1034 落城の王
「隊長、持ち堪えられません」
「馬鹿者、下がる場所などないのだ剣を振れ」
ガウリス軍の猛攻に味方がバタバタと倒れていく中、次は自分かも知れないと兵士達は怯えていても何処にも逃げ場など無く、押し寄せてくる敵を倒すしか道は無かった、しかし敵の勢いは凄く倒しても新たな敵との戦闘に死の恐怖を感じて弱気になっていた。
六万もいたエストラ軍はみるみるとその数を減らしていく、戦いの中で諸侯達は戦死または捕虜として捕らえられたりと指揮者を失った部隊は、混乱の中で己の身を守るだけの戦いになっていった。
その様子を高い建物の上からグルバヌスは見ていた。
国を出たグルバヌスはもうこの国の人間ではない、唯一の心残りはダント候の生死だけで、彼がこの戦いで死ぬ事が無いように見守るだけだ。
いざとなれば助けようとは思うが、他国の戦争に介入すればあらぬ火種を作る事になる為、グルバヌスはあえてガウリスに懇願したのである。
(最悪エストラが負けたとしてもダント様が生きてさえいられれば……)
勿論、両国平和な解決が出来れば良いのに越したことはないが、今回は和平を破棄してエストラ側が侵攻したのが原因、キエヌとしても何も無しで手打ちには出来ない。
私怨が原因の戦争はその勝敗だけでは終わらない、火種は残り燻り続けいつの日か大火へと変わる時を待つだけであるので、相手側も軽い手打ちにすればそれがいつか滅亡として返ってくるなんて今までの歴史に何度もあった事だった。
(ガウリス様がどの様な判断をするのかにかかってますね)
諸侯を討ち取ったり捕らえる度にキエヌ陣営から歓声が上がる、その声はゼペス王にも届いており、縮小する自軍に見るに耐えられなくなってきていた。
「まだ戦うかエストラの兵士共」
ガウリスの咆哮に前線のエストラ兵は身震いする。
「剣を捨てれば命までは取らぬ、だが国の為に戦うのであれば敬意を表し一思いに楽にしてやるぞ」
血塗られたガウリスの鎧は真っ赤に染まり、巨大な獣が多くの血を啜った様にその姿は荒野の色とは対色をなしてエストラ兵の目を引き付けた。
既に何名もの諸侯がガウリスに挑み負けていて、何とか軍を指揮していたのは部隊長という有り様に、一人また一人と負けを認めて剣を落としていく。
「何をしておる、エストラの意地を見せろ」
部隊長が激昂して叫ぶが、兵士達の顔を見てもう戦う気力のない疲れた表情に部隊長の声も弱々しくなっていった。
後方で味方が降伏の意を表しているのを知らないキャステル公爵は、城門前のキエヌ軍と奮闘していた。
まだこちらの兵の士気は高く、眼前にある城門の先にいる我らの国王を救う為に後少し、後少しという思いで皆必死に戦っていた。
その先頭にはダント候もいて敬愛するゼペス王の窮地に、死に物狂いで城門に近付こうと奮戦していた。
腕の痛みが残っていようが構わない、ゼペス王がキエヌ軍に包囲されていると聞いて居ても経ってもいられない形相で、前を塞ぐキエヌ兵を倒し城門への道をこじ開けようと必死に戦っていた。
「陛下、今参りますぞ……」
大剣を振るい道を空けた所にエストラ兵が前に出る、しかしキエヌ兵も黙っていない、空いた空間に殺到してきて剣で打ち合い牽制しあうの繰り返しだった。
「下がるな前に出ろ、城門は眼前だ、押せ!」
キャステル公爵の激に兵が掛け声で応え、血気盛んに前に出て行こうとするエストラ軍の前で静かに城門が開き始めた。
城門前にいたキエヌ兵がざわめく様子に、キャステル公爵も何事かと門を見た、その開いた城門から警護兵に守られながらゼペス王が出て来たのだ。
「陛下」
ゼペス王はキエヌ兵の前に立ちこう言った。
「両軍剣を収めよ、我はエストラ国王ゼペスである、エストラ王国はキエヌ王国に降伏する、これ以上の戦いは不要である、剣を収めよ」
と大声で叫んだ。
「……陛下、何故です」
キャステル公爵は信じられないと言った表情で、引き攣った頬がぴくぴくと震えていた。
両軍の兵士達は目の前に敵がいるのに剣を収めた瞬間、斬り殺されるのではないかと微動だにせず睨み合っていた。
これにはキエヌ軍の諸侯達も驚いていた、まさかゼペス王自ら門を開けて降伏してくるなど考えてもいなかったからだ、直ぐに伝令をガウリスに送り指示を仰ぐ、その間もゼペス王の言葉が聞こえていない場所では散発的に交戦していたが、両陣営の伝令馬が走り回り、
「エストラ王国降伏、ゼペス王の命で戦闘を止めよ」
と叫びながら戦場を駆け抜けていく。
「……そんな、エストラが負けた」
「うおおっやったぞキエヌ万歳、勝ったぞおぉ」
対照的な両軍の嘆きと歓声は国民達の耳にも入った。
(エストラが負けたって?)
(嘘だろ、あの大軍で負けるなんてあり得るのか)
(今からキエヌ兵の虐殺が起こるわ隠れないと、恐い助けて)
(エストラは無くなるの……私達はどうなるのよ)
人々の不安は連鎖敵に広まっていった。
「終わったか」
ガウリスにも伝令の声が聞こえてきた、ゼペス王の降伏宣言は彼も予想はしていなかったが、その方が手間が省けて良かったとその場から全ての兵士に止めろの命令を出した、もう戦場で剣を打ち鳴らす音はなく、キエヌ兵の歓声だけが首都を覆った。
ガウリスの命令でエストラ兵から武器を取り上げ武装解除をしたのち、彼の元にやって来た伝令兵と共に城門前に出向いた。
城の前で立つゼペス王を見て、
(あれがゼペスか)
下馬したガウリスがゼペス王に近付いていく、既に兵士によって警護兵や大臣達の身柄も拘束されており、そこにガウリスが大股で階段を上がっていく。
「エストラ王ゼペスか」
相対した二人の体格はまるで子共と大人のようである、ゼペス王もそれなりの大柄だったがガウリスと並ぶと華奢に見える。
「如何にも我はエストラ王ゼペスだ、我が国はキエヌ王国に降伏する、これ以上エストラの者達の死を見たくはない」
「英断だな、貴殿にはキエヌ本国に来て貰う」
ガウリスの言葉は少なげだった。
部下に連れて行けと命を下すと、後ろの大臣達からどうするつもりだと言った言葉が投げかけられたが、それにガウリスは応えず連絡が来るまで彼らと諸侯達は城の地下牢に閉じ込めておけと伝えた。
こうしてエストラ、キエヌの戦いは終止符を打った。
エストラ軍は解体、不穏な動きをすればゼペスの命はないと思えと伝え、リーサス男爵とロブラン子爵にキエヌ軍三万を任せてガウリスはゼペス王と共に本国に帰っていった。
結果、戦死者エストラ軍全八万人中五万、キエヌ軍全五万人中一万五千のキエヌ軍の圧勝で終わった。
(終わったようですね)
事の成り行きを眺めていたグルバヌスの目に涙を溜めていた、これまで尽力してきた国の最後を見届けた寂しさ、人々の故郷が無くなるのかと思えばやるせなさがあった。
もっと自分に出来る事はなかったのか、戦争を止める手はなかったのかと自答するが、そこまでグルバヌスは自惚れてもいなかったし現に皆を止めるだけの力はなかった。
それよりもダント候がこの戦争で命を落とさなくてホッとしていたが、その本人は自分の死よりもエストラを守れなかったゼペス王を守れなかった悔しさか、通りで両手両膝をついて泣いている姿にグルバヌスも悲しそうに見ていた。
(ダント様)
諸侯や大臣達の処遇はどうなるのかの懸念もあった、戦争責任として国王はもとより中心となった将や指揮官など、色々な戦後処理が待っている。
グルバヌスはダント侯の命だけでも助けて欲しいと願ったが、ダント候自身、ゼペス王との長い付き合いがある、国王が処刑されれば自分もと言い出しそうでそれが恐かった。
戦争は終わってもエストラの人々もこれからどうなるかの身の上の心配がまだ待っている、奴隷として扱われるのかこの国を捨てキエヌに移住させられるのか、少なくとも今のままの生活は出来ないだろうとびくびくしながら待たなくてはいけないのだ。
しかし、この終結はただの一地域の戦争終結ではないのである、沿岸州の南方地方がキエヌ王国の統一によって終わったという事である。
長い争いでガル国が滅び、今エストラ王国が戦争で負けた事でキエヌ王国の名は世界に知らしめる事となる。
キエヌにその人ありと言われたガウリスの名と共に……。




