1037 宿る力
雪が降り始めてから二ヶ月が過ぎた。
雪の季節真っ只中の北方では珍しくはない景色、町も森も目に入る場所全てが白一色に変わり、時には露台に積もった雪で外の光も入ってこなくて一日中暗いまま過ごす事だってある。
降り始めの頃は徐々に緑が隠されていく風景に、この瞬間が素晴らしいと思って見ていてもそれは直ぐに吹雪で掻き消され白い風景に変わってしまい、それから後は家に閉じこもる日々に飽きてきて、早く暖かくならないかと億劫な生活になる。
それは城にいても同じで外に出られなければ体が疼く、たまに広い城内を歩き回って気分転換出来るだけ平民よりもましと言えたが、やはり陽光を浴びられないと何処に居ても気分は晴れないでいた。
ファリス王と両親が死去してからのエスタルの国内は静かに国王の死を受け止めていた、それは国から新たな発表も無くこの国がどうなるのか分からない状態だったので、人々はその事を口にするのが恐かったのかも知れない。
滅亡という言葉が脳裏に浮かぶ、男子一系の歴史ある国の国王がいなくなった事は国民、いやエスタルを知る者全てがまず考えた。
ここでエスタルという名が途絶え新たな国としてやっていくのか、それともダンク王かイングリンス王のどちらかがエスタルを継ぐ形になるのか、人々の思いはその点にあった。
マルティアーゼは国王に就く意志は諸侯、大臣達には伝えていたがまだ国民には発表していなかった、それにはまずローザンの件を自分で片付けてからという思いがあったからで、今ここで国王に就けば国王が他国に出向く事が難しくなる為、エスタルの王座は空席のままにしていた。
「……」
まるでそこに人の形をした黒い影が立っているのかと、ふかふかの黒い外套を着込んで静かに部屋の窓から外を眺めていたマルティアーゼが、ふうっと白い息を吐く、後ろの暖炉では赤々と薪が燃えているが部屋はそれ程温かくなっていないのか身震いを一つした。
今日も外は大粒の雪がゆらゆらと落ちて来て、折角昨日侍女達が汗をかきながら除雪してくれた露台が新たな雪で埋まっていく。
どんよりと厚い雲に覆われた空に光はなく、薄暗い日中は夜のようで時間の感覚がずれていくようであった。
コンッコンッ。
部屋の扉が鳴らされマルティアーゼは返事をした。
「姫様、昼食のご用意が出来ました」
「もうお昼なのね、さっき朝食を食べた感じでお腹は空いてないから昼食は止めておくわ」
「畏まりました」
侍女のサーシャは何も言わずお辞儀をして退室していく、侍女達三人は相変わらず職務に忠実で、ローザンの侍女と比べて融通が利かないのでマルティアーゼとの関係も中々縮まらなかった。
エスタルに来てから不自由は無かったが、王女となった身で気軽に誰かと会うにも回りくどい連絡と確認の手続きが必要だった。
マルティアーゼを守る為だとしても少々過保護すぎる待遇に辟易していたが、そもそも仲の良い友人はトムぐらいしかいない、バンティール侯とも何度かお話をしたぐらいで諸侯方も職務というものがあり、自身が暇だからという理由で簡単には呼び出す事も出来ない。
「ふう」
マルティアーゼは暖炉の前に置かれた椅子に座って体を温める、薪の爆ぜる音を聞きながら溜息を吐いた。
(今年も静かな新年だったわ)
三人もの家族を一度に失ったのだ、国を挙げて喪に服す為に盛大な祝賀会もないエスタルでは、普段通りの日々を過ごしたので年を越したという感覚もない、ただ毎日が見慣れた景色の繰り返しだった。
しかし着実に日付が進んでいるのは定期的にやって来る大臣の軍事状況に、刻一刻とローザン出兵の時期は近付いてるという事だった。
マルティアーゼが率いる軍隊、護衛ではなく彼女が初めて軍隊を率いる事になっている。
今までギルドなど少人数での団体行動には慣れていても、数千、数万の大軍となると話は全く変わる、指示や命令に伝令兵を使っても必ず遅れが生じてしまう、小隊から大隊まで手足の様に移動、攻撃、退却と事細かな指示も遅れがその部隊の命取りになってしまう事だってあるのだ。
その難しさを総指揮をするマルティアーゼの手に委ねられているとすれば、彼女に付き従う兵士達にも不安だったろう、しかしマルティアーゼはそこまでの事を考えてはいなかった。
軍隊はもしもの事態に備えてのもの、目的はディアンドルがなぜファリスやその両親の殺害を計画したのか聞き出す事で、その返答によってはディアンドルを自らの手で裁かなくてはいけないと考えていた。
(私が憎いなら私だけを狙ってきて、関係の無い人達を殺した罰は受けて貰うわ)
両親とファリスが亡くなってからマルティアーゼは力の増幅を感じていた。
エスタル王家本来の国王の力、マルティアーゼとファリスに王家の紋章を受け継いでいた為、分散された力はエスタル歴代の国王では最弱の力であった。
それがファリスの死によって本来の力がマルティアーゼに流れてきた、その急激な力にマルティアーゼは日々湧き上がってくる魔力に戸惑いを覚えた。
これ程の力があれば魔道師バルグと死闘を繰り広げなくとも難なく倒せていたはずと考えれば、エスタル王の力がどれだけの魔力かは想像出来た。
(もう誰にも負ける気がしないわ)
魔力が上がるにつれて悪夢もよく見るようになっていた。
あの地の底から聞こえる呪詛のような声、昔なら恐ろしく不気味に感じていた声も本当は小物が惑わしているだけではないかと、余裕を持って聞く事ができた。
絶対的なエスタル王の力がマルティアーゼに自信と余裕を持たせたのか、相手の声がいつもより弱々しく聞こえていた、最近では懇願のような誘惑じみた言葉に変わってきて、マルティアーゼにその力を思う存分自身の為に使えばいい、それがエスタル王の運命だと甘い言葉を投げかけてくるようになった。
(そんな事は言われなくとも分かってるわ、もう私しか正統なエスタル王家はいないのよ、私がエスタルを守らなくてはいけない)
魔力が上がるにつれてエスタル王家としての自覚が強くなってくる、家族との生活は短かく、自分がエスタル王家だと知ってから心の整理、事実を受け入れ様と頑張って来た。
両親は娘を捨てた自責からいつも申し訳なさを感じているような接し方で、兄とは本気の手合わせで戦った事もある、その中に大人になったマルティアーゼが家族として共に過ごす事にはかなりの勇気が必要だった。
その直後にローザン大公夫妻との悲しい別れはマルティアーゼの心に傷ついた。
それでもこの一年でぎこちない関係を解消しようと積極的に対話を試みて、少しずつ良い方向に向かい始めた所に今回の暗殺劇で、ローザン夫妻の死から立ち直ろうとしていたマルティアーゼの心はこなごなに粉砕された。
ファリスが裏で事故の調査に奔走してくれていた事実を知り、ディアンドルがグルバヌスと組んでいる所まで突き止めてくれていたのを知って、彼女の復讐心はエスタルを守る強い信念へと変わっていた。
(もうお姉様の好きな様にはさせない、これ以上私の事で誰かを傷付けもさせはしない、エスタル王としてローザン王に会いに行きますわ)
もうすぐ後数ヶ月で答えは出ますので待っていて下さいお姉様と、見つめていた暖炉の火に手をかざすと急激に炎へと変えて燃え上がる、その炎を見てマルティアーゼの唇が薄く笑った。
マルティアーゼにはもう迷いはなく、前に進むだけの力を手に入れエスタルという魔導の頂点に立った彼女に恐いものはなくなっていた。




