1060 軟化
ケルテ軍に混じって赤や薄い水色の鎧の兵士がいた、割合から見て赤鎧はディストレア、水色はベストラの先行部隊だろう、これからどの位の援軍が来るのか分からないが合流する前に街道を封鎖したくはある。
(もっと北上してみましょうか)
グルバヌスはケルテ国内を確認しながら援軍がどこまできているのか探した。
ケルテの首都を過ぎた街道で赤鎧の一団が悠々と進んでいるのが見えた、ずらりと街道を埋める赤い兵士達の総勢は計り知れぬが、見るからにディストレア軍本隊だとは分かった。
(此処で後続を止めておくとしましょうか、場所は悪いですが仕方ないですね)
すぐそこがケルテ国の首都で騒ぎを起こせば直ぐに連絡が入りそうだが、グルバヌスはここで援軍を足止めし時間を稼ぐだけでもムングロ軍の負担は減るだろうと思った。
早速崖上で導路を開くと、ぞろぞろと魔導部隊の仲間達が出て来た。
「崖下の一団を足止めします、まずは私が敵を分断しますので、先行の一団の処理を全員でお願いします」
「はっ」
「では、行きますよ」
とグルバヌスは軽く跳ねるように崖から落ちていった。
急に落ちて来た魔道士に驚いたディストレアの一団は飛び跳ねて街道に空間が出来上がる。
「皆さん済みませんね」
グルバヌスはそう言ってから詠唱を唱えると、崖沿いの街道に竜巻が立ち昇り兵士達の足が地面から離れ浮かび上がったと思った瞬間、空高く飛ばされて海に落ちていった。
一瞬にして二、三十の兵士が海へと投げ飛ばされ、大きくなる竜巻はそのまま道をなぞるようにグルバヌスは北へと進んで行くと、彼のいた場所に次々と魔導部隊達が降りて来た。
風の属性を持たない魔道士はラーダの力で降ろされ、地面に着地と同時に街道一杯に広がり分断したディストレア軍に向けて詠唱を始めた。
うわああっと叫ぶ兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う、その背に火、風、水、光と様々な魔法の矢が飛び交い兵士達は貫かれていく、戦闘はまだ先だと呑気に進んでいたディストレア軍は、いきなりやって来た魔道士の対応が遅れ命令系統が働く前にバタバタと多くの味方が倒されていくのを見ているしかなかった。
「前に出過ぎないように歩調を合わせて行きますよ」
魔導部隊はラーダが指揮を執りディストレア先団を殲滅しながら南へ進んでいくと、分断されたディストレア軍は味方が遠く離れて行く事に兵士達に不安が広がり先頭にいる諸侯に報告しろと叫びだした。
既にディストレアの諸侯には後方での騒ぎに気付いて何があったのか連絡を受けていたが、分断されたこちら側の兵士の数は少なかった事もあり戦うべきかもう少しでケルテ首都なので助けを求めるか迷った。
援軍として来ていたのにこちらが助けを求める事はどうなのかと面子を気にして思い留まり、かといって魔道士相手にこの少数では被害は甚大になる予想は難くなく、命令を待つ兵士達の顔を見るとこの判断が自分にとって命取りになるだろうと判断を下せなかった。
「ドース様このままでは味方がやられてしまいますご判断を……」
「ぐう……」
こうしてる間にもカリン達がディストレア兵を追い詰め倒していき、逃げてくる兵士がドースのいる場所に集まり始める。
湾曲した街道から逃げる兵士達の姿が見えたかと思うと、その後ろに魔法の矢が降り注いでいるのが目に入って漸くドースは直面した危機感を覚え、
「進軍、全員ケルテ首都まで走れ」
と、逃げ延びてきた兵士を連れケルテ首都へ走り出した。
「お姉様、敵は逃げていきますわ、戦う意思はなさそうですしグルバヌス様と距離がかなり離れてしまいましたから戻った方が良さそうではないですか?」
後方を見ると遙か向こうにグルバヌスがいた。
「グルバヌスはこっちの敵を倒せって言ったんだぞ、このまま追いかければ良いじゃん」
「でもこのままではまた……」
しかしラーダはまたやり過ぎで問題を起こして叱られるのを恐れて、グルバヌスに遠話を飛ばした。
(そちらの先にはケルテ首都があります、敵が逃げたのならケルテに連絡が行けば大量の兵がやって来るかも知れないので、こちらに合流してくれませんか)
(分かりました)
「ラーダ、なんで奴に聞くんだよ」
隣で聞いていたカリンがラーダに怒った。
「お姉様聞いたでしょう、このまま進めばこの国の首都ですって、敵が援軍を連れて来る前にグルバヌス様の所に戻りましょう、皆さんも戻りますよ」
攻撃を止め魔導部隊は今北道を引き返し始めると、
「んんんあぁぁ」
カリンは不満を爆発させるように大声で叫んで悔しそうに踵を返していった。
どうして上手くいってるのに攻撃を止めるのかカリンにはさっぱり分からなかった、勝てる機会をわざと逃すなんて愚の骨頂としか思えず、勝つ気が無いなら初めから戦わなければ良いじゃないかと憤る、しかし先の事もありぐっと堪えてグルバヌスの所に戻ると、
「よくあそこまで頑張りましたね、素晴らしい成果です」
とグルバヌスは褒めてきてカリンは軽く驚いた、中途半端な仕事で褒められて素直に喜べない、でもグルバヌスは満足げに頷きながら言ってきたのだ。
「もう少しここで暴れたら一度戻りますが……土使いの方はこちらへ」
と、土の属性の魔道士を集めて何やら指示をする、話しながらもグルバヌスは歩みを止めず、街道の敵兵を黒矢や突風で排除しながらディストレア軍を後退させていた。
グルバヌス達魔道士の独壇場の街道には多くの兵士の死体、その近くの海にも多くの死体が浮かんでいる惨状で、援軍としてやって来たディストレアにとっては大損害となったに違いなかった。
すると、グルバヌスの後ろでガラガラと大きな音を立てて街道が海へと崩れ落ちていった、数名の魔道士達が力を合わせて街道を崩壊させたのだ、それは一カ所だけではなく当分復旧が出来ないように数カ所、歯が抜けたように間隔を開けて道を崩していた。
その先からは首都へ逃げていったディストレア軍で、攻撃をしてこなくなったのを見て戻って来た所だったが、道を破壊され行き場を失った兵士達が呆然と対岸の様子を見ていた。
「では一旦戻るとしましょうか」
街道を崩壊させた魔道士達が戻って来たのを確認すると、グルバヌスは導路を開けて全員に入る様に言った、次々消えていく仲間を見守ってからグルバヌスは全体の状況を見て満足したように頷くと導路に入った。
「良い働きでした、足並みを揃えて良く戦いましたね、当分の間はこの戦い方を覚えておいて下さい、経験を積んでいけば少人数、個人へと戦い方も覚えていきましょう」
ムングロ首都に戻ってきたグルバヌスは魔導部隊全員に労いの言葉を伝えた。
魔道士達はグルバヌスに褒められ満足のいったような満面の笑みを浮かべ返したが、カリンだけは不満そうに無表情で彼を見つめていた。
「これで当分は援軍の期待は出来ないでしょう、しかしこれだけでは復旧されれば同じ事、この間にケルテに大打撃を与えればムングロ国の勝利に繋がるでしょう」
おぉと皆から歓声が上がる。
これが魔道士の役目なのか、これまでは兵士がぶつかり合って力任せに押し込む戦いが主流だったキエヌ兵達にとっては何とも物足りなさを感じるだろうが、自分達の働きで戦況が自由自在にころころ変わる事に興奮を覚えていた。
「随分とお疲れでしょうから皆さんは休んでいて下さい、後は私とカリン達だけで十分です」
まだ戦えます、私達も使って下さいと声が上がるが、グルバヌスは首を振って断った。
「ここからは激しい戦いとなります、付いてこられなければ足手まといとなってムングロ軍の迷惑にもなりますからね」
すると悲しそうな顔で見つめてくる皆に申し訳なさそうではあるが、初任務でこれ以上無理はさせたくないというグルバヌスの優しさでもあった。
カリンとラーダに付いてくるようにと三人でムングロ軍の前線に向かう、途中でグルバヌスはカリンに、
「カリン良いですか、一人で戦うのとは訳が違うのです全体を見て次の戦略に繋げるように動かないといけないのです、私も随分と勉強しましたよ、戦争は生き物のように自分の思い通りにはならない物だと、だから勝つ為には理不尽に思えてもその先の事を考えて動いているのですから大勢で戦う時は言われた事をするようにして下さい」
「……」
カリンは答えなかった、これまで一人で修行をしてきた自信があり細かく命令される事に対する抵抗があった。
「お姉様、私達は弟子になのですよ、グルバヌス様もお姉様の事を思って言ってくれているのですからちゃんと言う事を聞きましょう」
「だってさ……」
「良いんですよ、カリンとは出会いが戦闘からの始まりでしたから負けたくないという気持ちが強いのですよ、それは魔道士には必要な事、ですが仕事は自分達の生活の為なんですからちゃんと働いて下さい」
「分かったよ、やれば良いんだろ」
ふんっとカリンはぶっきらぼうに答えると、それきりだんまりを決め込んだ。




