1044 足固め
グルバヌスはカリンとラーダを連れてキエヌにやって来た。
今回はガウリス大公からの申し出にキエヌ王国民になる事を決めたので、今回は忍んで入国せず正規の手順を踏んで正々堂々と検問所から入ってきた。
何度か正式に使者として通った事がある検問所で、相手がグルバヌスというのが分かった兵士達が緊張した面持ちで対応していた、しかもガウリスの署名が入った通行証を持っての事でどういう事か聞かされていなかった兵士達は、戸惑いながらも署名は本物という事で通してくれた。
「なあグルバヌス、キエヌは敵国じゃなかったのか?」
カリンが不思議そうに聞いた。
「今の私達にとっては敵ではありません、私達はエストラ国民でもない只の旅人なんですからもうキエヌと敵対する必要もないのです、だからこそ此処の大公様が私達の済む場所を提供して国に呼んでくれたのです」
「もうエストラには戻れないのでしょうか?」
ラーダ達は良くしてくれたダント候宅の皆の事が忘れられないようで、戦争が終わったのだから帰れるのではと思っていたようだ。
「エストラは戦争で負けました、今はキエヌ兵がエストラに常駐している状態、敗戦国になったエストラに帰るなんて出来ませんよ、国どの様になるのか分からないのですから」
「じゃあ戦争に参加されたダント様達は死刑になるんですか?」
「いや……その様な事は、ないと思いたいですが」
グルバヌスもそれについては自信を持ってならないとは言えなかった、ガウリスには私の大事な人達を守りたいとは伝えたが、ちゃんと分かって貰えたのかどうか曖昧な返事しか貰っていなかったからだ。
丁度今からガウリスに合う、エストラの処置についてどうするのか直接聞けば良いと話す内容を頭に叩き込んだ。
戦争が終わって随分経つのだがキエヌ国内はいまだ厳重な警備を敷き、等間隔で街道上に兵士達が警備していた、いつまた出動要請が出るのか分からない状態の張り詰めた雰囲気の中、グルバヌス達は首都へ向かっていった。
新年を物々しい雰囲気で迎えた両国にとって何たる年だと憤りを感じている事だろう、だがもうキエヌに対抗する敵はいなくなったのだ、そう思えば後はエストラの戦後処理を終えるまでの辛抱だとどこか余裕も感じられた。
メラルド街道からキエヌに入り、一つ、二つと町を通過して首都クロムバンドへ南西に進んでく、丈の低い林から木々が太くなってきた。
吹き付ける風にも何となく湿り気もある、海に面している国とはいえ大海原まではかなり遠く匂いも青い景色の欠片すら見えてこない場所で、最初に感じられるのがこの風だった。
「キエヌにはこんなに木々が一杯あるんですね」
「海を持つ国ですのでもっと西に行けば見えてきますよ」
エストラにはオアシスの決められた場所に植樹された木々があるぐらいの殺風景な国だったので、こんなに近い国でもまるで正反対な環境に驚いていた。
「ふんっ、北方では珍しくもないよ、私は北方に帰りたいよ」
カリンはあちこち連れ回されて不満源な様子な所に、グルバヌスと仲良くするラーダを見て焼きもちを焼いていた。
「北方に比べたら温暖で過ごしやすい場所ですよ、ただ時折雨が長引く時期もあるので注意が必要です」
カリンの愚痴も意に介さずグルバヌスはキエヌという国の説明をし始めた、しかしグルバヌスもそれ程キエヌの事を知ってるというわけでもなく、数少ない情報を二人に教えた。
森の街道を抜けるといきなり青空が三人の頭上に広がった、視界一杯に家々が立ち並んでいるのが見え、一際高く聳える建物が家々の隙間から突き出ているのが見えている。
「あの高い建物がお城です」
密集する家を縫うように城を目指す、家屋はその家主の趣味か木造と石造と半々で統一感はなく三階建ての家もちらほらと、上空から見る事が出来ればより一層統一感のない町並みに見えただろう。
「迷いそうな町ですね」
「初めの内はあまりうろうろすると迷子になってしまいますよ、あの城を起点に道を覚えておくと良いかも知れません、それとキエヌには魔道士もいますので軽々しく遠話での会話は控えて下さい」
「魔道士が居るのですか?」
ラーダはこの南方には自分達しか魔道士は居ないと思っていたので驚いた。
「えぇ、まだ創設されたばかりで見習い程度の実力ですが、キエヌには魔導部隊というものがあるのですよ」
「ふっ、見習いか……この大魔道士様の力を見せて驚かしてやろう、ふははっ」
「ま、まぁ……現状ではカリンの方が実力は上ですが、修行を怠っていると直ぐに抜かされてしまうかも知れませんよ」
「私が負けるはずがない」
自分より下の魔道士が居ると聞いて、カリンは元気を取り戻したように自慢げに言う。
「さぁ城に入りますよ、ダント様と同じように行儀良くして下さい」
城に入る前に二人に忠告をすると、グルバヌスは城の門番に声をかけた、もう何度も来た事があるグルバヌスを見た兵士と軽い挨拶をすると直ぐに伝令を走らせてくれた。
暫くの後、城からやって来たガウリス大公は、頭を下げたグルバヌスとカリン達を見て笑顔を見せる。
「これはグルバヌス殿そちらが例のお二方ですな、これは可愛らしい魔道士だ、さぁ遠慮は要らぬこちらへ」
大公直々に迎えられるグルバヌス、事情を知らない兵士達はその光景に緊張の面持ちで彼らのやり取りを見守っていた。
「それで本当に私達はこの国に来ても良かったのですか、国王陛下からは反対されなかったのでしょうか?」
「ほっほっ、その様な事はない、陛下は寛大なお方だ、まだお若いが客観的に物事を見られるお方、昨日までの敵であろうが有能な人材であれば登用に躊躇されぬ」
「ですが陛下はまだメラルドにおられるのでは?」
「うむ、こちらが平時に戻るまではメラルドで王妃様とごゆるりして頂いておる、せっかくのご成婚を戦後処理で台無しにさせられぬしな」
「そうですか」
国王不在でも国家運営が滞りなく進むのはガウリスという信頼置ける臣下がいるお陰でもあり、実質ガウリスが国を動かしているようなものと捉えられる。
「まだ陛下からグルバヌス殿達の承認を受けたばかりでまだ住む場所など諸々を決めかねていた最中ですので、当分はこの部屋をお使い下され」
城の来賓室を二つ用意してくれていて、部屋の前にはそれぞれグルバヌスとカリン達の為に女官も付けてくれていた。
「陛下から正式な拝命を貰うまでは客人として扱わせて頂く、陛下が出来る限り早くお戻り頂ける様にエストラの処理を済ませるつもりだが、グルバヌス殿にはそれまでご不便をおかけする、入り用があれば何なりと女官をお使い下され」
「いえ、ここまでして下さり有り難う御座います」
グルバヌスは礼を言った、ガウリスは女官達に目配せで合図を送ると、
「ではお部屋にお入り下さい」
カリン達の部屋の女官が二人を連れて部屋に消えていくと、
「グルバヌス殿、少々お話を……」
「はい」
ガウリスはグルバヌスを部屋へ誘うと、女官はお辞儀をして部屋の外で待った。
「まずは儂の要望に応えて下さり感謝致しますぞ」
「いえいえ、こちらこそ行き場のない私達を受け入れて頂きまして有り難う御座います」
と、儀礼のような挨拶から始まった、しかし二人が話したい事は別にあった。
「ところでエストラのその後ですが……」
話を切り出したのはグルバヌスからだった、戦後のエストラがどうなったのかどうするつもりなのかを聞きたくて仕方が無かった。
「心配は無用ですぞ、今の所、暴動もなく静かなものです」
「いえ……私が知りたいのはゼペス王やダント様の処置の事でして、何も無しとはいかないのでしょう?」
「当然、戦争を仕掛けてきた相手の代表なのだ何も無しとはいかぬが」
「やはり極刑……になるのですか?」
敗戦国となったエストラの戦争責任は国王の責務でもある、キエヌには生殺与奪がありこれは免れないかとグルバヌスは項垂れた。
最後はグルバヌスの言葉にも耳を貸さなかったとはいえ、これまで色々な面で助けて頂いた国王なのだ、今のグルバヌスに他国の揉め事に口を挟む事は出来ないと分かっていても何とか減刑出来ないものかと目で訴えた。
「グルバヌス殿はまだ客人の身、国家の内政まではまだ教える事は出来ぬが悪い様にはせぬので心配せずお待ち下され」
「それは重々理解はしているのですが、どうも気になってしまって……」
「それよりもこの先の事を考えて置いた方が宜しいのでは?」
「先の事?」
「北方です、我が陣営に入られるのだ今後は我々が目指すものに協力して貰わねばならぬ」
「そ、そうでした……」
エストラに気を取られて北方の事にまで気に掛けている余裕がなかった、国王暗殺がギルドにばれて手配中の身でもある、少なくともエストラから出た身なので直ぐに追っ手が来る事もないだろうし、キエヌの臣下になれば魔導部隊もあるのでそれなりの防衛はエストラより強固なものとなる。
(魔導部隊の強化が私の役目になりそうです)
自分の身を守る為の手段にもなると考えたグルバヌスは、新たな生活基盤をキエヌで築いていこうと思った。




