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坂から見える町から煙が上がり、そこで戦うバンティール侯達の姿が見えた。
あちこちに広がりローザン軍が守備を固めさせないように頑張ってくれていた、友人のアンビル侯も合流して乱戦状態のようだ。
「姫様、私も行ってきて良いですか?」
「勿論よ」
「では」
トムが号令を掛けると兵士達が声を上げて坂を駆け下りていく。
「おぉファンガス殿来てくれたか」
「代わります、休んで下さい」
「申し訳無い、相手はまだ守備を固めておらぬぞ」
「分かりました、突撃」
坂を下りてきたエスタル軍は勢いそのままで町に突撃していった。
わああっ、と敵が陣形を整えさせないように町に入ったエスタル軍は、敵陣に割り込むように飲み込み乱戦に持ち込んでいく。
「諸侯はもう逃げたのか……」
ローザン兵は果敢に戦っているのに軍を指揮するローザン諸侯の姿はない事にトムは奥歯に力を入れた。
(味方を捨てて先に逃げるのがローザン諸侯とは思えない)
元ローザン警備兵、衛団隊で働いていたトムだからこそ上官達の厳しさや性格は分かっていた、部下に厳しくして自分だけ逃げる卑怯者はローザンにはいない、自ら率先して隊を率いる気概のある者ばかりだってはず、それなのに今はこんなにも臆病者が諸侯をやっているのかと、ローザン王が選んだ人物だとしてもグレン候達のような古参勢が許さないはずだった。
(グレン様は衛団隊だ、国王を守る野が役目だから前線にいないのは分かるが、他の見知った人達はどこにいるんだ)
トムは何としても一度相手の諸侯と対峙して問い質したい気持ちが湧いていた。
町にエスタル軍本隊が来たというのに、ローザン軍は防衛を固められないと知ると早急に町を放棄して撤退を始めていた、エスタル軍につかまった兵士と後続と一部部隊が引き返して町で応戦したが、本隊は戻らず首都を目指していた。
そんな少ないローザン兵でエスタル軍を止められるはずもなく、取り囲まれ切り刻まれ貴重な兵士を失うだけの結果となり、戦闘が収まった町にマルティアーゼがやって来た。
「ローザン軍はこれだけだったの?」
倒れた兵士達の惨状の数の少なさにトムは、
「味方を助けないまま本隊は既に首都に向かったようです」
「では首都に向かいます、時間的に見て首都攻めは無理でしょうからなるべく近くで野営の準備を、斥候を出して状況だけは確認させておいて」
「了解です」
トムが各部隊に伝令に向かって行った後にバンティール侯がやって来ると、
「バンティール様、ここには諸侯が他にもいますので無理をせず連携を持って戦って下さい、ここは敵地、バンティール様の知らない場所もあるのです、伏兵や計略が仕込まれている可能性も疑い行動して下さい」
「はっ申し訳御座いません」
と、マルティアーゼはバンティール侯に忠告をしたが、
「今日はよく頑張って下さいました、まだ城攻めもあるのです十分休息はとっておいて下さい」
マルティアーゼは労いの言葉も忘れずに伝えた。
ローザン軍は全員首都に集まり城を中心に守りを固めていた。
町の各入り口に兵を置き、その後方に各所に援軍に駆けつけられるよう大隊を配置していた。
「ちっ、なんて役立たずな兵だい、ローザン兵ってのは強いはずじゃなかったのかい」
兵が強くともそれを指揮する者がいなければ力を発揮出来ない、新しい諸侯の殆どが若いか素性の知らぬ人物ばかりで戦に長けた者がいないのだから仕方がない。
ローザン兵が何とかしてくれるであろうと自分達は何もせず、危なくなったら直ぐに逃げることをしていたのだからこうなる事は当然である。
ディアンドルには軍の扱いなんて分かるはずもなく、弱兵と呼ばれていたエスタル軍にここまで追い込まれるとは思っておらず、
「なんとしてもエスタルを倒すんだよ」
としか言えなかった。
(あそこでマルティアーゼを殺せていれば……ランの奴が邪魔さえしなければ良かったんだよ)
城下の通りにはローザン兵で埋め尽くされ城内にはまだ衛団隊もいる、却ってエスタル軍には援軍はなく減らせば減らす程こちらが有利になる、まだ負けたわけじゃないとディアンドルは考えていた。
通りに篝火が灯され始める、藍色の空が今日という一日の終わりを告げ闇夜が訪れ、家から漏れる明かりと整列する篝火がローザンの城下町を浮かび上がらせた。
人々は騒がず穏やかに生活していそうな感じだったが、物々しい外の様子に内心不安だったに違いない、マルティアーゼが来るという連絡と町の状態を鑑みれば、ここで戦闘が行われるのではないかと予想する者は少なくない、まさかマルティアーゼが元公女が自分の育った故郷の人間と戦うなんてあり得るのかといった想像までする者もいた。
しかし何故という疑問符が残るが、それは上の者同士で何かが起きた結果で国民には知る由も無く知らされる事はない。
もし首都で戦闘が行われれば俺達はどうなるんだ、その事が人々の一番気に掛かる事だった、実際は戦闘なんて行われず話し合いで済むなら良いが、戦闘が始まってからでは遅く早く逃げた方が良いのかと、妻や子供がいる家庭では夜な夜な議論が交わされていた。
この所、国王の死、マルティアーゼのエスタル移住と大きな波がこの辺境のローザンに押し寄せ、国民の生活も大きく様変わりしてきた所だった、ディアンドルの王政になれば酷い扱いをされるのでは思っていたがそれもなく、穏やかに暮らせている事に国民は今まで噂されていた内容は嘘だったのではないかと、彼女の政の評価が上がっていた。
それに彼女の言う事に嘘がなく、マルティアーゼの行動は国民を裏切る行為ばかりだった事も踏まえると、本当はディアンドルこそローザンに必要な王だったのではないかと考えられていた、そうであるならこの国を守ろうとするディアンドルの為に俺達も協力すべきではないかとローザン軍に集まる人々もいた。
敵味方どちらも夜襲はなく静寂の中で体を休めその時を待った。
太陽が昇る。
ディアンドルとの最終決戦の日もいつもと変わらない一日の始まりである、鳥のさえずりが浅く緊張した眠りに優しく語りかけてくる。
どう転んでも彼女との因縁に何らかの形で決着が付くと考えればどれだけ長かった事か、マルティアーゼの耳に入って来るさえずりに意識が覚醒していく途中にその様な事を思いだしていた。
(あぁとうとうこの時が来たのね、本当ならこんな事にならずお互い違う道で生きていければと思っていたのに、お姉様は取り返しのつかない事をしてしまった、実の親も他国の王族をも殺してしまったのだからもう引き下がれない)
それを決定させてしまったのが私を殺そうとした行為に他ならない、その所為でランが身代わりとなってしまった事も忘れていない。
(私が憎いなら初めからそうしておけば良かったのよ、いくらでもその機会はあったのに周りの人達を狙ったのがどうしても許せないわ、お姉様には相応の罪を償って貰わなくてはいけなくなった)
そして意識が完全に覚醒したマルティアーゼはゆっくりと目を開け、天幕の天井が視界に入った彼女の目は金色に光っていた。
身支度を整え天幕を出ると曙の刻だった、白々と明るくなった東の空は橙色に染まり地上を照らしていた。
一人暖かい朝日を全身に受けていたマルティアーゼの下に、起きて出てきた諸侯達が挨拶をしにやって来る。
一人また一人と諸侯と挨拶を交わし、今日の戦いに力を貸して下さいと伝えていくと、皆元気に任せて下さい、エスタル王家の為にと言葉を返してくれた。
そしてバンティール侯もまた、
「マルティアーゼ様の為ならこの命いつでも捧げますのでお使い下さい」
「有り難う、でも私のけじめの問題で既に多くの兵士が亡くなっています、これ以上皆さんには死んで貰いたくはないので死なないようにいてくれたら嬉しいです」
「王家はもうマルティアーゼ様だけです、我々はエスタル王家を守るのが使命、我々の身よりマルティアーゼ様ご自身の安全をお考え下さい」
「私は……いえ、有り難う」
何かを言いかけたマルティアーゼは言葉を飲み込んだ、そして最後にやって来たのはトムだった。
無言でじっと見つめてくる彼の心中は察している、本当にローザンを落とすつもりなのかと言っている様だった。
「貴方の言いたい事は分かってるわ、前にも言ったでしょうこれはもう止められない所まできたのよ、ここでお姉様に罪を償って貰い終止符を打つのよ」
「それは分かってます、しかし私が言いたいのはこれまで姫様を守ってくれた人達を殺す事にですよ」
「承知の上よ、これ以上の被害を出さない為にも私の手でお姉様を止めなくてはいけないのよ」
と、マルティアーゼはきっぱりと言い切った。
「分かりました、失礼します」
トムはそれだけしか言わなかった。
(分かってる、貴方に友人を斬らせる事になるかも知れない、私だってグレン叔父様が目の前に立ち塞がったらと思うと心が痛いわ、それでも……)
明るくなった野営地で慌ただしく兵士達に集合が掛かる、各諸侯が自分達の隊を率いて移動を開始していく。
マルティアーゼは息を吸い込み大きく吐いた、きらめく白銀の鎧が一路ローザン首都へ進んで行く。




