に伝えた。

「おのれ……俺が斬ってくれる」

 相手が味方の合間を縫うように前に出て来てトムに言い放つ。

「貴様は誰だ相手をしてやる、俺はバルムス伯爵だ」

 若い金髪の諸侯が剣を抜いてトムに向けてきた。

「俺は元衛団隊員、今はエスタル王国ファンガス男爵だ、前線で指揮もせずに後ろで騒ぐとはいつからローザンの諸侯は臆病者になったのだ」

「喧しいローザンにはローザンのやり方があるのだ、裏切り者の兵士か……ならその首叩っ切ってやるわ」

「グレン様がこんな奴を諸侯に賛成されるとは思えない」

「黙れ」

 駆けてくるバルムス伯にトムは手綱を強く引き絞り剣を構えると、勢いに乗ったバルムス伯の大振りの一撃を受け止めた。

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