1038 憂鬱な帰国
折角温暖な所で楽しくゆっくり出来ると思っていたのに、休養期間を一月半たらずで北方に戻って来て、深い雪に足を取られながら城の前に辿り着いた。
厚い外套を準備していたがこんなにも早く使用するとも思っておらず、凍える空気に息をするのも苦痛で体の芯まで冷えてしまっていた。
「うぅ寒い……」
更に戻って来る間にも熱い荒野や砂漠にも立ち寄り、一ヶ月程のらりくらりと時間を費やしてきたので、熱さに慣れた体はこの急激な気候の変化に付いてこれず悲鳴を上げていた。
「何度経験しても慣れないな、体がおかしくなりそうだ、国を建てるならもう少し温暖な場所にして欲しかったよな」
そう愚痴を零したのはタリアだった、大失恋をしたタリアは捌け口をサレスの所為にしてぶつぶつと文句を言いながらリム遺跡に帰ってきたのだった。
工夫のいなくなった家々は一面が雪で隠されていたが、城の周囲には誰かの足跡が薄らと残っているのが見えた。
「雪が降る前に屋根が完成して良かったな、屋根がなかったら三階は雪で埋まっていただろうな」
タリアは真新しい木製の扉を開けて城に入っていく。
体裁を保てるぐらいには城としての機能は回復できているようで、窓は木版で塞いでいるので城内は暗かったが外と比べると比較的暖かく感じられる。
「はぁ……寒い寒い」
体に積もった雪を振り落としても誰かが来るわけもない、侍女や女官がいるわけでもない、この城にはサレスとマリアが、それにカミュラとディトロスの二人も一応部屋は用意されているが常に部屋にいるわけじゃないだろうし、サレスとマリアがわざわざ出向いてくれるはずもなかった。
不用心と思いつつタリアは廊下を進み二階のサレスの部屋に向かった。
こんっこんっ、扉を叩くと入ってと即答する声が聞こえた、まるで分かっていた様な落ち着いた反応にタリアは溜息をした。
「帰ってきたのを知っていたなら出迎えぐらいして欲しいものです」
「やあお帰り、随分と早かったね、満足のいった休養は取れたのかな?」
暖炉の前で椅子に座っていたサレスが本を閉じてタリアの方に顔を向ける、肩を隠すぐらいに伸びてきた髪がふわりと揺らいだ。
「えぇそりゃもう、有意義な休暇でしたよ有り難う御座います、こちらは私がいない間、暇を持て余していたのではないですか?」
とタリアが言い返すと、
「ふふっ、そうだね君がいないととても寂しかったよ、君とのこういうやり取りがとても新鮮に感じるぐらいにね」
サレスは楽しそうに笑う、その言葉が本音かどうかはどうでも良く、いない間に何も事件が起こっていなさそうなのだけがタリアを安心させた。
「それで向こうの状況はどんな感じだったのか聞かせてくれないかな?」
あいさつもそこそこにサレスが聞きたいのはラミールの情勢だと言うのは分かっていたので、タリアは椅子を暖炉まで運んで来ると腰を下ろして話し始めた。
同盟黒との連携でヴァンを倒し軍事の解体、領土の分割などヴァンに戦力を持たせない方針で存続を認めた事、各国に賠償を背負わせた事などを伝えた。
サレス達の生活する部屋だけは窓に硝子が嵌め込まれていて景色が見られるようになっていたが、外が暗い所為か夜のように自然と声の調子が落ちて密談をしているような感じだった。
「もうラミールは安全といって良いようです」
最後にタリアは自身が感じた事を言って話を終えた。
「そう……私を憎んでる事以外ではレシティは国王としてやってるみたいで良かった」
「本当ですよ、サレス様が国王になっていれば魔道士を雇っていたとしてもギルドから横やりが入る事も無く、今でもラミールに居られて皆が納得出来たんです」
「それじゃマルティアーゼ王女と会うという私の目的が達成出来なくなり、ラミール国民からはラーズを見捨てた簒奪王と呼ばれても良かったのかい?」
「未だに分からないのはマルティアーゼ王女の何処にそんなに惹かれるのかが分からないんですが……美人というのは分かりますが万人受けかと言われれば人の好みというのがありますからね、私にはどんなに綺麗な人物であっても性格が最悪だったら近寄りたくもありませんけどね」
「君にはレシティがいるから良いよね、彼女と知り合えて君は幸せだろう」
「……何とでも言って下さい」
タリアにとっては胸の痛い話を思い出したくもないと、ふんっと顔を背けて素っ気ない返答で会話を遮る。
「ふふっ、そんなに怒らないで……僕にだってどうして王女と会いたいのか昔から考えていたんだ、どうしても会いたい会わないといけないような気がしていた、ただ美人なだけなら世の中にごまんと居る、レシティだって美人だと自信を持って言えるのに彼女の事で世界は騒がない、サディだってそうだしマルティアーゼの姉であるディアンドル、血は繋がっていなかったようだが彼女だって見た目は結構な美人らしいじゃない、なのにどうしてマルティアーゼ王女だけがこんなにも騒がれているのか不思議に思わないかい?」
サレスの視線はタリアに向けられたまま静止していた、その目に真面目に答えてよという意志が感じられタリアも暫く真面目に考えてみた。
「う~ん、とにかくローザンでは人気がありました、それは姉であるディアンドルの素行の悪さをよく耳にしましたので、姉の人気のなさが妹に集まったので注目を浴びる原因になったのではないでしょうか、それ以外では確かに北方特有の白い肌は目を見張る程に綺麗ですし灰色の髪も肌の白さを際立てる要因でしょうか、とにかく見た目では明るい印象がありましたね、向こうではローザンの太陽なんて言われてましたので」
「ふむ、姉と比べられてとは余程ディアンドルの性格は破綻しているのかな、そんな人物が国王になって国の者達が付いてくると思うかい、現にローザンで反乱や混乱は聞こえてこなかったけどね、それともマルティアーゼがエスタルに行った事で残った彼女に仕方なく従ってるだけなのかな」
「さぁ、ローザン王国になってからは見に行ってませんからね」
と曖昧な返事しかタリアには言えなかった。
「もしマルティアーゼが見た目だけの人物なら僕もがっかりするだろうね」
「ここまでしておいてもう飽きたなんて言わないで下さいよ、ローザン王の事を破綻者なんて言っておいて他人の事が言えなくなりますよ」
タリアのここまでという意味は、単に国造りの事を言ったのではなかった、ラミールにいた頃の暗躍の数々、一蓮托生と考え始めた自分の決意までを飽きたの一言で台無しにしないでくれとという意味だった。
「そんな事にならないよう彼女には特別な何かがある事を願っていよう」
「どれだけ他人を巻き込んでいるのか、もう少し自分の責任について考えた方が良いですよ、これで飽きたからとラミールに戻れると思ってたら大間違いです、その前に皆に殺されてしまいますよ」
こんな壮大な趣味に付き合わされ、最後は飽きたなんて言葉を言った途端、彼の最後となるだろう事は火を見るより明らかだった。
ふふふっと笑うサレスが本気で言いそうな雰囲気に寒気を催した。
「僕だってそんな幼稚な最後になんてなりたくないしする気も無いよ、もし彼女に興味がなくなってもちゃんと国家元首として国を守っていくつもりだ」
「当たり前です、そもそも国として認められるかどうかも怪しいんです、建国宣言した次の日に攻め込まれる可能性の方が高いですよ」
「そうだね、この雪が解けた頃に人がやって来る、それまでに準備をしておかないといけないから忙しくなるよ、僕もそれまでには国の方針を固めておくとしよう」
帰ってきてこれだからタリアの心配は尽きない、サレスを諭す人間がいないと彼は直ぐにでも間違った方向に行ってしまいそうな危うさがある。
(一人にさせているから悪い事ばかり考えるのだろうか)
伴侶や子共を持たせて大人しくなるならその方が良いのでは、とタリアは思う様になっていた。




