1031 エストラ攻め
ドドドドッと追撃を掛けるガウリス軍に、目前に迫った自国を前に必死に逃げるエストラ軍。
援軍としてやってきたリーサス男爵の部隊が意気揚々とガウリス軍の先頭を走りエストラ軍を捕まえる。
「国に入れさせるな」
リーサス男爵の突撃の合図に一気に速度を上げるとエストラ軍の最後尾に追いついた兵士達が攻撃を仕掛けた、援軍のキエヌ兵達は気合いも充実しており疲れたエストラ兵達をものともせず斬り倒し、ストラ軍は後続から浸食されていく。
速度の落ちるエストラ軍にリーサス男爵を追ってきたロブラン子爵の部隊が、回り込むようにエストラ軍の側面を叩いた。
援軍を得たガウリス軍は二万近くにまで増え、戦力差の無くなったエストラ軍にはもう真面に太刀打ち出来なくなっていた、じわじわと後続が追いつきやって来るガウリス軍に必死に抵抗していたエストラ軍だったが、故郷の土を踏む事なく兵士達が倒れていく。
「もうすぐだと言うのに……」
ストレイ候にはもう何も命令を出す事が出来なかった、混戦となった戦場で目の前の敵と戦うのに必死で動ける兵士なんていなかった。
援軍要請に早馬を行かせたがこの戦況で間に合うかどうかという所だ、そこにガウリスが戦場に到着したと報告が来るとストレイ候の顔は真っ青になった。
「このままやられるならストレイ家の名に賭けて戦って死んでやる」
覚悟を決めたストレイ候の握る剣は震えていた、剣術にそれ程自慢出来る腕前では無い彼に何人の敵を道連れに出来るか分からない。
溢れ落ちる悔し涙を拭いて最後の戦いに声を張り上げると、敵に向かって行き剣を振るった。
「ふんっ、むうん」
ガウリスの愛斧は一振り一振りが抗えない鉄槌のようにエストラ兵を両断していく、剣で受け止めようとすれば自身の剣ごと押し込まれて真っ二つになり、掠っただけで肉は避け血飛沫が舞う、ガウリスの周りは味方でさえ近付こうとはしない。
彼から助かるにはただ一つ近付かない事である、味方ならそれで良いかも知れないが敵側からすればそうはいかない、運悪くガウリスの前に出て来た者は命運尽きたと思い決死の覚悟で飛び込んで行くか、彼の気分で見逃されるのを待つしか無かった。
ガウリスが戦場に来る時は暴れられる空間を作る為に周囲は常に空いている、それを遠目から見ればガウリス一人が孤立しているように見えていて、敵陣からすれば絶好の機会を得たと勘違いさせてしまい、囲め倒せの号令が後ろから飛んで来るのが死の宣告のように聞こえてくる。
「ストレイ、出て来て儂と戦え」
声を張り上げストレイ候を挑発するガウリスに、その声を聞いた彼は歯をくいしばり黙殺した。
(誰がお前と戦うか、此処が最後だとしても一人でも多くのキエヌ兵を倒すのが国の為)
それで無くともエストラ軍は包囲されつつ数が減ってきていて全滅まで時間の問題だった。
「向こうの大将は臆病者だ、一気に殲滅せよ」
おおおっ、勢いの良い掛け声と共に押し寄せてくるガウリス軍にエストラ兵は戦意を失う、こうなっては虐殺の嵐だった。
生き残ろうと逃げまどうエストラ兵は隊列を崩し我先に国に帰ろうと敵に背を向け走り出した、そこにキエヌ兵の剣が振り下ろされていった。
「戻れ、隊列を崩すな、エストラの誇りを……」
掻き消される部隊長の声。
統制の取れなくなった軍など怖くもない、ガウリス軍は包囲殲滅の形を作りながら飲み込み敵兵を切り捨てていった。
「もう駄目か……」
必死に戦っていたストレイの体にも幾つもの切り傷を付け、これ以上は戦うのは不可能と諦めかけた時に、遠くから地響きを立てて押し寄せてくる音が耳に入る。
「新手の敵か」
そう思った時、
「敵を押し返せ!」
と野太い声が木霊してストレイ候は振り返ると、輝く鎧に老齢の顔が視界に入った。
「ダント候……」
儀に炉の鎧が眩しく見えるその上に髭を蓄え咆哮するダントの姿に、一瞬ストレイの顔に笑みが浮かぶ。
あれだけグルバヌスを敵視し、何かと彼の肩を持つダント候に良い印象を持っていなかった彼が他の諸侯達と援軍として来てくれたのだ、その数二万。
「ダント候、援軍に来てくれたのですか……」
「何を当たり前の事を言っておる」
「私はもう此処で一兵でも多くの敵を減らして散ろうかと……」
「馬鹿者、敗戦の将が責任を取らずして死ぬと言うのか、生きて陛下の御前で謝罪しろ」
そしてダント候は全軍前進の号令を飛ばす。
「ストレイ、此処は儂に任せてお主はさっさと国に戻れ」
ダント候は厳しく言い放つ。
「…………申し訳ない」
項垂れたストレイ候に目もくれずにダント候はガウリス軍に向かって行った。
退くストレイ軍を後ろで体制を整えさせ、ダント軍が前に出てガウリス軍と激突した。
エストラ軍に援軍の報はガウリスにも届く。
「命拾いしたか、構わぬこのまま押し込め」
進軍が停滞した自軍に止まるなと檄を飛ばしながら自身も前に行こうとしたガウリスは、前線で盛り上がる敵武将を見た。
「あれはダントか、奴が来たと言う事か」
ダント候といえばエストラの忠臣、武人で知られている、前回はキエヌの首都まで攻め込んできた唯一の敵でもあったが、その時はグルバヌスに進路を阻止され逃がしてしまった悔しさを晴らせると思った。
「若造よりも歯ごたえがありそうだ、どけっ道を空けろ」
ガウリスは味方を押しのけ前線に向かうと、大剣を振るうダント候に叫んだ。
「ダントォ、先の大戦で我が国を脅かした唯一の男、その借りを返しに来たぞ」
「むっガウリスか……此処で会ったが運の尽きと思え」
「ストレイの若造では相手にならぬと思っておった所よ、年寄りとて容赦はせぬ、我が愛斧の錆びにしてくれるわ」
と言ってガウリスは下馬すると豪快に斧を一振りしてみせた。
「ほざけっ、お主もあと数年すればこちら側の立場になるのだぞ」
相手が下馬したのを見てダント候も馬から下りてきて大剣を構えてみせる。
「場を空けろ、手を出すでないぞ、出した者は味方であれ我が斧の錆となるぞ」
ガウリスが声を上げる、それは敵味方に言った言葉だった、さっと広がりせめぎ合う両軍の中に空間が出来上がった。
「ほほっ面白い、良いだろう相手になってやるわい」
「威勢だけは若いと見える、だが儂の剣を受け止めるには歳をとり過ぎだな」
はっはっと笑うガウリスに、ならば受けて見ろとダント候が向かって行く。
振り下ろしてきた大剣をガウリスは斧で振り払うと、ガーンと銅鑼を鳴らしたような重い金属音と火花が散った、
「ぬうっ……なかなか重い剣撃だな」
意外にも老齢にしてはダント候の一撃は強くてガウリスは軽く驚いた、じぃんと伝わる腕の衝撃になるほどと感心した様子だった。
「年寄りと侮ってるからじゃ」
「年寄りがそんな大剣をいつまで振り続けられるか試してやる」
ガーン、ガーンと互いの刃が打ち合う度に金色の火花が二人の背景を華やかに彩っていた。
三合、四合とガウリスの協力な斧を受け続けたダントの顔に焦りが滲んでくる、始めは振り合わせていた剣が次第に合わなくなってきて必死の形相に変わった。
「たったこれだけでもう根を上げるか、やはり年寄りは家で茶でも飲んでた方が良かったのでは無いか、はっはっ」
「ぬう、言いよる……口も上手いとはな、前の戦でキエヌを落とせていれば……」
「ははっグルバヌスに助けられたのに恩知らずな爺さんだ、あの時死んでいれば良かったとでも言うか」
「喧しい、お主がグルバヌスを語るでないわ、奴は儂の身を案じて来ただけじゃ、来なければ城を攻めていて今頃はお主の居場所もなかっただろう」
「……」
(奴の言っていた助けたい者とはダントの事か……)
「呆けるなガウリス」
体重を乗せた大振りの大剣がガウリスに振り下ろされると、渾身を込めた斧が掬うように大剣を空へとはね飛ばした。
「ぐおおっ」
大剣が後方に落ちて地面に突き刺さり、両腕に力が入らない程の衝撃を受けたダントは地面に膝を着いた。
「止めだ、年寄り一人殺しても何の戦果にもならん、剣を持たぬ者を斬ってはガウリス家の恥じだ、帰れ」
とガウリスが言葉を投げ捨てた。
「愚弄するか、とどめを刺せ……」
焦燥感漂うのダント候が叫ぶが、
「ふんっ、さっきも言ったであろう……年寄りを殺しても自慢にならぬとな、残り少ない命を取って楽しいか、もっと若く力溢れる者を呼んでこい」
駆けつけた部隊長や兵士に支えられ後方に連れて行かれるダント候が叫ぶ。
「ぬう、このままおめおめと帰れるか、離さぬか」
ダント候が負けた事が広がったエストラ軍は戦闘を止めて一斉に退却を始めた。
「閣下、敵が退却を始めました」
剣を引き固まりながら背を向けたエストラ兵が遠ざかっていく。
消えていったダント候を確認したガウリスは少し間を空けてから全軍に合図を送る。
「全軍前進このままエストラを攻める」




