1043 終雪
雪の季節も後半に入り、吹雪く事も稀となって穏やかな降雪になっていてそろそろ雪が終わる時期かと感じさせた、とはいえ天気はどんよりと暗く気温も低いので外での作業はまだ先のようだ。
唯一の屋外での作業で雪かきが楽になったのは人々には喜ばしい事だった。
毎日必ずしなくてはいけない雪かき、吹雪いていようが除雪しなくては一日で身長まで積もる事がある雪で家屋が破損したり押し潰されては元も子もない、それが緩やかになった事で二日に一度の除雪で済むようになった。
筋肉痛の季節とも言われ、この季節を明ける頃には立派な筋肉質な体になってる者も多い、またこの季節で鍛えようと喜ぶ者もいるぐらいだった。
当然魔道士に筋肉なんて必要はなく、デビット達の家で楽しんで雪かきをしているのはカルエぐらいなものだった。
毎日元気に町での生活も問題なく過ごせるようになった彼女を見ていると弱音を吐く事が出来ないでいた、スーグリも剣士なので体は丈夫な方だったが体力ではカルエには勝てそうになかった。
「出来たぁ」
万歳をして料理が出来た事を声を張り上げて叫んだ。
「さぁバル、私が作った料理だ、残さず食べろ」
出された料理とは根物を細く切ったものと葉物を手で千切っただけの野菜の盛り合わせ上に、ふかした芋を潰して香辛料と混ぜて作った練り物が乗っていた。
「……」
それをバルートはどこか懐かしそうに見つめた。
「どうした食べられないって言うのか、野菜はやっぱり生が一番美味しいんだぞ」
「いや、そうじゃないです……」
バルートは黙ってカルエの出してきた野菜盛り合わせに手を付けてみた、彼が食べているのをカルエはじっと見つめル。
生野菜のシャキシャキする音と芋の練り物を口に含むと味わいながら喉に通す。
「胡椒と塩加減が良い味してるです、美味しいです」
「そうか、そうだろう、はははっ」
バルートの感想にカルエが喜ぶと、もっと食えと急かしてきた。
「あわわっ」
「カルエさんそう急かさないで野菜しか出て来てないよ、料理が並んでから皆で食べよう」
デビットが助け船を出してくれたお陰でバルートは夕食が野菜の盛り合わせだけにならずに済んだ。
台所からもくもくと水蒸気が立ち込め始めるとそれに伴って良い香りが漂ってくる、料理の完成が近い事を感じさせたデビット達は食器を並べ直して席で大人しく待った。
「はい、出来ましたよ」
スーグリが一皿一皿に出来たてのスープをよそって卓に置かれていくと、目の前には黄金のスープに色々な野菜がごろごろ入っていて、ちゃんとバルートが喜ぶであろう肉の塊も入っていた。
「わあ凄い」
バルートの第一声が感嘆だった、そして隣に置かれた一口の大きさに切った焼き肉が用意されると更にバルートの目が輝いた。
「やった肉だぁ、野菜ばかりかと思ってたです」
「野菜も食べないとって言ったんです、私はそんな嫌がらせはしませんよマルさんじゃあるまいし」
とスーグリは言った。
「あうご免なさい」
皆揃って席に着いたのを見てデビットが頂きますを言うと、他も同時に頂きますの声が流れる、カチャカチャと食器の音だけが聞こえ、皆一心不乱に目の前の料理に舌鼓を打っていた。
バルートは喉から声が漏れ、うううっと唸りながら肉を口に放り込んでは噛みしめ、滴る肉汁にご満悦の様子だった。
女性達との会食だけでもいつもより食事が美味しく感じられた、彼女達から漂う香りもその場の雰囲気に和みを持たせ気分良く食事が出来た。
「ご馳走様です、ぷはぁ美味しかったです」
スープを三回もお代わりをして膨れたお腹を手で叩きながらバルートはご馳走様をした。
他の者はまだゆっくりと食べているのにバルートの早食いに皆呆れていた。
「バルさん、ちゃんと噛まないと消化に悪いですよ」
「スグリちゃん、前はもっと食べてなかったですか?」
記憶ではよく食べていたと思っていたスーグリにバルートが聞いた。
「……控えているんです、最近運動していないのに前みたいに食べていたら太っちゃうじゃないですか」
顔を赤らめながらスーグリが答える。
「女の子だからね、バルさん女の子はそういうのを気にするのさ」
「当然です」
デビットの言葉にスーグリは即答した。
「だから野菜ですか、僕は肉ばかり食べても太らないです」
にこっとするバルートにスーグリの鋭い視線が飛んで来た。
「へえ、良い体ですね、中がどうなってるのか捌いてあげましょうか?」
「ひい」
バルートは恐怖でガタガタと歯を鳴しながら謝った。
「ぼぼ、僕、ご飯も頂いたしもう帰ろう……かな」
そろりと椅子から立ち上がると、バルートはご馳走様でしたと叫びながら走って家を出て行った。
「あぁあ帰っちゃったね……マルの事になるとすぐムキになるから、バルさんかなり怖がってたよ」
「別にムキになんかなってませんよ」
「マルはもう王女様なんだ、私達にはもう届かない場所にいるんだし、目標にするのは良いけどそんなにムキにならなくても良いんじゃないかな」
デビットが諭す様に伝える。
「だからムキになってませんよ、ただの旅人の時に出会って傭兵ギルドを作って過ごしていたら本当は公女様だったなんてだけでも驚きなのに今度は王女様ですよ、次は王様にでもなるつもりなんですか?」
とスーグリは憤慨して言った。
「はははっ、どんどん離されていくのが寂しいのは分かるけど、それを周りに当たるのは良くないよ、カルエさんなんて気にしてないんだしさ」
「私にとってはマールはマールだ」
澄ましたように料理を食べながらカルエが言う。
カルエの中では此処は別世界、そこの住人がどんな人物であろうがカルエ達の世界とは関係がない、カルエからすればどんなに偉い人であってもただの一人の人間でしかない。
「うん、カルエさんみたいに他人は他人、どんなに願っても他人にはなれない、スグリがマルみたいに成りたいと思うのは悪い事じゃないけど、もしマルのようになれたとして周りからマルみたいと褒められたいかな、俺だったら自分を褒めて欲しい思うけど、スグリはどの様に見られたいの?」
「言われなくても分かってますよ、マルさんにはなれないって」
ふて腐れた様にスーグリは答えた、それに納得したようにデビットは頷くと、
「マルと比べられるのは気分は良くないけど、スグリは本当に綺麗な女性なんだからこれが私よと言えるぐらいもっと自信を持っても良いと思うんだ」
「うんうん、スグリは美人だ」
とカルエも頷き賛成した。
「あ~もう食事中ですよ、静かに食べて下さい片付けが出来ないじゃ無いですか、全くもう」
ぶつくさ言いながら食事をするスーグリにデビットは笑ったが、彼女も理解してくれたと信じてそれ以上何も言わず大人しく食事を続けた。
だがスーグリの言ったマルティアーゼが王様になるという言葉がもうじき現実になるとは思いもしない事だっただろう、いやその前にローザンで姉妹対決が行われる準備が着々と進んでいる事すら知らずにいた。
雪深い季節の中で人々は寒さに震え、身を寄せ合いながらの生活していても物事が停滞しているわけでもない、確実に歴史に書き込まれる内容が現実のものになろうとしていた。
デビット達にはまだファリス王死亡の声が聞こえてこない。
彼らもまだ解決出来ていないグルバヌスの問題があるというのに、彼らの耳に情報が聞こえてきた時、一体どの様な衝撃を受け何が起きているのか混乱をきたすのは明白だった。
季節が目覚める、溶ける雪は歓喜の涙か。
刻一刻と暖かくなる気温に意識が呼び起こされる雪の一日であった。




