1057 人心
「戻って来ました」
アルステルから戻って来たタリアはその足でサレスの部屋にやって来た。
「お帰り、どうだった?」
「何も情報はありませんでした、というより早すぎたようです、まだエスタル王死去の一報は流れてきていませんでしたよ」
「そう、それは残念だったね」
「けど新鮮な野菜は買えましたよ、今夜は工夫達に食べて貰おうと思いますが構いませんか?」
「良いよ、僕も久しぶりに食べてみたいからね」
「では早速持って行って女性の人に料理をして貰います」
タリアは工夫達の家に向かい女性達に料理を作って貰えるか頼んでみた。
ぞろぞろと出てくる女性達、こんなにも多かったかと思うぐらいに荷台の野菜を見て歓声をあげてくる。
「良いのかい?」
一人の年配者がタリアに聞いてくると、
「えぇ、此処に居る皆さんに喜んで貰えるようにとサレス様が仰ってましたので、今夜は楽しんで貰おうと調達してきました」
彼女達の集落にはない野菜を物珍しく眺め、これは何ていう野菜でどう食べるのか聞いてくる人もいたが、タリアに分かるはずもなく申し訳なさそうに謝った、それでも女性達は久しぶりの新鮮な野菜にわいわいと嬉しそうに荷台から運び出していく。
(買い出しに行ってる間にも人が増えているのか)
増築した新築が通りにずらりと建てられ、直ぐに新たな住民の住処へと変わっていく、人が集まれば建築要員も増えるのでねずみ算式に作りたての街道沿いが家で埋まっていた。
(これは……区画整備を急がないとそこいら中に家を建てられてしまうぞ)
アルステルの町並みを思い出して折角国を作るならと理想を思い浮かべていたタリアは、適当に建てられていく家々を見て危機感を覚えた。
その事をサレスに伝えると彼も思い悩んだ。
「そうだね、国の整備は防衛にも大きく関わる、適当に建てられると後々面倒になってしまうね、君に言われるまで思い付かなかったよ有り難う、直ぐにでも書面に僕の思う図形を書くとしよう、それまで今建築中以外の建築は止めるように伝えておいてくれないかな、それとカミュラを此処へ」
サレスの言われたとおり工夫達には今建築中の家屋以外で建てるのは少し待って欲しいと伝え、その後に遠話でカミュラを呼んだ。
「城の周りに家があるというのは何だか変な気分だ」
広大な領地を持つリム王国だったはずなのにこんなに密集した国造りをしなくても良いよなと思いながら働く工夫達の作業を眺めていた。
カミュラがサレスの所から出て来たので何の話だったのか聞いてみた。
「大した事ではない、この城を中心に東西南北へ十字に外へ伸びる道を作って欲しいと頼まれたのだ」
「十字に?」
ラミールと同じような国にするつもりなのだろうかと思った、ラミールでは通りが円状の輪が外に広がってる町だったがサレスはそれを十字にするつもりか。
(四等分にして区画を作るのかな)
それだけの広さが取れるのかどうかは知らないが、構想としてはタリアの意見を取り入れてくれた感じである。
「まずは方角から調べぬといかぬな、儂は行くぞ」
「あっはい、頑張って下さい」
するとカミュラの姿がふっと消える、相変わらず口数少ないカミュラに驚く事もなく、タリアはサレスの部屋に行く。
「私の構想案を受け入れてくれたのですか?」
部屋に入って開口一番タリアは口を開くとサレスは薄く笑い返してきた。
「まるで僕が捻くれ者みたいな言い方じゃない、提案が理に適っていれば僕だってちゃんと受け入れるよ、確かに国を作るに当たって通りの利便性や防衛のしやすさを初めに確認すべきだったね、今建築している場所は仕方ないとしてまずは大きく区画を分けようと思ったんだ」
「リム王国の国土の広さも調べておかないとなりませんね、あまり東に伸ばしてしまうと沼地がありますので地盤も緩く匂いもありますから住むには適してません、それに沼地は天然の防衛になりますからこれを利用する手はないでしょう、領土を広げるなら集落のある西が最適、人が増えている様ですし集落のある方を整備出来ればもっと人が来てくれるかも知れませんよ」
サレスはタリアの話を聞き終えると、
「僕よりも地理を理解している君が国を作った方が良いんじゃない?」
くすくすと笑うサレスにタリアは顔を赤らめる、提案を受け入れてくれた事に対してつい熱心に語ってしまった事に自分でも恥ずかしいと思ってしまった。
「べべ、別に良いじゃないですか……私だって偶には思い付く事だってありますし国を作るなら住みやすい方が良いじゃないですか」
「ふふっそうだね、いや悪い別に嫌味で言ったわけじゃないよ、君の助言は本当に助かったし、何だかやっと同じ道を進めたような気がして嬉しかったんだよ」
「何ですかそれは、止めて下さい腐れ縁ですよ」
サレスはまたくすくすと笑った。
ここ最近の彼は良く笑うようになった、長い旅の間は寡黙で疲れ気味だったが漸く安心出来る居場所が出来て体調が安定してきたのかも知れなかった。
「とにかくこれから人が増えてくるでしょうし、早く国の形を決めてくれなくては皆の仕事が遅れてしまいますよ」
「あぁ明日から頑張るとするよ、今夜は楽しい食事が待ってるんだから勘弁してくれないかな」
日が落ち外では作業の終えた工夫達が家族や子供達の元に戻って来ると、大量の炊き出しに目を輝かせて喜んでいた。
ずらりと並んだ大きな鍋にはふんだんに使われた野菜と水で戻した干し肉のスープが入っていた、漂う香辛料と見た目に汗をかいた男達の腹から共鳴の音が鳴る。
「こいつは凄え、この時期にこんなに野菜をどこから持ってきたんだい?」
「タリアさんからだよ、皆に振る舞ってくれってさ」
「あの魔道士か」
何かあれば連絡役として接している内に周知となったタリアの事を人々は好意的に見ていた、そこへタリアが香りに誘われた虫のようにやって来て出来上がった料理に感動した。
「あの野菜でこんな料理が出来たんですか、良い香りですね」
まだ寒い季節にはあつあつのスープが身に染みる、これならサレスも喜ぶだろうと自分達の分を分けて貰おうと鍋を差し出す、すると皆から、
「お城で寂しく食べるよりこっちにきて一緒に食べれば良いじゃないかい、国王様になるんだったら私達に顔を見せておくれよ、どんな人か見てみたい物だよ」
「そうだぞ、俺達は第一国民なんだ、人が集まってくる前に会わせてくれよ」
それはここに初めて来た新規の人達だったのだろう、まだ見ぬ国王の顔を一目見たいという声が上がりタリアは困ったように聞いていた。
「では暫くお待ちを、サレス様に聞いてみる事にします」
と早足で城へ戻っていった。
既に食堂で料理を待っていたサレスとマリアに事情を説明した。
「人見知りなんだけどね」
とサレスが冗談を吐くが、
「いや、そんな事はどうでも良いんですが、どうしますか会いたくなければそれなりの理由を付けて断ってきますが」
とタリアは冷たく言い放つ。
「人が多いんだろう、あたしは……」
マリアはそっと自分の頬に手を当て、傷付いた顔を見せたくないような素振りをする、いつもは陽気なマリアにしては消極的な態度だった。
サレスは考えた末に行こうと答えると、マリアが怯えた顔を向けてくると、
「大丈夫、私の隣に居れば良い、それにいずれは何千の前に立たなくていけないんだよ、今の内に君のことを覚えておいて貰った方が良い」
と安心させるように言った。
三人は城を出て人々の前に姿を現すと大きな歓声が上がった。
「これが国王様かい、良い男だねぇ」
「こりゃたまげたね本当に男かい」
初めて見た人達から感嘆する声が聞こえてくるとサレスは和やかに笑顔を振りまきながら、
「私はサレス、私の下に集まってくれた皆に応えられるような素晴らしい国を作る事を約束する、皆には今のこの景色を目に焼き付けておいて欲しい、数年後、数十年後、この地が皆の故郷と思える地になった時この国の歴史となる、国は人の数ではなく人々の思いの結晶だと思っている、力不足な私に力を貸して欲しい」
すると地面から湧いてきた様に歓声が上がる、それを見て隣に居たマリアも驚きと感動を覚えたのか目を見開いてサレスの横顔を見つめた。
(何が人見知りだ、一瞬にして人の心を鷲掴みにするのは得意のくせに)
そりゃあラミールの王族で昔から人前で話す事に長けているのだから、集落の人達の心を引き付けるなんて容易い事である。
その後は皆盛り上がり、寒空の下で彼の周りには人が集まり熱い食事を食べながら談話に講じた、サレスに注目を浴びたお陰でタリアとマリアはその脇で食事をしていても囲まれるような事もなく、時折やって来る人達と軽い会話だけで済んだ。
「ねえタリア、サレスってあんなに明るい人だったの?」
笑顔で話すサレスに、冷静沈着だと思っていたマリアはこれまであんなに陽気な彼を見た事が無かった。
「さぁあの人には対応力があるからどこまでが本心かなんて誰も分からないよ」
と呟くように言った。
(これからもっと演技が必要になってくるんだろうな、サレス様は何を考え目的としているのか誰にも言わないからな)
マルティアーゼは目的ではなく切っ掛けだと思っている、彼女と出会い化けの皮が剥がれたその時に彼の本心が覗けるのだ、それまでタリアは見守っていくつもりだと横目でサレスを見た。




