1029 新たな力
「あれは?」
突如現れた魔道士が中空から火球を飛ばしてくる、剣を交えて戦ってる前線の頭上を通り過ぎ後続のエストラ軍で火の手が上がる。
火だるまになった兵士が逃げまどいそれから逃れようと隊列が崩れ、阿鼻叫喚の悲鳴が後ろの兵士に恐怖を与えていた。
「下がれ下がれ、魔道士がいるぞ」
ストレイ候も炎の熱さに堪らず後退しろと叫んだ。
「あれが魔導の力なのか……キエヌに魔道士がいるなんて報告は入っていないぞ」
魔道士なんて後方で魔法を使うだけの卑怯者と毛嫌いしていたストレイ候は、魔道士が前線に出てあのような火の玉を投げつけてくるとは思わず、初めて魔導を目の当たりにして驚いていた。
「こんな狭い場所では不利ではないか、あの様な事が奴にも出来るというのか」
馬鹿にしていたグルバヌスが爵位を返上して国を出て行って喜んでいたストレイ候は、もしかして国にとってとんでもない人物を追い出してしまったのではと思い始めていた、しかしそれも後の祭り、もしグルバヌスがいたとしてもこの期に及んで応援を頼む何て出来るはずが無く、作戦に自信を持って進言した手前、必ず成し遂げなくてはとストレイ候は一旦後退して陣形を整えようとした。
前の方で何が起きているのか分からない部隊は、突撃と言われたのに次に後退の命が来て動揺が隠せないまま後退を始めていく。
初めての実戦投入された魔道士達の働きは上々なものであった、ガウリスもこれ程の戦果を挙げられて満足した様子であった。
(ふむ、たった数人の魔道士だけで敵を押し返せたのは素晴らしい)
もっと実用的な戦術が出来ればと、これを機に魔道士達に経験をさせて自分達の力の使い方を覚えさせる為に、エストラ軍にはその実験台となって貰うぞとガウリスは考えていた。
何とか隊列を整え後退したエストラ軍は後方にあった町の郊外に兵を布陣させガウリス軍を待ち構えた。
「ここなら良いだろう」
広い場所に戦場を移し街道からやって来るであろうガウリス軍を待った、先程の戦闘で五百程の兵を失ったが、その兵士達の死体が街道を封鎖してくれたので後退時に後ろから襲われる事も無かった。
「魔道士との戦いなんて知らんぞ……どうすればいいんだ」
ここにグルバヌスが居れば何とかなりそうだったが、彼を頼るなんてストレイ候の誇りに賭けて出来ない事だ。
「どうにかしてガウリスだけでも倒せれば大手柄なんだが」
その名を聞けば誰もが恐れる相手、キエヌの守護神、世界の英雄と言われている人物を倒せばキエヌ王国の力は大幅に弱体する、たった一人、その一人の為に何人の兵士の命が必要なのだろうかとストレイ候の脳裏で計算していた。
(奴を倒すのに今の兵力を使って倒せたとしてもキエヌ攻略は諦めざるを得ないだろう、だがガウリスを倒したという戦果は残る……奴がいなくなったキエヌならエストラの勝利は見えてくる、その為に我々の命を捧げる覚悟はあるのか)
ストレイ候自身家系の誇りはある、その上に国家と国王に対する忠誠心の高さも誇りに思っている、それは生きてこそであり、今自分が死んだ後に誰が自分の意志を継いでくれるのかと考えると死ぬ事は出来ないと思ってしまう。
(私の考えは私だけの物だ、誰にも私と同じ考えを持つ者なんていないんだ)
エストラの策謀家、戦略家になるんだと若き諸侯の野望はまだ実現していないのにまだ死ぬ訳にはいかなかった。
(やっとグルバヌスを追い出せたのだ、私の活躍はこの戦いから始まるのだ)
その初戦がガウリスという皮肉にストレイ候は唇を噛んだ。
倒す倒さないよりも、まずは街道からやって来るガウリス軍をどうにかしなくてはいけない現実にストレイ候は正面、左右に軍を振り分け街道から出て来たガウリス軍を包囲殲滅するように伝えた、魔道士など神出鬼没な相手に対策などない。
何処から来るのか分からないなら考えても仕方が無いと、一応注意するようにだけは伝えておいたが出て来たとしてどの様に戦えば良いのかなんて教えられるはずも無かった。
「やるしか無いんだ……」
呟くストレイ候の声は震えていた、連れてきた諸侯の中にも剣自慢はいるがガウリス相手では分が悪い。
「いいか前に出すぎず号令があるまで敵兵を各個撃破せよ」
兵士達の顔にも緊張の色が伺える、それはそうでガウリスはメラルドにいると聞かされていたし魔道士と戦うなんて知らなかったからだ。
ガウリス軍は街道の死体を片付けてから一気に南下してきて姿を現した。
「ふんっ、地の利を利用したつもりか、こざかしい策だ」
エストラ軍の陣形を一瞥して瞬時に理解したガウリスが鼻で笑った。
森の街道から広がる平地へ一万の兵を平地に出すだけでも時間は掛かる、エストラ軍は出てくるガウリス軍を街道に押し込みながら先頭の的に集中していれば常に数で圧倒させられる戦略だ、それでもガウリスは笑いを溢すほどにしか思っていなかった。
「魔導部隊、前へ」
ガウリスの一声で控えていた魔道士が街道から出て来て横一列に並んで詠唱を唱えると、放射状に魔法を撃ち始めた。
火球、水矢、光矢とそれぞれの得手とする魔法は色とりどりに見えたが、エストラ軍にして見れば死の雨と見えただろう、いきなりの魔法に接近する事も出来ず狼狽えている所にガウリス軍が扇状に広がりながら飛び出してくる、完全に時機を失ったエストラ軍は後手を打ち、剣を振るう者、指示を待つ者、恐怖に戦く者とバラバラな対応でガウリス軍を受け止めていた。
ストレイ候が落ち着け、前の敵だけに集中しろと叫ぶが、頭上を飛び越えていく魔法に気にするなと言う方が無理がある。
後方にいるエストラ兵も飛んで来る魔法で呑気に待機をしていられない状況に、軍全体の統制は乱れたまま押し寄せるガウリス軍に平地を占拠され始め、囲んでいた陣形が少しずつ広げられていった。
「全員街道を抜けたか、よし平翼の陣形」
とガウリスが号令を掛けると、キエヌ兵は一斉に横へと並び長方形の形に隊列を整え、鳥が羽を伸ばした形でそのまま一気に前進して押して行く。
押し返す力の無いエストラ軍はズルズルと後退を繰り返し、後方の町まで押し込まれていくと、
「円翼の陣形」
とガウリスが更に号令を飛ばすと、鳥が羽を前に出して前方を包み込む形で、中央は進軍を抑え両側が敵を中央に集める様に追い立てていった。
後はもう集めた獲物を狩っていくだけである。
町という箱罠に入った三万のエストラ軍は建物の所為で後退するにも詰まってしまい、路地に逃げ込んでも出口にはキエヌ兵が待ち構えている状態に、じわじわと為す術無く数を減らされていった。
「閣下、身動きが出来ずこのままでは……閣下だけでもお逃げ下さい」
ストレイ候の部下が押し寄せるこの状況を見て勝てないと見込んだのか進言してきた。
「ああっくそう……何故だこちらは三万もいるんだぞ、幾ら強いとは言え一万程度の敵に負けるのか……」
不測の事態が複数あったとはいえ、簡単に三万の軍が一万の軍に負けるなんて考えられない現実にストレイ候の顔は真っ青になっていた。
(撤退、敗走だなんて陛下になんと言えば良いのか……こんな事が受け入れられるはずが無い)
自信満々にゼペス王に進言して意気揚々と出て来たのに、結果は敗走しましたとはどんな顔で言えば良いのかストレイ候の脳裏に屈辱という言葉が過ぎる、しかし現実は倒れていく兵士と味方の悲鳴が現状の悲壮感を物語っていた。
撤退の二文字を声にするのが嫌でストレイ候の目には涙が浮かんだ、今ならまだ全滅は免れる、少しでも被害を抑えるには即決しなくてはいけないのも分かっていたがそれが中々声として出せずにいた。
「まだ何かないのか、逆転の法則は……」
士気も低く地理も疎い、ただやられていくだけの光景には全滅という絶望しか浮かんで来なかった。
「……やむを得ない、撤退する」
ストレイ候の力ない声に部下が声を張り上げた。
「撤退、撤退」




