1041 雪の日の決意
部屋に戻ってからもタリアはエスタル王死亡の事実に驚いていた、エスタルの歴史に未だかつてない状況に、今後魔導の世界がどうなるか誰も予想は付けられないだろうと思う。
その一番の不安はエスタル王家だろう、唯一生き残ったのがマルティアーゼ王女しかいない、彼女の他にはダンク王やイングリンス王の遠縁となる男子が居るが、彼らには王家の紋章は継承されていない。
「エスタルは王家の紋章を持つ者が治める国、それがエスタルという国家の象徴なんだ……これまではその象徴がいたから国民も魔道士ギルドもエスタル王に従い、世界から一目置かれる存在として成り立ってきたんだ」
その王がいなくなったとなるとエスタルだけではない、世界の調和が崩れるのではないか、全ての魔道士が一人の魔導王からの束縛の解放され、自由となった身で魔導を悪用する者達が増えるに決まっている。
弱肉強食の世界、俺こそが私こそがと各地で争いが起こり混沌とした可能性だってある、今はまだその様な事が起きていないのは魔導が使えなくなるのではないかと戸惑い、静観して状況を見守っているに違いないとタリアは思っていた。
「ギルド長達上位魔道士がどう判断するかだな、野心を剥き出しに本心を現すか、秩序維持と考えエスタル王に代わってギルドを束ねるか、これは野良にとっては朗報となるか否か……」
ギルドの崩壊となれば命を狙われている野良魔道士はもう追われる心配がなくなる、エスタル王を嫌い打倒を掲げて修行する野良達も目的を変え、純粋に力を求める世の中になる、それにもう隠れる必要も無く堂々と闊歩出来るというものだ。
「魔導の歴史が変わる……俺は今その分岐点に立っているのか」
普通に生きていれば感じる事の無い歴史の変革というのはこういう事なのかとタリアは感じていた、ひっそりとしていて一見すると何も変わった様子がないようにみえていて、確実に変わったと感じるのはそれが当たり前になった時なのだろう。
知ってしまった事実に対し一介の魔道士に何か出来るはずもないのに、そわそわと何か出来ることは無いのかと考えてしまう。
「今度カミュラさん達に会ったら教えておかないといけないな」
彼らが何処に居るのか分からないが不安を取り除くには情報共有する事だと、少しでも仲間を増やして安心感を得ようとした。
ふんふんふんっ。
部屋でくるりと踊るように回っては嬉しそうにするマリアは、回る度に広がる裾を見ては笑っていた。
食事の時は素直になれず不機嫌そうにしてうたが、タリアにお気に入りの赤いドレスを褒めてくれた事は密かに嬉しくて、部屋に戻ってからもずっとドレスを着たまま何度も自分の姿に酔いしれていた。
「へへっ」
褐色の肌に赤色は沿岸州らしい色合いでマリアに良く似合っていた。
容姿も元が高級娼婦として人気のあった彼女だけに澄ましていれば貴族令嬢に見える、ただし口を開けば口の悪さが滲み出てくるので黙って立っていればの話ではある。
それはマリア自身よく分かっているのだが、ああいった言い合いになるとつい頭に血が上って思った事を口走ってしまう、いけないと後で反省するのだがこればかりは身に付いてしまった性格だった。
「もう少し落ち着かないと……」
サレス達は悪い人じゃない怒るのにも理由がある、分かっているのにその理由を考えるよりも先に感情が口に出てしまう。
二人に会ってから私の生き方に目標を作ってくれた、色々と教えてくれて物事の広がりも感じられるようになった、それに何より私を一人の人間として扱ってくれて娼婦だからと言われなくなった。
「あたしが自分で言っちゃってるんだから馬鹿だよね」
変わらないといけないのは私自身だ、どこか二人に焼きもちや拗ねたりすれば優しくしてくれるんじゃないかと甘えた考えを持っている、もっと大人になって二人の話をよく聞いて建設的な会話が出来る様にならないといけないと感じた。
「あたしだってやれば出来るんだって所を見せてやる」
二人に追いつき皆と並んでこの国の一員として立つんだ、それが今のマリアの目標である、このドレスも意識を高める為の衣装でありこのドレスに合った礼儀礼節を身に付け立派な貴族として生きていくんだと改めて決意を固めた。
「ギルドから何か連絡はあったのかよ」
「何もないです」
グルバヌスの手から救い出した女性をギルドまで送った後の連絡もなく、家でもやもやしながら過ごしていたバルートに、遊びに来たミサエル達が近況を聞いてきた。
「でもバルさんがいなかったらその女の人は助からなかったんでしょう、良い事をしたんだから良かったじゃない、フィッシュさんやデビさんでも勝てなかった相手を一人で撃退したんでしょう凄い事だわ」
「けっ俺の名前を出すんじゃねえよ、ありゃあちと油断しただけじゃねえか」
フィッシングがぶっきらぼうに言い放つ。
「その油断でデビさんに迷惑かけたじゃない」
フィッシングを助ける為にデビットは記憶喪失までなって長い間マルティアーゼの世話になった事を言った。
「まぁそれは置いといてだな、グルバヌスの奴もあれから音沙汰がないんだろう、手傷を負わせたならもしかしたら死んだんじゃねえか?」
後少しで倒せたグルバヌスのその後もなく、あれだけやられておいて再戦を挑んでも来ないのは気味が悪く何かあったとしか思えない。
グルバヌスはデビットの事を覚えていたのだ、そこにいたバルートも当然マルティアーゼと関係のある仲間だと思うはずである、奴にとってマルティアーゼの仲間は邪魔をする憎き相手なはずだ、しかも負けたのなら尚更このままで終わるはずがないと思っている。
「僕は死んだとは思って無いです、痛手は負わせられたけど最後の攻撃に手応えがなかったから絶対また来るはずです」
「奴が来るのを待つぐらいならこっちから行った方が早くねえか?」
ミサエルの提案に、
「ミサ、おめえが行っても役に立たねえだろ、けけっ」
とフィッシングが笑うと言い返せないミサエルが押し黙った。
「僕の力でマルさんを助けられるなら、今度こそ僕がグルバヌスを倒すです」
自分の力が役に立つ、これまでは身の危険を感じて生き延びる事に必死であったが、グルバヌスとの戦いで初めて自分の意思で全力を出してみて自分の強さを実感出来た。
「前から言ってんだろう、本気を出しゃあおめえは強えってよ」
「でも待って、バルさんが勝てたって事はグルバヌスは中級の強さはないって事になるわよね、それならバルグよりも弱いって事じゃないの?」
あの人外な強さのバルグは何百何千というゾンビを率いた魔力の持ち主だったが、それに比べたらグルバヌスはまだ人の領域に存在する魔道士にしか見えず、そんなに恐ろしい魔道士のようにミエールには感じられなかった。
「うん……僕の力が上がったからそう思うのかも知れないけどグルバヌスは決して弱くはないし、バルグは恐かったけどグルバヌスには怖さがあるです」
「ん……それ同じじゃないの?」
「えっと、僕にも分かんないけど、バルグは圧倒的な力で一人じゃどうする事も出来ないって感じだけど、グルバヌスは背筋が寒くなるような何かしてきそうな怖さがあったです」
バルートにも上手く表現出来ず、これまでの彼らしい弱気な性格に戻ったような答えであった。
「勝ったのに何弱気な事言ってんだ、さっきの威勢はどうした、けけけっ」
「バルに弱気になられたら俺達は絶望しか感じられねえじゃねえか、バルグの時は奇襲で必死だったからどうにでもなれだったけどよ、相手かどんな奴か分かった上で戦うのとは違うからな」
「あうう」
フィッシングとミサエルに責められてバルートは更に気弱になってしまう、まるでバルート一人にグルバヌスの問題を押し付けられた様に感じていた。




