1028 実験場
キエヌとエストラとの戦闘は思いの外エストラが善戦していた。
ガウリスが帰国するとガル方面で反乱が各地で起きたと大臣から報告が入り、それを鎮圧する為に向こうに要る軍を総動員していると聞かされたが、キエヌの守備を下げて援軍を送るかどうか迷っていたという。
「ぬう、これはどういう事だ……」
グルバヌスからの報告ではエストラ軍が攻めてくるという話で南東で集結しているのが魔道士が確認したと聞かされていて、ガルで暴動が起きるとは聞いていなかった。
グルバヌスが嘘を付きエストラが攻めやすいように騙したのかと思ったが、それなら自分を国に呼び戻すような事はしないはずである。
ガウリスはもう一度情報を整理し、ガルの暴動、エストラ軍の集結と確実な情報だけを精査すると、大臣に対しキエヌ防衛を密に国境に兵を配置するように伝え、ガウリスは一万の兵を招集すると自ら率いてガル国境沿いに出向いていった、それと同時に魔導部隊に斥候としてエストラの動向を探るように命令を下した。
もうガル復興は無理だと諦めかけていた反乱分子達は、燻っていた火が再燃し仲間達に呼びかけ日時を合わせて一斉蜂起した。
小さな声は怒声と変わり警備兵や軍設備の拠点を次々と襲撃し各地で火の手が上がっていった。
「直ぐに兵を集め鎮圧に向かわせろ」
ガルの治安を任されていたギラン男爵が声を上げる。
もう安全と思われていたガルでいきなりの襲撃に動揺が隠せない。
何故急に反乱が起きたのか、既にかなりの人数を逮捕、投獄したはずだったが、まだこれ程ガルに対して忠誠の高い国民がいた事に驚いていた、それも反乱が起きたのが周辺の町や村であり、首都を囲む様に蜂起したように報告が届いていた。
その為、軍の大部分を置いていた首都から軍を分けて鎮圧に向かわせなくてはならず首都を守る兵士が極端に減っていて、不安に思ったギランはキエヌに援軍の要請を掛けていた。
「キエヌから応援が来るまでに早くて二日か……」
今国王やガウリス大公不在の首都は右大臣達が守っているが、連絡を受け取って直ぐに援軍を出してくれるかは微妙な所だった。
「どれだけの数がいるんだ」
幸いにも元ガルの帰順した諸侯達の殆どはキエヌで新生活を送っていたので、反乱に加わり率いるだけの力のある諸侯はいないはずである、なのに反乱に加わる規模は拡大していた。
一見従順になったと思っていた国民達もこの混乱で気持ちが高ぶり反乱に呼応しているのかも知れない。
「兎に角一つずつでも確実に鎮圧して行かねば」
ガル国境の守りを減らしてまでもギランは反乱を抑える為に全力を注いだ。
この混乱は直ぐに待機していたエストラ軍に伝えられると、ストレイ候の号令で動き出す。
「敵の守備は手薄、これを機に一気にガルを攻め落とす、市民には手を出すな、目指すはエルスダンダ城」
おおっと、三万の兵士がガル南部に大回りに移動を開始してガル南東では無く南から侵入を試みる。
東側のキエヌ兵守備隊には気付かれていなくても魔導部隊の魔道士達はガウリスの命令を待たずして、グルバヌスから連絡があった時からずっとエストラ軍の動向を見張っており仲間同士で連絡を取り合っていた。
(今閣下がキエヌを出られたぞ)
(こっちはエストラ軍が南側に行軍、侵入を開始したみたいだ)
(誰かガル守備隊に連絡してくれ、南だ、南から敵が来るぞ)
魔導部隊も初めての任務で連携不足が上手くいっておらず、誰がどの様な役割をするか決まっていなかった。
(誰か閣下に連絡、指示を伺ってきてくれ)
(じゃあ俺が閣下に伝えてくる)
その間にエストラ軍は手薄な岩塩鉱山のある南側から進軍、一番最初に見えた村に入って制圧すると、国民には解放を謳い危害を加えない事を約束してから更に中央へと進軍して行った、
混乱に乗じた進軍に抵抗する暇も無くキエヌ兵達は殺され次々と町や村が開放されていった、ガル国民からは歓声の声で迎えられて事前に扇動者がエストラが協力してガルを取り戻しに来てくれると説明していたので、反乱分子達も驚く事も抵抗もなかった。
この一報を受け取ったギランはやられたと舌打ちをすると、兵をガルに戻せと命令をしたが時既に遅し、入って来る連絡は敗走の報ばかりであった。
反乱だけでも手を焼いていたのにエストラ侵攻も重なりガル国内は大混乱に陥り何処から手を付ければ良いのか分からず、まずは兵を固めてガルを死守しようと考えた。
兵をガルに戻して防衛を固めていると、ガウリス大公が援軍を連れてやって来たとの朗報を聞いた。
「閣下が……」
それは嬉しい一報だがメラルドに行っていると聞いていたギランは、此処にガウリス大公がいる事に驚き、それと共にガウリスに任されたガルを守れなかった責任を感じた。
ガル東の国境に向かおうとしていたガウリスの所に、魔道士からの連絡で南よりエストラ軍が侵入の報を受けて進路を元首都であるガルに変更してきたのだ。
(やはり暴動はエストラの仕業だったか)
グルバヌスの情報に不足はあったが間違っていなかったのだ。
エルスダンダ城から飛び出して来たギランの前にガウリス軍の姿があった。
「閣下……エストラの侵攻を許してしまいました申し訳ありません」
「ギラン謝罪は後だ、お前は反乱分子の鎮圧に注力せよ、エストラは儂が引き受ける」
「はっ、敵は三万、南から進軍中です」
「よし、行くぞ」
着いたばかりだというのに一万の兵は疲れも知らずにガウリスの号令一下、エストラ軍に向けて駆け出して行く、それを見届けるとギランは息を吹き返したように編成をし直して暴動の起きてる町の鎮圧に集中した。
快進撃を続けけるエストラ軍はガルの町までもうすぐの所まで来ていた、抵抗もなくこのままガルを攻め落としガル復活の手助けをする事が目的で、エストラから遠いこの土地を奪う為では無い。
ガル王家はもうおらず、新たな人物を国王に就かせ属国とする事でキエヌの支配力を下げエストラの支配力を上げるのがストレイ候の計画であった。
「ははっ、見ろ私の計画通りではないか、ガウリスのいないキエヌなどこの程度、このままエルスダンダ城を落とすのだ」
ガルに続く街道を北上するエストラ軍の前にガウリス軍が姿を現す、それをガル防衛のキエヌ軍と思ったストレイ候はこのまま一気に押し潰せと号令を掛ける。
敵の数は目視でも少ない、数でも圧倒的有利と見たエストラ軍は剣を抜くと速度を上げて突撃を掛けた、しかし敵の顔が目し出来る様になった時、先頭を走る大柄な男を見て兵士達から声が上がった。
「ガウリスだ!」
「敵軍にガウリス」
「なにっ……何故こんな所に奴が居るんだ」
ガウリスの名を聞いてストレイ候の顔色が一気に変わった、メラルドでエルディール王の結婚式に出席していたはずの彼がどうして目の前にいるのだと、認めたく無くて近くにいた兵士を怒鳴りつけた、しかしもう敵は目前に迫っている。
何も出来ず先頭の兵士達がガウリス軍と激突した。
こうなったら止める事は出来ない、それ程広い街道でもない場所で後続の兵士達は前に行こうとするし前線では必死に戦ってるわけで、身動きの出来ない両軍は前の兵士達がやられるのを待つしかない状態だった。
そんな中で一際暴れる巨体がエストラ軍の後ろの方からでも見て取れた。
ガウリス大公自らが最前線に飛び込んできて、エストラ兵士の剣は彼の体に届く前に倒されていた、この狭い道で豪快に斧を振る姿は鬼神のようである。
三倍もの兵力差に恐れるガウリスではない、限られた広さで戦っていれば襲ってくる敵の数も限定的で、ガウリス程の人物ともなれば敵も一人で戦うのでは無く数人で囲んでくるのが定石な戦術だった、そういう戦いにも慣れているガウリスも当然の様に戦い方も身に付けていたので、動揺もなく淡々と向かってくるエストラ兵の数を減らしていく。
次々と投入されていくエストラ軍の減り方にストレイ候に焦りが見えた。
「ガウリスに集中せよ、奴を倒せば勝てるのだ全員でガウリスの首を取れぇ」
三万もいればガウリスの首ぐらい取れるだろう、ガウリス只一人に狙いを付けたストレイ候は大声を上げて鼓舞した。
「貴様らの総大将は誰だ出て来い、臆病者め儂は此処にいるぞ」
ガウリスがにやりと笑ってストレイ候を煽るが反応がなく、それならばと口笛を吹いた。
ピーッ、と甲高い音を合図に上空に出現した魔道士達が一斉に詠唱を唱えた。




