1033 城下の戦
真面にエストラ軍とは戦わず翻弄させながら自軍に有利な体勢を維持しながら削っていくのが上策。
エストラ兵も右に左にと動き回るキエヌ軍と剣を合わせるも、通り過ぎていくキエヌ軍を無理に追いかけようとしない、内心ではホッとしながら待ち構えて、また向かって来た時には死なないよう自身を守るのに剣を交えている感じだった。
「ふむ、そろそろか」
ガウリスは軍を一旦戦場から離す指示をすると、キエヌ軍は東へと戦場から離脱していく、それを疲労と捉えたエストラ軍は休ませるなと追撃してきた。
「ふっ、やはり来たか」
追いつかないぐらいに速度を調整した、追いつけそうで追いつけないぐらいでエストラ軍を引き寄せ国から離していく。
「もう少しだと言うのに……もっと速度を上げろ」
しかし大軍の中で足の早いものだけを突出させてしまうには危険が生じる、これが大軍の弱点でもある。
温厚なキャステル公爵が苛々と声を上げてしまう絶妙な距離感は、エストラ軍の殆どがいつまで追いかけるのか、追いつけないなら今の内に態勢を整えた方が良いのでは、本国から離れすぎていないか等と感じていた。
徐々に足の遅い者と早い者の差が広がり伸びきったエストラ軍の最後尾が、これはいけないとキャステル公爵に進軍を止めるよう忠告しようした時、後方から伝令兵が必死の形相でエストラ軍の横を駆け抜けて行った。
「伝令、伝令、至急本国へ戻られよ、止まれ止まれ」
声が枯れそうなぐらいに声を張り上げる伝令兵が、並走しながら先頭のキャステル公爵に呼びかけた。
何事かと振り返った公爵が伝令兵に馬を合わせると、
「首都にキエヌ軍、城が包囲されております」
「何……?」
並走していたキャステル公爵は顔が青ざめ手綱を一瞬落としそうになった、こうしてはいられないと全軍に停止命令、至急本国に戻る為に退却の言葉を発した。
「エストラが戻って行くな……向こうの行動がばれたようだな、全軍停止、停止」
踵を返して引き下がっていくエストラ軍を見てガウリスは停止命令を出した。
「閣下、敵が退いていきますね、如何しましょう」
「今度は我らの番だな……小休止の後、首都を攻める」
西のキエヌ軍には城を目指せと伝えてあった、南と西にどれだけの敵を配置するか分からなかったが、約四万のキエヌ兵がいればどちらかが首都まで攻められるだろうと考えていた、結果エストラはガウリスに狙いを定めて来たので、首都攻めは西に任せてこちらは時間稼ぎを行った訳である。
当然、全軍で来たエストラは空になった首都を放っていくわけにはいかない、このまま後を追っても良かったのだが、かなり東におびき寄せ、戦闘でも長い間戦っていたので馬を休ませる事にした。
「首都に着いたとしても疲れた馬で我が軍を排除出来ぬであろう」
その間こちらは休ませて貰おうと編成と兵士の状態を確認していると、ガウリスの前にふわりとグルバヌスが空から降りてきた。
遠くから両軍の戦いを眺めていたグルバヌスは、エストラ軍が急遽退却を始めたにも関わらずキエヌ軍が追撃しない事に、不審を感じて何かあったのかとやって来たのだ。
「ご無事でしたか、不測の事態があったのかと思いました」
「それはエストラの方だ……それよりグルバヌス殿、お聞きしたい事がある」
ガウリスは彼が守りたい人達というのがダント候の事かと聞いてみると、グルバヌスは素直に、はいと答えた。
「やはりな」
と、ガウリスは言葉少なげに言う。
「ダント様に何か……まさか死」
と言った所でガウリスは手で遮って首を振った。
「いや心配は要らぬ、奴は生きておる」
「そ、そうですか……」
「だが今からどうなるかは分からぬ、既に味方が首都を攻めておるからな、我々はエストラを落とす、その際に決死の覚悟で戦う事になればその時はこちらもそれに応えねばならん、それだけは覚えておくがいい」
「……分かりました、何卒ダント様を国民の人達をお助け下さい」
「約束は出来ぬが、此度は貴殿のお陰でキエヌは救われたのだその礼はせねばならんからな、なるべく期待に応えるつもりではある」
「国を離れた私は直接ご助力出来ません、宜しくお願いします」
と言って頭を下げた。
一足先にエストラの様子を遠くから見てきますと言って、グルバヌスは地面を滑るように去って行くのをガウリスは見送ると、後方で控えていた兵站部隊から人と馬に水を飲ませてすぐに行動を開始した。
包囲されたローマルイン城ではゼペス王と大臣達が渋い顔で城外のキエヌ軍を眺めていた。
大きな音がする度に城門が揺れる、外から門を壊そうとキエヌ兵が叩くのに対し必死にそれを阻止しようと国王警護兵が門を押さえ込んでいる様子に、時間の問題だと感じていた。
もう国に残っている兵は城内にいる警護兵五百だけだった、ガウリス討伐に全軍が戦っている間に西からキエヌ軍がいきなり現れたのだ。
戦う暇も無く城内に籠もり大きな閂で閉じた城門を守るので精一杯だったので、城の周囲は敵兵で塗り固められ脱出すら出来なくなった。
「これまでか……」
自分の代でエストラ王国を終わらせてしまう申し訳なさを感じて、弱気な発言がゼペス王の口から漏れる。
ガウリスだけでも手が焼いているのにそこに新たにやって来たキエヌ軍の相手を出来る者はいない。
「かくなる上は我も最後まで戦おう、それがせめてもの先代達に対する謝罪だ、剣と鎧を……」
「お待ち下さい陛下、あれを……」
「なに?」
遠く南から通りを埋める一団が城に向けてやって来た。
「我が軍です」
左大臣のオウランが叫ぶ、近付く一軍の姿が見慣れた自国の鎧だと確認したゼペス王は、
「ガウリスはどうした、まさか打ち破ったとでも言うのか」
驚きと共に一縷の光がゼペス王の瞳に輝きを取り戻させた、少なくとも今の状況を打破出来るのではと口元が緩む。
「助かりました」
その言葉にゼペス王も同じ気持ちだった、眼下のキエヌ軍にも来襲の知らせが入ったのか、城門を叩く手が止まり慌ただしく動く敵兵の様子が見て取れた。
城の正面で繰り広げられる両軍合わせて八万近い兵士達のぶつかり合いに、一種の感動を覚える壮大な光景にゼペス王達は息を飲んで眺めた。
数に勝るエストラ軍が戦場の色を濃くしていて、これで負けるはずがないと思わざるを得ない。
「我が軍が優勢か……」
そう思わせるほど正門前の大通りや路地までもエストラ軍で埋め尽くされ、キエヌ軍は城から見れば一点に固まった小隊のように見える、このまま押していけば直ぐにでもキエヌ軍は数を減らして霧散するように消え去るだろうと思っていたが、中々その固まりが小さくなる様子が無い。
押し寄せるエストラ軍の波を受け止め押し返すキエヌ軍との攻防に、時間が経つに連れて戦況のおかしさに気付き焦りを覚える。
「どうした、見た目にキエヌ軍が減った様子が見えぬぞ」
キエヌ軍の数は減っているのだろうがエストラ軍の被害も大きく、相対的に規模が小さくなってきただけで割合的に殆ど変わっていないように見えた。
「あれだけいながらキエヌ軍を殲滅出来ぬと言うのか……」
自軍の余りにも弱い姿にゼペス王は落胆していた、練度の違いがこんなにも差があったのかと思った。
兵士達の動きの悪さが特に目立った、それもそのはずで休憩も無しにずっと戦い走り続けてきたのだ、馬も人も疲れた状態では馬は目を血走らせながら泡を吹き、疲れた兵士達の剣に力がこもっていない。
しかし、時間は掛かってもキエヌ軍を排除出来れば良いのだと思っていたゼペス王だったが、その考えはエストラ軍の後方から迫ってくるガウリス軍によって脆く
も崩れ去った。
エストラ軍は二軍に分けて前と後ろで戦闘を始め、首都全域が戦場となり果ててしまい、住民は家族と肩を震わせながら逃げ場のない家の隅で争いが過ぎ去るのを待つしか無かった。




