1066 真実の代償
エスタルを出発して一ヶ月以上経ったマルティアーゼ一行は、ローザン街道の中間地点にまで差し掛かっていた。
あと数日でローザンに着く、この長い行程にもマルティアーゼの口から愚痴をこぼす事もなく静かに馬車に揺られていた。
復旧した街道にローザンからやって来る行商の馬車が驚いた顔でエスタル軍と出くわし、不穏な感じを受けながら足早に通り過ぎていた、それは途中の宿でも同じで、いきなりやって来たエスタル軍に一瞬で部屋は埋まり外では野営の天幕で溢れていた。
マルティアーゼは当然一番大きな部屋、と言っても街道の宿場町なので大した大きさではなかったが、そこに通されていた。
「姫様」
その夕食後の晩にトムが部屋にやって来て、扉を開けた侍女に通されると少しお話がありますと侍女を別部屋に遠ざけて貰った。
「どうしたの?」
二人っきりになるとマルティアーゼがトムに話しかけた。
「もうじきローザンです、姫様はディアンドル様をどの様になされるおつもりなのか聞きたくて来ました」
「私は真実を知りたいだけよ、私だってお姉様がこんな酷い事をしたなんて思いたくはないわ、でも結果がお姉様の仕業だと告げているの、だからこそはっきりとお姉様の口から聞きたいだけだわ」
「それでもしディアンドル様であったならどうするのですか?」
「……分からない、それはお姉様次第になるかしら、どうして私にではなく周りの人達を巻き込むのかを知りたいのよ」
「ディアンドル様はあの様なお方です、本当の事を言うとは思えません」
「でしょうね……だからあの人を連れてきたのよ、今回で私達の因縁も最後にさせたいから言い逃れはさせないつもり」
「もうディアンドル様は国王になられたのです、以前とは立場が違うのですから何かあれば国際問題になりますので気を付けて下さい」
「分かってるわよ」
そう答えたマルティアーゼに納得したトムは、それではと部屋を出て行った。
私が何か良からぬ事をしでかすのではと察して忠告に来てくれたのは良く分かっている、だが育ての親に実の親兄妹を殺されては誰が黙っていられるのか、しかもそれはディアンドルにとっても実の両親である二人の命をも手に掛けた所業に、彼女の中にはもう人としての心がないように思えていた。
この二十三年間、姉を見てきたマルティアーゼにとって、どこでどう心を通わせられなくなったのか記憶にさえ無かった、物心ついた時からディアンドルは自室に籠もるようになっていたし、自分を見てくる彼女の目に光を感じた事もなく冷徹な蔑みだけを投げかけていた。
歩み寄りも通じない彼女の心に闇を作ってしまったのが自分なら謝らなくてはいけないと思っていたが、理由を教えて貰えなければ反省する事も出来なかった。
(それを聞き出さなくては、それが理不尽な理由なら私は……)
その為の今回の行軍なのだ。
(ローザンはトムにとっても故郷なんですもの、ローザンとエスタルが戦争になる様な事を望んでいないからこそ私に話をしに来たんだわ、私だってそうよ……お姉様一人の問題に国の人達を戦争になんて巻き込みたくはない)
マルティアーゼを慕ってくれていたグレン候や諸侯達、大臣達も大勢いる、そんな彼らと戦いたくないのはマルティアーゼも同じ思いだった。
全てはディアンドル一人に掛かっている、彼女の言動、行動次第で物事が決まるという何とも他人任せな賭けであった。
もうローザンは目と鼻の先、辺境に建てられた国の姉妹の争いが、世界の秩序を変える中心になろうとは誰が想像していただろうか。
ローザンでもマルティアーゼ率いるエスタル軍が出発した事は間者によって伝達はされていたし、ディアンドルも来る事を予想して雪の間に準備を進めていた。
軍を担うのは新たに諸侯となった者達で固められ、古参の諸侯達はいうと全員庶民に落とされたか反逆者として投獄されていた、それは大臣も同じでディアンドルに忠誠を誓う者へと徐々に入れ替えられ、中には身の危険を感じた者は自ら辞任して密かに国から脱出を図る者もいた。
一気にローザンで交代が進められた切っ掛けは、古参であるグレン候であった。
余りにもこれまでローザンを支えてきた諸侯達を蔑ろにし些細な理由で罷免しては、身元の分からぬ男共を諸侯に取り上げるディアンドルに物申した、それに激怒した彼女はグレン候から爵位を剥奪したが、それでもグレン候は退かずに進言した事で妻や娘もろとも投獄されてしまったのである、それを機に次々と人員を入れ替えてきたのである。
今のローザンの諸侯は若い年齢層で構成された、新たなディアンドル王国として成り立っていた。
そしてエスタル軍が間近に迫ってきている事を聞くと全軍に警戒態勢を取るよう命令した。
(いつでも来なさい、ここはもうお前の国でもない私の国なのよ)
ディアンドルは書状を送ったが、もうどんなに取り繕っても駄目な事は分かっていた、残された道はやって来るマルティアーゼを倒す事、これまで彼女の大切な者達を壊す事で絶望を味わらせてやろうと考えていたが、それももう最終章に入ったのだ。
後はマルティアーゼをこの世から消せば全ての思いが完了する、自分を見捨てた親達も自分が受け取るはずだった愛情を奪った妹がいなくなる事で、漸く自分がこの国の人々から注目を浴び光り輝く人生が始まるのだ。
そして私はこの国の王に成った、邪魔な老齢の諸侯達を罷免し全ての臣下を自分の手足として動く者達に代えた、もうこの国で自分に刃向かう者がいなくなってやっと安心して人生を謳歌出来る様になった。
(お前はこの国を捨てたんだ、騙し裏切った者に味方はいないんだよ、お前が私の人生の大半を奪った罪を返しただけで恨まれる筋合いはないよ)
玉座に座るディアンドルは今か今かとマルティアーゼがやって来るのを待ち構えていた。
エスタル軍が来ている事がローザンで広がり始める、街道を使う人が町に引き返してきてエスタル軍が向かってきていると大騒ぎになった。
マルティアーゼ様が戻ってきたんだと喜ぶ者と、エスタルでの生活が嫌になったから戻って来たのかと不信がる者とで言い合いになる。
一度は捨てたローザンに今更戻って来てどうするつもりだ、大国家に夢を求めて行ったは良いが肌に合わなかったからと出戻りするなんて我が儘過ぎると怒りを露わにして、同調する者達でマルティアーゼを批判が拡大していた。
町での騒ぎを知ったディアンドルはそれを止めようとはせず、彼女の方から国民を煽るような発表を出して更に火に油を注いだ、皆が知る事実に脚色して誰もが納得するように国民感情を反マルティアーゼに染めていった。
粛々と行軍するエスタル軍に先行してローザンに使者が走る、
エスタル王国マルティアーゼ王女からローザン王にお目に掛かりたいという伝令が、警備兵によってディアンドルに届けられる。
(やっと来たのね)
ディアンドルは立ち上がり、
「私が直接出向くわ、各人準備を」
と王自ら告げた。
検問所の小さな砦にローザン兵が続々と集結してくる、一万、二万と各諸侯が兵士を連れて来る中、最後にやって来たのは衛団隊を率いるディアンドルだった。
馬車から降りてきたディアンドルに警備兵が駆け寄る。
「エスタル軍はあそこに……」
警備兵が指し示す先にディアンドルが目をやると、検問所から見える街道の先に白銀の鎧を着たエスタル軍を確認した。
街道のエスタル軍をディアンドルはじっと見つめる、長く続く軍隊に一段と大きく見える馬車を確認すると、彼女の唇が薄く笑った。




