1036 英雄と英雄
グルバヌスの懸念はエストラの今後に尽きる、ダント候はどうなるのか国民は、その全てはキエヌの判断に掛かっている、その事を早く知りたくてガウリスに聞いてみた。
「そうですか……」
「陛下のご意向はこれ以上この地域で戦争を起こさないようにせよとの事だ、エストラはキエヌの属国としてゼペスには生きていて貰う必要があるというわけだ、だがそれで終わりにしてしまうのはキエヌ国民の反感を抱かせてしまうのでな、責任は他でとって貰う事にした」
「はぁ、それは一体」
「軍を率いた何名かの将には死んで貰う事になった」
「それはダント様もですか?」
「それは儂に任せて貰おう、貴殿との約束だからな」
グルバヌスはその言葉に少し胸を撫で下ろしたが、誰が死刑されるのかに付いては気になった。
「私はもうエストラの人間ではありませんので口出しは出来ないのですが、あまりその人の死を見たくはありません」
「それは誰もがそうでしょう、だが戦争を仕掛けられた相手に甘い処罰ではいつ我々が反対の立場になるかも知れないのですぞ、それが戦争というもの」
「それはそうですが……」
グルバヌスは和平を締結すればそれで良いと考えていた、だが結局それだけでは力を持った時の抑止力にもならなかった事が分かった。
「キエヌは元からエストラなど相手にすらしておらん、しかしグルバヌス殿が来てからはどうだ、貴殿の力でエストラはここまでの国力を上げた、その所為でエストラは過信してしまったといえよう」
「では私がエストラを滅亡に追いやったと?」
「そうは言っておらぬ、エストラは他人の力を己の力と見誤っただけ、グルバヌス殿が悪いわけではない」
「……」
グルバヌスは国を助け生活を豊かにし国力を上げた立役者である、それに誰もがエストラは強くなる、強くなったと勘違いをしてしまったという事か、グルバヌス自身は受け入れてくれたエストラ国民に対し善意でしただけだったのに、それが悲劇を招いてしまったとは皮肉なものである。
「そう落ち込まずとも宜しいのではありませんかなグルバヌス殿、我が国はエストラ民を全員殺して滅亡させるつもりは毛頭ない、キエヌに牙を剥くとなれば話は別だが何もせず穏やかに過ごす分には我が国はエストラに危害を加える事はない」
「エストラの人達がそう考えてくれれば良いのですが、向こうでは昔の出来事にまだ復讐心を持つ人が多いようなのでそれが気がかりなのです」
「それは儂らにはどうする事も出来まい、祖父の代と儂らの考えは違う、過去に囚われた者達の末路というもの、エストラという国は元から復讐という名の呪いが掛かっていたのではないかな」
ガウリスは皮肉交じりに言い切った、
「それよりも……」
ガウリスがグルバヌスを見据えると場の雰囲気が変わる。
「グルバヌス殿はこれからどうするおつもりですかな、国を出て行く宛ても無いのでは?」
「はぁまぁ……今はメラルドに身を置いておりますが、この先の事は何も……」
「キエヌに来るというのは如何ですかな、もうグルバヌス殿がエストラを出国された事で密約も無くなってしまいましたからな、今回の事で魔導部隊の者達は自分の力に感嘆しておりましてグルバヌス殿に感謝しておりますぞ、グルバヌス殿ほどの人物を野放しとは勿体ない事、どうですかなキエヌ王国の一員となって働くというのは……勿論グルバヌス殿に適した役職を与える様、陛下に願い出るつもりです」
「そ、それは……」
行く宛てのないグルバヌスにとっては願ってもない提案である、しかしつい最近まで敵対国として接してきた国の仲間入りをする事になれば、事情を知らぬエストラの人達からすれば裏切り行為でしかない、この時期この機会でキエヌに身を寄せれば、もしかするとエストラ王国が負けたのはグルバヌスは間者ではなかったのかと勘繰る者が出てくるかも知れない。
直ぐに返事が出来ないグルバヌスの思いを知ったかどうか、ガウリスは直ぐに返事とまでは言わずよく考える時間を与えた。
その日も宿泊してよく考えてくれれば良い、良い返事を待っているとガウリスは部屋を後にして出て行った。
(確かにキエヌの一員になれば北方の調査と偽って動きやすくなりますね、それにエスタルという共通の目的がある以上、同じ行動をしても違和感もないです、それに私が育てた魔導部隊……彼らの力も何れは役に立つかも知れないのは大きい)
ただ一員になれば何れはキエヌの臣下になった事が知れ渡る、そうなった時にエストラ国民からの反感を一身に受け入れられるかどうかだった。
グルバヌスには苦しい選択である、あれだけ国民から歓迎されていたエストラを敗戦に追いやったのは私的な事情から仕方なく、その代わりガウリスには穏便に済ませて貰えるよう懇願もしたのだから許して欲しかった。
(私は何も皆さんに苦しい思いをさせたくは無かったのです、私は戦争には反対だったのですよ、戦争を進言したのはストレイ様であって私ではありません)
グルバヌスは何度も言い訳をしては自分は悪くはない、私は国を守ろうとしたのですと心の中で謝罪を繰り返し、そして朝が来るまで思い悩んでいて元々痩せ細った顔がより一層げっそりと火傷の跡が色濃く影を落として木乃伊のようであった。
「……どうされたグルバヌス殿」
彼を見たガウリスは少々驚いた様子で心配する言葉を掛けた。
「昨日から考えていたものですから寝ていませんので……」
「ふむ、それ程難しい話でしたか、それは申し訳無い事をした」
「いえ、ガウリス様の所為ではありません、私の問題ですのでお気遣い有り難う御座います、それで昨日の話の返事なのですが……ガウリス様のご厚意に甘えたいと思います」
「おおっお受け頂けるか、魔導部隊の者達も喜ぶ事でしょう」
「私の他にも二人ほど連れがいるのですが一緒でも構わないでしょうか?」
「良いですとも、一人二人増えたぐらいどうと言う事はないですが、この話は私の一存、陛下にお伺いを立てねばならぬが、陛下はまだメラルドにおられていて当分は向こうで過ごされる予定である、儂もエストラの対応で暫く席を離れられないのでグルバヌス殿には申し訳無いが……そうですな一月、一月お待ち頂きたい」
「一ヶ月……それぐらいなら連れの者達の説得や私も体を休めるには良い期間かと思います」
こうしてグルバヌスはキエヌ王国の国民になる事を決断した、グルバヌスにとっても簡単に決めたわけでは無く悩んだ挙げ句の判断でもあった。
最大の目的であるマルティアーゼの再会と彼女の入手、その為にはエスタルというより魔道士ギルドとの対決が必須になる、それはキエヌも同じで最終決戦をエスタルに見据えて動いているのであれば、キエヌと同調してお互いの不安な部分を補え合えば強力な味方になると考えたからだ。
それにキエヌの魔導部隊、惜しくもエストラでは集められなかった魔道士達が味方になるのは心強い事だ、数で圧倒するギルドに対抗するにはこちらも数があった方が戦略的にも良い、まだ成長途中な部隊だがキエヌの一員になれれば本格的に指導していこうと思っていた。
(ラーダもいますね、彼女にも手伝って貰えば魔道士達の質も向上するでしょう)
一時は行く宛てもなく国を出て路頭に迷う所だった三人に思わぬ所から声が掛かり、次の居場所と新たな目標が出来たのは幸運な事だった。
(敵が味方に、味方が敵に、世の中は複雑な関係で出来てるものなんですね)
変遷という絶えず移り変わる流れも、これまでグルバヌスが関わってきた人達との縁があったお陰で繋いできた結果、英雄と英雄が手を携える事となった。
この絆を逃さずしっかり掴んでグルバヌスは心機一転、目的に対して前に進む事となった。




