1027 心の叫び
「ぐぬぬ、何たる傲慢な王女だ」
響き渡るサン王の怒声に大臣、諸侯達の顔が引き攣る。
エスタルから戻って来た使節の報告は、会っても良いけどエスタルまで来いという返事にサン王は怒っていた。
一国の王が会いたいと言っているのだ、普通なら向こうが会いに来るものだろうとマルティアーゼ王女の不遜な態度が気に入らなかった。
「絶世の美女だと言われて良い気になりおって……性格は最悪ではないか、私がこんなに会いたいと頭を下げてると言うのに北方に来いとはどういう了見だ……私は国王だぞ」
どんなにエスタルが大国だからと言って他国の王を見下すような態度はどの時代でも無礼と言えた、それを当然のように言ってきたマルティアーゼに対するサン王の反応も当然と言えた、だがサン王の怒りはその十日後に急変する事となる。
エスタルに送り込んでいた間者が戻って来てサン王に告げた内容は、エスタルでファリス王の急死であった。
突然の死に公表された内容からは原因が伝えられていないとの事で、ただ国王が亡くなったとだけ国民に伝えられたそうだった。
「次の王は誰になるのだ、エスタルの男子は一人だったはずだぞ」
次国王が誰になるのかも現段階では分からず、他の仲間が次の報が出るのを待っており、兎に角エスタル王急死の一報だけを持ち帰ってきましたと間者は告げた
「エスタルはこれで国内は不安定になったのか、ふんっ良い気味では無いか」
「それと別件でご報告が御座いまして」
「なんだ?」
「我が国の使節の他にもう一団エスタルにやって来た国がいます」
「一体何処の使節団なのだ、早く言わぬか」
苛々とサン王が怒鳴る。
「はっ、ミーハマットの使節団がエスタル城に……」
「ミーハマットだと?」
サン王は直ぐに使節として送った使者を呼び、本当なのかと確認をとった、すると、その事は本当だったらしく何の為に来たのかまでは知りませんと言う。
「ミーハマットが何をしにエスタルに……」
戴冠式の際にもミーハマットの使節団は来ていたというから、改めてエスタルに行く用事と言えば……。
「まさか向こうも王女を欲しがっているわけではあるまいな」
自分がしていた事をミーハマットも同じように考えていたのではないかとサン王は思い、同じ考えであればミーハマットと同程度の思考をしていると感じて不快感を露わにした、となればエスタル王女がどんなに悪女であれ、ミーハマットになんて所に取られるぐらいなら我が物にしたいという独占欲が芽生えてきて、ミーハマットの動向を探るように間者を増やすよう命令を出した。
「エミュリアはもう役に立たん、あれを廃してエスタル王女を隣に置けばサン国も世界から注目もされるだろう、どうせ長くは続かない王妃だ、味わって味わい尽くしてから捨てれば良いだけ」
北方が雪に閉ざされた今は動けないのは向こうも同じ、雪解けを待ってミーハマットを出し抜いてやるとサン王はマルティアーゼの奪取に意欲を燃やした。
サン王に飽きたと言われたエミュリアは、相変わらず産後から体調が優れず以前よりも更に悪化していてほぼ寝台での生活になっていた。
彼女にとって砂漠の生活は過酷そのものであって、気温、砂塵、出産、サン王、故郷と多くの悩み事に囲まれどれ一つも解決しないままだった。
サン国の極端な熱さと寒さの気候は彼女には合わず、出産による体力の低下も戻らず昔の様なふっくらとした体格は面影も無いぐらいに痩せ細っていた。
そしてエミュリアの最大の悩みがサン王と故郷であった。
サン国に来た数ヶ月はサン王もまだ優しかったが、今では数日に一度顔を合わせるぐらいである、それもいきなり部屋にやって来て乱暴な性行為をして戻って行くような王妃としてより欲望の捌け口として見られているようである。
こんな日々で過ごしていれば当然の様に故郷ヴァンを思い出しては泣き崩れていた。
緑豊かで温暖な気候で育った彼女にはサンと比べれば天国の様に思える、しかしそのヴァンも父であるガリオが国王を退位したと聞いてから、今どの様に父が暮らしているのか不安であり戻りたい気持ちで埋め尽くされていた。
(ヴァンに帰ってお父様と暮らしたい、どうしてサン王と結婚なんてしてしまったのでしょう)
もう王女でなくても良い、子共も要らない、一刻も早くヴァンに帰れればそれで良いとまで思い悩んでいたエミュリアは、体調の良い日には手紙を書いていた。
暑さが和らぐ夜に寝台から起きてはこれまで何通もの手紙に心情を書いてはヴァンに送って貰うよう渡していたが、その返事は一度たりとも返ってきた試しは無くサン王によって全て破り捨てられていたのに、それでも彼女は健気に書き続けながらいつの日か故郷に帰れる事を願っていた。
「はぁ……」
今日も暑い、部屋にいても暑さから逃れられない、乾いた空気が喉を枯らす。
窓から入って来るのは熱波と砂しかなく常に窓を閉め切っているので、時折熱気風呂のように感じて空気の入れ換えをしなくてはいけなかった。
重い体を起こして窓を開けると一瞬涼しく感じるのは不思議なものだ、だがそれも直ぐに収まり窓の側に立って居られない位の日差しが彼女を襲う。
「ううっ」
陽光を手で遮り外を見ると、砂塵の尾を引きながら向かってくる一団と町から出て行くサン軍が郊外で戦っているのが見えた。
「まただわ」
これまで何度か城が騒がしい事があった、兵士がひっきりなしに駆け回り外から怒号が聞こえてきたりと、何も無いと思っていた砂漠でおかしいなと感じていた。
侍女に聞くとサンに敵対する勢力が時折町を襲いにやって来ると、こんなに土地が余っている場所でもそう言った勢力がいるんだと思った事があった。
敵対勢力の数は遠目でも少なく、圧倒的にサン軍の報が勝っているにも関わらず殲滅出来ずに追いかけ回しているだけで、敵は少数ながら更に隊を分け右に左にとサン軍を翻弄しながら突撃でサン軍兵士を屠っていく戦法で、潮時と悟るとまるで一人の人間の思考が通じているような統制の取れた行動で一気に走り去っていく。
「あんなに早く消えていったわ」
砂埃が彼らの姿を掻き消し、砂塵が収まった後には地平線の何処にも彼らの姿は見えなくなっていた、それを眺めていたエミュリアはあんなに早く走れるのなら私も連れて行って欲しいと、黄色い世界に目を懲らして見ていて、
「馬があれば故郷に帰れるのかしら」
自分で馬に乗った事もないエミュリアでも人が乗っているのを見て簡単そうに乗りこなしているので、自分でも乗りこなせるのでは無いかと錯覚していた、もし乗りこなせたとしてもその馬をどうやって手に入れるか、一日中部屋に閉じ籠もっている彼女に城の様子や何処に馬小屋があるのかも知らないのでは乗る以前の問題でもあり、帰る方角さえ分からなければ砂漠の中で干からびて死ぬだけで、世間知らずの彼女の逃避行は問題だらけで叶うはずもなかった。
砂漠という広大な檻はエミュリアが思う程楽な場所では無いのである、もし彼女がヴァンに帰る見込みがあるとすれば、敵対する勢力がサン国を討ち滅ぼしこの狭い部屋から助け出してくれる事を願うのみである、そんな他人任せのエミュリアは今日も変わらぬ暑い部屋で叶わぬ希望しか待ち続けていた。
サン王の甘言に騙されサレスを見限った代償は余りにも大きく、味方のいない国で一人故郷に思いを馳せるだけで、エミュリアがこのまま弱り果てここで死ぬのが早いか、誰かが彼女を助けに来てくれるのが早いか、それは運命に従うしかない事であった。




