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マルティアーゼ暗殺未遂を多くのエスタル兵の目の前で行われただけで、これはもう歴としたローザン王国からの宣戦布告と捉えられても仕方がなく、エスタル王暗殺の犯人であると返答したようなものだった。
両軍の激しい戦闘、魔道士達の支援もありローザン軍は検問所を盾に防衛を固めていく、ローザン軍は武の国だがそれなりに魔導の知識はある。
前線で戦う兵士達は逆にエスタル兵と混戦に持ち込めばそれだけで魔道士からの攻撃は飛んでこないのを知っていて、戦う者は積極的に前に出ていき守りに入る者は盾を前面に構え飛んで来る火球や水球を叩き落とし、荒れ狂う風には身を寄せ合い飛ばされないように対応していた。
戦力差はローザン軍有利でエスタル軍三万に対し衛団隊含めて四万はいた、それに今国内にいる警備兵達が後続に控えているとなれば目の前の敵だけに全力は出せなかった。
「くっ」
バシュ、敵兵を斬り倒すバンティール侯は果敢にも検問所突破を図ろうと突撃を繰り返しては押し返されていた。
「バンティール、無茶をするな」
そう呼びかけてきたのは友人のアンビル侯だった。
戦闘はまだ始まったばかり、敵の体力も気力も高い時に無理をすれば何が起きても不思議ではないと思ったようで、突撃を繰り返すバンティール侯に注意を促しに来た。
「ここで守備を固められたら厄介だ、整う前に突破せねばならん」
「それは分かるが相手はローザン兵だ気を抜くな」
気の知れた友人である二人は、この行軍に自ら参加する意志をマルティアーゼに申し出てきた彼女を心酔するエスタル諸侯である、そのマルティアーゼを殺そうとしたディアンドルに対して怒り心頭でしかない。
彼らだけではない、先程の光景を見たエスタル兵もまた眼前で自分達の大事な王族を殺そうとしたローザン王に対して怒りしかなく、例えローザン王が本当は犯人でなかったとしても目の前で行われた真実は変わらない、それだけでローザン王国を倒すのに十分な理由だった。
「貴方も行って」
マルティアーゼはトムに言う、何か言いたげだったがトムは静かにはいと答えると戦場に向かっていった。
検問所を挟んでの一進一退の攻防、エスタル兵士の強さは世界では低い方だがそれを補う魔道士がいるからこそ強国となっている、兵士達も鍛錬をしていないわけではない突出した実力者がいないだけで、個々の兵士の質は他国と遜色はないのである。
ローザンの方は各隊長ともなれば一目置かれる腕前が多く、指揮官としても優秀で彼らのお陰でローザン軍があると言って良かった。
バンティール侯が前線に居ると聞いて駆けつけたトムも参戦した、故郷の人達と戦うのは心苦しいのは確かだがやらなくてはマルティアーゼを守る事は出来ない、敵がどんな相手だろうが剣を捧げたマルティアーゼを守と決めたのだから、トムは感情を抑えながら戦いに没頭した。
トムの参戦で少しずつ彼の周囲に余裕が出来始め前に出て差を詰めていく、元衛団隊のトムの腕ならローザン兵では手も足も出せず引き下がるしかなかった。
(おかしい、諸侯の中には腕の立つ人がいたはずだが何故誰も出て来ないんだ)
ローザンでは諸侯が先頭に立って兵士達を鼓舞するのが当たり前だった気がしたのに、これだけ時間が経っているの一人たりとも前線に来ようとせず後衛に居座っているのが気になった。
(あれは誰だ……新しい諸侯なのか?)
如何にも諸侯という人物を遠目に見つけたが、トムの知る人物ではなく初めて見る顔に訝しんだ。
諸侯を倒せば勝ちというわけでもない、まずは目の前の敵を倒す事に専念しトムは剣を振るっていった。
ローザン兵を下がらせ検問所を取り囲むぐらいまで攻め込んできたエスタル軍が一気に左右に雪崩込むのに成功した。
「やったぞ」
バンティール侯が息を切らしながら叫んだ。
検問所を奪われたローザン軍は防衛を町に変更したようで緩やかに撤退を開始した、それにもトムは怪訝な顔で追跡を始める。
(やはりおかしい、検問所をあっさりと明け渡すなんてそんな教えはされていなかったが……)
自国の領土は何としても守れ、こう教えられてきたトムには奪還しようとしないローザン軍に違和感しかなかった。
(新しい諸侯の考えなのか)
そう思うのはトムだけで、エスタル軍は意気揚々とこれを機に攻め込んでいく為に彼の横を通り過ぎていった。
戦場は最初の町バロンに移る、時間は夜になり防衛を固めるローザン軍と町の手前で野営を敷いた。
その夜トムがマルティアーゼの下に来て、昼間の戦闘で気になった事を話した。
「一人だけならおかしな事でもないんじゃない?」
「いえ、二人はいましたがどちらも見た事の無い人でしたよ、それにエスタル軍が来たのに知った人物が一人も見かけないのはどう考えてもおかしいのではないですか、姫様が来たと聞けばグレン様のような古参の方々の一人や二人は見に来ると思うのですが……」
「そう思うのは勝手だけど叔父様はローザン側の人間、私的な行動はお姉様が許さないでしょうし、叔父様も自国を守る事に行動しなくてはいけないのよ」
「私が納得しないのはそれだけではないですよローザンの戦い方です、余りにも消極的過ぎるのです、武人の国であるローザンがエスタルに対して退け腰な戦いは私がいた時の教えにはありませんでした」
「魔道士がいたからというわけじゃないの、無理に取り返そうとして被害が増えるなら防衛に注力して兵力温存すると決めたのなら良い判断だと思うけど」
「それもあるかも知れませんが、どうも私から見ればいつものローザン軍では無いと感じます」
「そう……貴方がそう感じているなら、私達がいない間に何かが変わったのかも知れないわね、私には分からないけれど覚えておくわ、まだローザンの入り口に来た所、ローザン王を捕らえるには先は長いから気を付けておいて」
「はい」
まだ首都までは道のりは遠い、この間にもディアンドルは城で防備を固めているに違いなかった、ディアンドルの事だからどんな悪巧みを企んでいるのか注意は必要で、女性でありながらこんなにも苦労する相手はいなかった。
一夜明け、夜襲もなく夜が明けるとエスタル軍は進軍を開始した。
曲がりくねった街道を進みバロンの町を目前に捉えると、ローザン軍は郊外で待機していた。
さっと手を挙げたバンティール侯の合図で一斉に駆け出したエスタル軍に、ローザン軍は待ち構えた。
鳴り響く打ち合いと魔法の爆発音で、静かな町の人々は恐怖で逃げ出す者や家の中に閉じこもる者とで混乱に陥っていた、それもそうだろういきなり町が戦場に化してしまった、逃げる準備もなく被害に合わないことを願い家族で身を寄せ合うしかなかった。
戦場の音が間近で聞こえ危険が迫ってきていると分かった人々が、兵士達を押しのけ我先に町から脱出しようと東に流れていく様子に、ローザン兵達が行く手を塞いだ。
「どけっ、どうして邪魔をするんだ」
「戻れ戻れ、町から逃げ出す事は許さん、自分達の家に帰るんだ」
何を言ってるんだ、俺達に死ねと言うのかと人々から怒号が飛ぶ、しかし兵士は剣を抜き戻らなければここで殺すと脅した。
あり得ない対応に人々の顔は引き攣り後退りした、こんな事を言うなんてこれまでのローザンではなかった事だった。
何かが変わってしまった、それに気付いた時にはもう遅かった、ローザン側は町の人々を盾にしてエスタル軍の攻撃を防ごうとしたのだ。
これが軍の命令なのか、国王の命令なのかはどうでも良い、自分達は今死ぬ危険の瀬戸際に立たされた事が一番の恐怖であった。




