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キエヌ攻め失敗から一転、本国にキエヌ軍を呼び込み窮地に陥る事となったエストラ王国は、帰還してきたのは一万にも満たないストレイ軍に驚愕した。
ストレイ候の計画ではガルで反乱を起こし混乱に乗じてガルを解放、キエヌの国力を低下させる事であった、彼が言うにはキエヌ王もガウリスも不在のキエヌなら簡単に落とせると言っていた、なのに蓋を開けてみれば三万もいた兵士は三割を切る数に減り、あろう事か本国にガウリス軍まで連れてきたのである。
このあり得ない事態にダント候を急遽援軍として送ったが、ガウリスとの一騎打ちに負けて撤退してきたのである。
「五万もの兵でもガウリスを止められなかったか……」
ゼペス王は頭を垂れて敗戦の報告をするストレイ候を責める気はなかった、最終決定は自分であると自覚している彼にはそれ以上にやらなくてはいけない事がある、ただガウリスという男の怖さを再認識はしたが事態は終わっていない。
国を見据える場所に陣を敷いてガウリス軍が野営しているという報告に、ただちにゼペス王はエストラ全土の兵を国境に集結するよう号令を出した。
闇夜に慌ただしく走り回る兵士達に何事かと窓から顔を覗かせる国民達をよそ目に、ぞろぞろと編成された一団が南に向けて出発して行った。
「むう……ガウリスめ」
痺れた腕を撫でながらダント候は悔しさが拭えずにいた。
武人として覚悟を決めて戦ったのに、相手から情けを掛けられるなどこれ以上の侮辱はない。
「何故とどめを刺さなかった、儂など何度戦っても負けぬと舐めておるのか……許せぬ」
力の差が歴然だったのは否めない、例えダント候が血気盛んな全盛期でも勝てたのかどうか自信もなかった、だからこそ一層悔しさが込み上げていたのだ。
復讐という気持ちでは戦争に勝てない、グルバヌスの忠告を聞いていればこの様な事態にならなかった。
唯一人戦争に反対していたグルバヌス、ストレイの言葉にあの大広間の雰囲気に飲まれてしまったのはダントだけでは無かった、いつもならグルバヌスの言葉に耳を傾けていたゼペス王でさえ、あの時はここぞとばかりに戦争への道に気持ちが傾いたのだ。
「……グルバヌス」
もうグルバヌスはいない、争いを止められなかったあいつはこの国に失望をして出て行ってしまった。
健気にも命を救ったと言うだけでエストラの為にこれまで何をしてきたか、攻めてきたガウリスの進行を止め、疫病や水路、食糧事情をも解決してきた実績は、恩返しにしては多大な成果だった。
(あやつは儂の為、ひいてはエストラの平和の為と一生懸命働いてくれた……あやつは戦争より儂らに平和に暮らして欲しくて働いてくれたというのに、儂はあやつの思いを聞いてやれなかったのか)
グルバヌスを息子とまで言っておきながら、息子の言葉に耳を傾けられなかった自分に親を名乗る資格はないと、ダント候は後悔の念で一杯だった。
「ダント様、出陣の準備が整いました」
「……分かった」
心なしかダント候の声に力は無かった、再編された自軍の番が回ってきたのだ。
多くの諸侯が俺こそがと軍を率いてガウリス軍に向かっていったのだろうが、奴の強さを思い知らされた諸侯達が青ざめて舞い戻ってくるのがダント候の脳裏に過ぎる、しかし行かない訳にはいかない。
重い腰を上げて自慢の大剣を腰に差すと、
「エストラはどうなるのだ……」
この国の命運を決める戦いを前にダント候の声は闇夜に吸い込まれていった。
「閣下、兵糧部隊は明日にでも届くようです」
「ふむ、今夜はゆっくり体を休めておけ、それと各自持ってきた兵糧は今の内に食っておけと伝えろ」
「はっ、それと本国から援軍が出発したとの事です」
「そうか、ご苦労」
天幕もない野ざらしの野営地に椅子に座っただけのガウリスが答える、急遽のエストラ軍との戦いに兵站もなく、兵士個人が持っている僅かな食糧だけでエストラ攻略は無理と考えたガウリスは、エストラに入る手前で軍を停止させ兵士達を休ませる事にした、ガルから援軍が出発したと同時に兵站部隊も編成し送ったのはギラン男爵の判断だった。
(助かったぞギラン)
お陰でエストラ軍を深追いしてきたガウリスは助かったと言って良かった、これも長年ガウリスの側で仕えていたギランだからこそ、ガウリスの行動を予測して出来た判断と言えた。
まずは飯を食い腹を満たす事が大事、どんなに強くとも空腹には勝てない。
(大臣共も状況を理解したか、西と南で攻めれば兵士が倍いようが敵では無いわ)
ガウリスは進軍の間も何かあると本国に状況を知らせる伝令を送っていたので、キエヌを守る大臣達にも状況の予測が出来たのであろう、キエヌから脅威が去った事で本国は援軍を出しても大丈夫と踏んだようであった。
斥候の報告ではエストラの方でも我が軍を睨む形で町の郊外に布陣を敷いて、続々と部隊を集結させているとの事である。
例え夜中でも青白い荒野では人影の動きぐらいははっきりと分かる、反対に下手にこんな時間に動けば混戦になった時に味方かどうかの判断が付きにくく、同士討ちを避ける為に幾らよく見えるとはいえ攻めるのは得策では無かった。
「警戒だけは怠るな」
そう言って僅かな時間ガウリスも休息を取った。
明けて敵味方の区別が出来る様な明るさになると、戻って来た斥候から連絡が入る。
エストラの数は六万の大軍が集結していると聞かされた。
「六万か、ほぼ全ての兵を集めさせたか」
二万弱に六万を当てるというのは全軍でガウリスを狙うつもりのようである。
「儂一人に全軍で来るか、ふっ」
ガウリスは面白そうに笑った、直ぐに伝令を呼び本国から来る援軍に向けて伝令を走らせた。
夜が明けてもガウリスは動かずゆっくりと兵站を待った。
「食糧部隊が到着しました」
「うむ、では腹ごしらえをさせよ、長くなりそうだしっかりと食えと伝えよ」
ガウリス軍の陣営から立ち昇る炊煙を見たエストラの斥候は、食事を摂っている旨の報告に戻り総指揮する事となったキャステル公爵に伝えると、公爵は直ちに全軍を進軍させた。
「敵軍が迫ってきてます」
「良し、飯の時間は終わりだ兵站部隊は後方へ下がれ、全員臨戦態勢」
ガウリスの一喝に瞬時に反応した兵士達が乗馬を開始していく。
地平線を隠す様に横に並んで押し寄せてくるエストラ軍に、整列して待ち構えるキエヌ軍は一人たりとも臆する様子も無くガウリスの指示を待っている。
さっと手を挙げたガウリスが、
「全軍突撃、右翼を狙え」
キエヌ軍が掛け声と共に颯爽と走り出したかと思えばエストラ軍の左側に狙いを定めて突撃していく、それを察したエストラ軍の隊列が弓なりに湾曲し始める。
初めにキエヌ軍とぶつかったエストラ軍は、突撃してくるキエヌ兵と混ざり合い混戦を極めた、元気一杯の両者共、剣で打ち合い怒号を掛け合い馬から落ちていく兵士を踏みつけ斬り合った。
わあああぁぁ。
湧き上がる戦場に出来上がる死体の山、そこにエストラ軍の右軍が駆けつけた時にはキエヌ軍は左軍を突っ切り背後に回り込んでいた。
「後ろだ、方向転換」
指示が飛ぶとエストラ軍は馬首を変えてキエヌ軍を追おうとする、しかしキエヌ軍は既に後方で中軍との戦闘に入っていた。
右軍は戦場を右に左に駆け回るがキエヌ軍と交戦する機会のないまま時間だけが過ぎ、キエヌ軍は右軍の動きの反対に移動を繰り返し、エストラ軍の左軍と中軍を集中的に戦い続ける。
数で負けているなら移動力で勝てば良い、ガウリスは細やかな指示で自軍を手足のように動かし、エストラ軍の右軍とは戦わず左軍中軍を挟んで睨み合う形で少しずつ左軍中軍の数を減らしていった。
「くそうガウリスめちょこまかと……」
右軍のモーブス伯が捕まえられないガウリスに苛々しながら怒鳴っていた。
中軍と左軍が行く手を遮り回り込もうとしてもガウリスはそこにはおらず、いつまで経ってもキエヌ軍と戦えない間に中軍左軍の兵士達が削られていkのだから、モーブス伯が苛ついてしまっても仕方が無く、六万のエストラ軍はガウリスを追いかけるだけで精一杯で、荒野の真ん中をぐるぐると翻弄されながら何刻もの時間戦い続けた。




