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フィッシング達の責め苦に耐えきれなくなったバルートは逃げるように飛び出しデビットの家に向かった、いくら力を付けたと言ってもそれでやる気が湧いたかといえばそうではない、逆にまたグルバヌスがやって来た時に相手をさせられる重荷が恐かった。
(あの時は無我夢中だったし死にたくないから戦っただけだから、あんな戦いをこれから何度も出来る自信なんてない)
辛勝の戦いにまた戦っても必ず勝てるなんて保証もないのに、皆からの期待に応えられるはずもなかった、出来るならあのままグルバヌスが死んでいてくれるのを望んでいた。
「それで来たんだ」
にこにこしながらデビットが答えた。
「俺からすればバルさんの力は羨ましいと思うけどね、これまで出来なかった事が出来るようになるんだ、もし俺にバルさんのような力があったならローザンでグルバヌスに負けなかっただろうし、そこで倒していればマルだって今頃はもう少し平穏な暮らしが出来ただろうなって思うんだ」
「あう、僕だってこんな力があるなんて知らなかったし、お爺さんに立派な魔道士になれって言われたのは魔道士の資格を取る事だと思ってただけで、まさか中級になれるなんて思ってなかったです」
「素質があったのをお爺さんは感じていたんだよ、もっと自分に自信を持たないとお爺さんに申し訳無いよ」
「……ううっ」
だからって何故僕が、という思いがバルートにはあった、そりゃあ強い力に憧れではあるが誰かに期待されたり注目を浴びたいから欲しいというのではなかった。
ただオルサが喜んでくれる、オルサと同じ魔道士になりたかっただけだ。
バルートにとって優しいお爺さん、ヴァンでは手配中の強盗団の一員と知った時でも嘘だと思うぐらいに優しかったお爺さん。
彼はもうこの世には居ない、エスタルに向かう途中で捕まり処刑された事を聞いたバルートにもう故郷はなかった。
天涯孤独になったバルートの最後の望みは魔道士になる事だと此処に来た、そして多くの友人に出会い居場所が出来た、それだけで満足だった。
ひっそりと皆の後ろで楽しい日々を過ごせていれば良かったのに、今では皆に期待される中心人物になっていた。
「だって僕は人前に出るのが苦手だし友達を守りたい気持ちはあるけど……」
「そうだねえ、あんまり思い詰めるのも良くないけど、バルさんのいう期待されてるっていうのは少し違うと思うな、バルさん一人に押し付ける意味じゃなくて、多分お魚さんやミサさんの言ってるのはここぞと言う時に助けてくれる期待感のようなものじゃないかな、背中を守ってくれる人間がいるから安心するって意味だと思うよ」
「あう、そうなのかな」
デビットはそう言うが、あの二人の事だから信じられなかった。
これまで何度も騙され恐い思いをしてきた実績があるので、デビットのような考え深い人はそう思ってもあの二人がそこまで深い考えがあるとは思えなかった。
「俺もバルさんには期待しているよ、皆仲間なんだ……一緒に戦う中で背中を守ってくれる人がいるってのは安心出来るからね、バルさんは皆を見守っていざという時に助けてくれるだけでも勇気を与えているんだよ、だからお魚さん達も少々の馬鹿な事が出来るんだよ」
フィッシング達の悪口みたいな感じになってしまい、はははっとデビットは自分で言った事に笑った。
「本当にそれで良いのかな、そう言ってくれると少し落ち着くです」
デビットがそう言ってくれただけで少しホッとした、この安心感も仲間というものが出来たお陰だ、もし一人だったら毎日が苦悩でどうにかなっていたかも知れずデビットのような理解者がいて本当に良かったと思った。
「スグリちゃん達は今日はお出かけですか?」
「あぁ買い物に行ってるよ、この雪の季節でも新鮮な野菜が売ってる隠れた八百屋があるんだよ、干し肉ばかりじゃ体に悪いからって雪が弱まった時に買いに行ってるんだよ」
「そんなお店があるですか……」
「バルさん達も偶には新鮮な野菜も食べないといけないよ」
「僕はお肉だけでも満足です、サスタークなら毎日肉料理を食べに出掛けるです」
「ははっ、それはスグリの前で言うと目の色を変えて怒るからね、最近健康に気を遣うようになったみたいなんだ」
デビットと二人で会話を楽しんでいると、買い物から帰ってきたスーグリ達は籠一杯の野菜を持っていた。
「バルさん来てたんですね」
「お邪魔してるです」
「今日も色々な野菜を買ったんだね」
「野菜スープばかりじゃ駄目だと思って、今日は芋料理に挑戦しようと思ってるんですよ、そうだバルさんも食べていって下さい、そっちじゃ肉ばかり食べてるんでしょう」
「……うう」
図星を突かれて黙り込むバルートに、
「バルは野菜が嫌いなのか?」
とカルエが笑う。
「……嫌いって訳じゃないです、肉か野菜なら肉の方が好きってだけです」
「何でも食べないと強くなれないぞ、それにスグリの作る料理は何でも美味いしな」
カルエが自慢げに二の腕に力こぶを作る仕草をして強いんだぞとバルートに示してみせた。
「あわわわ」
というわけで、ほぼ強制的に晩ご飯を食べる事になったバルートは、スーグリとカルエの二人が台所で料理をする後ろ姿を見ながら、
「良いですね、女の子二人が毎日料理をしてくれるって、僕ん家なんか皆の干し肉を用意してお魚さんのお酒を卓に置くだけです」
と、デビットの食卓の風景と男所帯との差を思い知らされた感じだった。
可愛い同年代の女性二人との同居、男性にとってはまさに夢の様な状況だ、しかもアルステルで人気のあるスーグリがいる。
アルステルの祭りでその年のお姫様を決めるアルステル姫祭りで、お姫様のような格好は出来ないとスーグリは演舞を披露したのだが、それが却って注目を浴び今でも人々の中で印象が強い様だ。
お姫様には選ばれなかったがアルステルの男達の間では常に話題に上る女性となっている。
「スグリちゃん大人っぽくなったです、後ろ姿だけならマルさんを思い出すです」
「あっ」
デビットが声を漏らすが早いか、スーグリの料理をする手が止まりくるりと振り向いてバルートを睨んできた。
「バルさん……後ろ姿だけってどういう意味ですか、髪の色も違うのにどうしてマルさんを思い出すんデスカ? 私は私ですよマルさんじゃないです」
虚ろな瞳に光が見えず、見つめてくる視線が恐かった。
「へっ、いや……そうだけど、スグリちゃんも背が高くなったなって思って……です、ご免なさい」
何故かは分からないがバルートは無意識に謝った、そうしないと危険な事が起こりそうだと肌で感じた、するとスーグリは無言で台所に向き直り料理の続きを始めた。
はぁはぁ、グルバヌスと会った時と同じような激しい動悸がバルートに起きる。
「バルさん駄目だよ、スグリにマルと比べるような発言をしちゃあ、マルが王女になってから更に追い抜くんだと息巻いてるんだから」
デビットが小声でバルートに教えるが、
「デビさん全部聞こえてますよ」
「あっいや、別に悪口じゃないんだから良いじゃない、皆スグリが綺麗になってきたと思ってるよ」
「それ……思って無い人も居るんですか、誰ですか?」
「例え……いや違う、俺のバルさんもお魚さん達だって皆そう言ってるんだよ、スグリは綺麗になったって言ってるよ」
デビットは曖昧な言葉を飲み込んで訂正した。
「ふうん、じゃあ今度お魚さん達に会った時に私の事を聞いてみますからね」
スーグリの言葉に嘘だったらどうなるか分かってますよねと、含みのある言い方にデビット達は青ざめて目を合わせた。




