1050 南北の初陣
「こんなにも早く大きな仕事が回ってくるとは、ここで活躍したいですね」
ガウリスから連絡が来て魔導部隊だけの任務だと聞かされたグルバヌスが、楽しそうに自宅に帰ってくるとカリン達に伝えた。
「どんな仕事なんだ?」
楽しそうなグルバヌスを見て興奮気味にカリンが聞いた。
「戦争参加です」
「戦争……に私達がですか、恐ろしいですわ」
ラーダの方は眉を下げて不安そうに言葉を反復した。
「ムングロ国から援軍要請が来たそうです、我々の任務は敵国ケルテ軍をムングロ屋内から追い出す事なので、ケルテ国まで攻め込む事はしませんよ、だから少し驚かして撤退させてあげれば良いのです」
「おぉそれなら出来そうですわ」
ぽんっと手を叩いて笑みを浮かべる。
「駄目だぞラーダそんな弱気じゃ、私がケルテ軍を全員ぶっ殺して大魔道士カリン様の力を思い知らせて私の名を轟かせてやるんだ」
「わぁ流石お姉様、考えだけは英雄ですわ」
「……まっ、まぁ向上心は大切ですが我々は言われた任務を熟すのが仕事です、勝手な行動はいけませんよ、人から尊敬されたいのであれば任務をちゃんと完遂出来る所を見せるのです」
「面倒臭いなぁ、ムングロは戦争に勝ちたいなら、バババッとケルテを潰せば良いのにさ」
不満を言うカリンにもう一度念を押して忠告をした。
グルバヌスは出陣の前に一人ムングロに向かった、魔導部隊を連れてくる為に焼き石の印を作りに来て、それと情勢の確認も兼ねて偵察をしておこうとの考えだ。
まだ力のない魔導部隊ではムングロまで飛ぶには何度も行う必要があり、ここはやはり自分で行った方が早いと思った。
「さて戦場は北の方でしたね」
行動は夜に移動、地面を滑るような速さで進み、見つかりそうな場所では上空に飛んでやり過ごしてムーベに向かう街道までやって来た。
「ここが前線になるんですね」
眼下には大勢の兵士達が野営を行い僅かな休息を取っている焚き火が見えた、それほど負け戦という雰囲気のない兵士達の姿に、本当に援軍が必要なのかと疑問が浮かんだが、これも任務と割り切りグルバヌスはムングロの首都まで戻って人気のない場所で焼き石の印を焼いた。
「これで良し」
今後ムングロだけではない沿岸州全てを掌握しなくては北方までの道がない、これはその序章となる、ここで成功させて足がかりにしようと踏んだからこそガウリスは要請を受け入れ、この任務の意をくみ取れと自分に持ってきたと思っている。
(これまでは協力という形でしたが、今は部下の立場ですか……変な気分ですね、昨日の敵が今日の友とは)
「さて今日は帰り明日皆さんを連れてムングロ国王に挨拶に行きますか、あまり人と会いたくはないのですが部隊を率いるのが私ですからね」
任された仕事だけなら楽なのだが、エストラで随分と慣れてはいたが儀礼的な政治も行わないといけないのはやはり苦手である、ましてや初対面の人がみれば驚かれるのが分かっていて会わないといけないので、こういう時だけは誰かに代わって欲しいと思っていた。
準備の出来た魔導部隊が修行場に集合し、皆がグルバヌスに注目していた。
全員は連れて行かない、使えそうな者だけと前持って聞かされていたので、グルバヌスが誰の名を呼ぶのか目を輝かせて言葉を待った。
次々と名を呼ばれ喜ぶ者と、まだかまだかと呼ばれない自分の名に焦る者とで二分していった。
「以上です」
あああぁと呼ばれなかった者達から悔しい声が漏れると、グルバヌスは残された者達に対して、次の任務では変わるかも知れませんので頑張って修行をしておいて下さいと慰めた。
「作戦は現地に着いてから説明します、では出発しましょう」
グルバヌスはカリン、ラーダの他に魔導部隊から十二人の魔道士を連れて導路に消えていく、それを残された魔道士達は羨ましそうに青い導路が消えるまで眺めていた。
雪が降らなくなって澄んだ青い空から陽光が大地を覆っている積雪に降り注ぐ。
溶けて行く雪は宝物のように光り、照り返す明るさに目がやられそうな白銀の世界になっていた。
通りは踏みしめた人々の足跡が小さな小川となって一番早く溶けて地面が顔を見せていく、町中なら石畳で濡れるだけだが舗装されていない街道ではドロドロになった泥の跳ねっ返りで足元は酷い事になってしまう。
そんな雪解けの活動時期に国に号令が発令される、エスタルである。
「ローザンからの返答である、我が国はエスタル王暗殺に関与しておらぬ、何条を持ってあらぬ疑いをかけるのか、エスタル王国はその力を持って我が国を脅迫するとは横暴である、我がローザン王国は断固として否定する」
右大臣から述べられたローザン王国からの書状に大広間からどよめきが起こる。
「何たる言い草だ、犯人も捕まえているというのに」
諸侯達の怒りの声をじっと聞いていたマルティアーゼが壇上に上がり、一同に振り返ると、
「今聞かれたとおり、ローザン王国国王の返答をエスタルは到底納得出来ません、直接問い質す為にローザンに向けて出立の準備をお願いします、陣頭には私が立ちます」
「マルティアーゼ様、やはりお考えは変わられないのですか?」
「変わりません」
右大臣のコドスが聞いた、まだ正式に国王に就いていないとはいえ次期エスタル国王であるマルティアーゼがローザン王国に赴く事に反対していた、しかし彼女の意思は強く、ローザン国王には自分が行かなくてはならないとコドスの心配を余所に決意は固かった。
「全ては私が何もしてこなかった所為なのです、私が動くと迷惑になる、大人しくしていれば良い、何もしなければ良くなると思っていたのに、それでも周りの人達は傷付き、命まで落とすまでの事が起こってしまったのです、もう私の事で迷惑はかけられません、自分の事は自分で決着を付けたいのです、どうか私に力を貸して下さい」
マルティアーゼは静かに頭を下げた、皆の目に王に成りさえすれば彼女の一言でどうとでもなる臣下達に対して頭を下げるなどと驚き、彼女の真摯な願いに涙を零す者も居た。
さっと全員が腕を胸に置き、我がエスタルの為にと一斉に大広間に大声量が木霊した。
今からサスタークに通行許可を取り付け、準備に取りかかれば出発の頃には雪も解け歩きやすくなっている頃合い、一刻も早くローザンに向かいたい気持ちを抑えてマルティアーゼは毅然と一同に号令する。
「何としてもローザン王には罪を償って貰います……向かうはローザン王国、出立の準備を!」
はっ、と一同は答えると踵を返してザッザッと布の擦れる音が謁見の間から遠ざかっていく。
(やっとこの時が来た、長かった……雪の季節の終わりはお姉様の終わりでもあるのですよ、もう言い訳は不要、罪を償って貰います)
これまでの年月、共に過ごして記憶は少なく嫌がらせばかりの日々だったが、それでも姉だと信じ家族を一番に考えて仲良くしようとしてきたがディアンドルの心が変わる事はなかった、彼女は更に憎しみを募り、マルティアーゼの兄や両親を殺すだけではない、実の両親までもその手にかけ国を乗っ取る事までしたのだ。
こうなればもう許すなんて出来ない、自分の甘さが招いた結果が原因であるなら己の愚かさに嫌気が差す。
(全て終わらせるわ、何もかも……全てを無に帰し全てを始める、私が原因ならもうそれでも良い、壊される前に壊せば良いのよ、邪魔をする物全てを……)
「うおっ……」
皆が出て行った大広間に一陣の風が吹いてコドスが驚き窓を見た、外からの風ではなかった、それはマルティアーゼ自身の周りから発生した突風で、生き物のように彼女を包み込み巻き上げた白銀の髪が逆立っていた。




