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グルバヌスは自室で一人この状況に対して思考を巡らせていた。
自分で考え抜いてキエヌ王に取り立ててくれるガウリスの言葉を受け入れキエヌ王国までやって来たのだが、すんなりと事が進むのがグルバヌスは怪しく感じていたのだ。
(これまではキエヌとエストラの諸侯として対等な立場で会話をしていたが、これからはキエヌの臣下としてやっていく上でガウリスは大公で自分は臣民となる、言わばガウリスが上司になるようなもので対等な立場とはいかなくなる。
もっともこれまで馴れ馴れしくした事は無かったが、今まで以上にガウリスに対する節度を保たなくてならないのだ。
(奇妙な関係になりました、敵から味方になるというのはこんな感じなんでしょうか……ガウリス様どの様に私達を見ているのでしょうか、エストラ攻めを阻止しキエヌ兵を殺した私に対して憎しみや憤りなんかはないのでしょうか)
お互い腹を割った話をした事なんてない、もしかすれば自分達は騙されているのかも知れないのだ、しかしそれならキエヌ国内に敵を招き入れるような事をせずとも、その都度必要な時だけやり取りすればいいのではないかと思う。
わざわざ臣下にまで取り立ててくれるような煩わしい手回しをするのかと考えれば、本当に自分を信じて手を差し伸べてくれたと思って良いのかも知れない。
「ううむ、私達にとっては良い事なんですが利用されていそうな感じがするのが引っ掛かりますね」
これまでの経緯を考えたらそう思わずにはいられなかった、敵として妨害をしたり密約を交わしたりしてきたのだ、お互い国の利害の為の行為は表と裏の顔があるので互いに本心では語らっていない事が、グルバヌスに何かの策謀かと疑問を抱かせていた。
一度疑い始めるとあれもこれもと勘繰ってしまうのがグルバヌスであり、部屋を歩き回りながら立ち止まっては、もしやあれでは、しかしこうでもあると一人ぶつくさと思考の沼に陥って過ごしていた。
時間だけが過ぎていきカリン達の事さえも念頭から外れ、部屋の扉が叩かれるまで気が付かず我に返ると暗闇の中にいた。
「はい」
そっと扉を開けると女官が蝋燭を持って立っていた。
「きゃあぁ」
暗闇の中に浮かんだグルバヌスの顔を見て女官が悲鳴を上げる、グルバヌスには自分で呼んだくせに人を見て驚く事にさっぱり分からなかった。
「ど、どうされました?」
グルバヌスが腰を抜かしてへたり込む女官に声をかけると、
「もも、申し訳ありません……そ、そのなな、なんでもありません、しょ……食事のご用意が出来ましたので食堂へと……」
女官は声にならない震えた声で答える、それがグルバヌスである事が分かった後も動悸が抑えられぬ様子で何とか平静を取り戻そうとしているのが見て取れた。
彼女からすれば扉が開いたと思いきや、暗闇の中から死霊のような顔が浮かんでいる様に見えていた、それがぬるりと動いて迫ってくるのだから驚くのも仕方なかった。
女官を助け起こしても彼女は腰に力が入らないのか、老婆のように腰を曲げよたよたとグルバヌスを食堂へ案内しようと歩き出す。
「そんな体では、無理をなさらずとも場所を教えて頂ければ一人で行きますよ」
自分の所為なのかと不本意ながらもグルバヌスは優しく女官に言う、彼女は職務を熟さなくてはと大丈夫ですと返事をしながらも廊下を歩き続けた。
「……こちらです」
と青ざめた顔で食堂まで案内した女官を心配する様子で礼を言った。
「……」
食事の前にもやもやするような気分のまま部屋に入ると、そこには既にカリン達が食事をしていた。
「もう食べていたのですか……」
「美味しいぞグルバヌス」
「もっと味わって食べないといけませんよ」
美味しそうに料理を頬張るカリンは、ラーダとこれ美味しいねと話ながら食事を楽しんでいた。
今日来たばかりだというのにもうこの環境に適応している二人に、グルバヌスは頼もしくもあり羨ましくもあった。
(私がこんなに悩んでいるというのに、彼女達は不安とか心配事とかないのでしょうか)
「グルバヌス様も早く召し上がった方が宜しいのではないですか、料理が冷めてしまいますよ」
ラーダに促されて席に着くが食欲はそれ程なかった。
「はぁ、あまりお腹は空いていないのですが……」
折角出された料理なのだから一口ぐらいはと、目の前の料理に手を付けてみた。
ぱくっ、煮込んだ肉料理を口に入れた途端、グルバヌスは目を見開いた。
「これは柔らかい肉ですね、それにこの甘辛いスープが肉に絡んで……」
「そうだ、それもの凄く美味しいんだぞ、私なんかお代わりして貰ったんだ」
カリンが自慢げに言ってくる、これは彼女の言う通りお代わりをしたくなる程の美味しさである。
肉料理といえば大抵が焼き肉で、地域毎の特徴ある香辛料で味付けされたものが普通であったが、ここキエヌでは煮込み料理として使うようだ。
長時間煮込んだ肉はほろほろと口の中で崩れるまでに柔らかく、噛む必要がなく茶色い濃厚なスープと絡んで一緒に飲める程だった。
「ううむ……」
珍しい料理ではあるが食べた事が無いわけではない、サスタークに行けば煮込み料理はあるが向こうはゴロッとした肉の塊で、ここまで柔らかく煮込んだ肉は初めてだった。
「世界各地にそれぞれの地域にあった肉料理はありますが、キエヌ料理がこれ程までとは思いませんでした」
戦闘国家として武力ばかりが目立つキエヌ王国に、こんな裏の顔が隠れていたなんて、それだけガウリスという男の存在が強すぎて他の事が霞んでいたようだ。
もっとキエヌ王国について調べれば他にも驚くような文化が見つかるかも知れないと思った。
「良い国だな、気に入ったぞ」
カリンが横柄に喜ぶ。
(いやいや、食事だけで良い悪いを決めるなんてどれだけ単純な子ですか)
しかし此処に来るまで緊張していた二人が和やかに食事をして喜んでくれて一安心だった、住居もなく放浪する生活よりも何処かの国で生活基盤を作る方が彼女達の為にも良いはずだった。
(ふむ、力はあるとは言え三人でギルドに対抗するには無理がありましたからね、キエヌに対して考えすぎだったのでしょうか……私だってキエヌの事を何でも知ってるわけではないですし、私達が知ってる一面でしかなく、本当はキエヌの人達は優しい人達で、国を守る為に仕方なく戦い続けた結果、練度の高い戦士になっただけなのかも知れませんね)
これにグルバヌスはキエヌでの生活が安定出来たならキエヌの歴史について調べてみる価値がありそうだと思い、それまでは偏見で物事を考えるのは止めようと思った。
「お二人に伝えておく事があります、私達がこの国の一員になるのにはこの国の王様に認められなくてはいけません、知っての通り今、王様はご結婚されてメラルドにまだ滞在中、それまでは今の部屋での生活となりますがあまり出歩いたりせず王様が帰ってこられるまで大人しくしていて下さい、騒ぎを起こして印象を悪くするとこの国から追い出されてしまいますからね」
二人からは~いという間延びした返事をしてきて、本当に分かったのか直ぐに二人は料理について会話を始めた。
キエヌ初日の夜はこうして緩やかな時間が過ぎていった。
国王不在の中でガウリスは政務を行い、戦後処理で大変な所にグルバヌス達の対応をしたりと多忙を極めているのが分かっているので、グルバヌスも自室で大人しく国王からの拝命を受けるまでは静かにしていようと思っていた。
新たな生活、これからのギルドへの対応、そしてマルティアーゼがいるエスタルの状況と彼には考える事が沢山あった。
それにもう一つグルバヌスには問題が増えていた。
(あの魔道士……マールさんの仲間のようでしたが、あの魔道士に借りを返さなくてはいけません……マールさんとの間柄を邪魔をするのもそうですが、魔道士としてあのままで終わらせるつもりはありませんよ)
グルバヌスは傷付けられた魔道士の誇りをかけて、バルートを新たな敵として標的に定めていた。




