1024 回想無情
サレスからの伝言は伝えた後は、ここでの休暇を思う存分満喫してレシティとの思い出を作っておこうと考えていたのだが、思いの外、彼女とゆっくり話せる時間はやって来なかった。
用意された客室に宿に置いてきた荷物を運び終えてから三日間、漠然と時間を過ごしていた、食事は豪華な料理で満足だったがその他に何もする事が無く、いつレシティから声が掛かるのかとわくわくしていたのに一向に連絡が無かった。
(国王だから忙しいのは分かっていたが、もっとこう……親密な時間が取れると思ってたんだけどな)
これが現実か、待っているより外にでも行こうかとタリアは考えた。
一応城に出入り出来る様に通行証も渡されている為、自由に外に出て散策しても問題はない。
(ここにいるより気分転換に散歩でもしてみるか)
サレスにはラミールの状況も見てくると言ってあったし時間もある、タリアは直ぐに外出の用意をすると城を出て行った。
(あそこに行ってみようかな)
城からかなりの距離があったが、タリアは馬も借りずに徒歩で歩き出した。
貴族街を出て目的の場所はもう見えていたがそこに行くまでは気合いを入れないと行けない所にあった。
(よしっ行くか)
町並みを確認しながら考え事をしていれば疲れも忘れるだろうと通りを進みながら、
(こうして見ると 新しい家が多いな)
ヴァンに荒らされた場所で一番の被害に遭ったのが首都だった。
破壊された家、燃やされた家、主の失った家と古くも調和の取れた町並みが新旧入り混じった景観になってしまったのは悲しい事だ。
(この景観も十年二十年も経てば元の調和の取れた見慣れた景色に変わっていくんだろうな)
通りの石畳には戦時の痕跡は消されていたが、残された家々の壁には薄らと何かが飛び散った斑点が模様として残っており、ここで激戦が繰り広げられた証拠でもあった、こういった場所が首都の至る所で見られ敵味方合わせて何百何千の兵士達の血が流れていったのだろうか。
タリアは戦争に実践参加はしていなかったが、内容は耳に入っていてアルステルの傭兵達の活躍が戦況に大きく関わっていたという話は知っていた。
(どんな巡り合わせか、たった三人の傭兵達のお陰でラミールは助かったと言っても良い、やはりレシティさんには豪運があるんだ)
彼女の遍歴を見ただけでもなるべくしてなった様なものだと思った、国の為に一騎士として戦い、タリアを探しに北方まで旅をして国を取り戻す為に軍を率いた。
そのどれも女性が率先して出来る事では無い、彼女の勇敢さ勇猛さ、そして人徳が彼女を正解の道へと導いてきたのだ。
タリアはそんな凄い人に憧れ恋をしたんだと少し誇らしげに思えてきた。
「ん?」
タリアは急に足を止めた、何故か急に見覚えのある映像が目に飛び込んできたからだ。
(何処かで見た景色だ……)
それはいつ何処でだったか、立ち尽くしながら考え込んでいると、
「あっ」
(そうかあそこだ)
思い出した先の十字路を見て、
(あの通りを曲がった所に確か……)
タリアは足を前に出した、足早に記憶が正しいのを確かめるように十字路に向かって行き、角を曲がると少し笑みが溢れた。
(やっぱりだ)
曲がった先にある一軒の店、タリアが覚えているのはその店の外観だけで今は看板が代わり違う店へとなっていたが、そこは確かにタリアが来た事のある店であった。
偶然道端でレシティと出会ったあの日、城での催しが退屈で抜け出してきた彼女に誘われ食事をした店だった。
不釣り合いな男女に周囲の客から笑われながら、緊張で何を食べたのか何を話したのか今はもう忘れてしまったけれど、この店の印象だけは強く残っていた。
あの平和なラミールでの淡い恋物語の始まりを忘れるはずがなかった。
(そうだ、そしてあそこに……)
タリアは足先の方向を変えまた歩き始めた、当初の目的地へ……。
昼を過ぎた頃に漸く辿り着いた場所、あの時は夜だったが昼に見る景色もまた違う美しさがあった。
そこは食後にレシティと登ったプリヴェルスの丘だった、あの夜は綺麗な星空を二人で見つめていたが、今、目に映るのは青い空にくっきりとした濃い雲が優雅に流れているのを一人で見ていた。
「やっぱり綺麗だな」
遠くから見る首都は昔と変わらなかった、昔も今も美しいラミール。
この景色を壊そうとしたヴァンには腹が立つ、この景色を見てもこの国を侵略したいと思うのか問い質してみたかった。
「これをレシティさんが守ったんだ」
誰からも愛され王になった事に反対の声も無かったというのも頷ける、女性の国王という世界で初めての女王となった事も驚きだが、その施政も彼女らしい行いだった。
王として一人で決めるのでは無く、臣下と意見を交わした上で最終的に彼女が決定をする、彼女の中では王も臣下も同じ人であるという考えから同じ目線で物事を考えようとする姿勢は他の国王には無い決め方だった。
「俺とも普通に接してくれたのもレシティさんらしい接し方だったんだ、だからこそ俺は惹かれ好きになったのに、ずっと彼女は王族、身分が違いすぎるからと俺の方が壁を作ってしまって彼女の気持ちを受け止められなかった……俺は何て馬鹿なんだ」
例えサレスが国王となりレシティが彼を守る騎士のままであっても多分タリアの中では結果は変わらなかったと思われた、結局タリアの中には生まれ持っての身分意識が強く打破する勇気も無かったので、どんなに後悔しても二人が結ばれる未来はなかったのかも知れない。
タリアはプリヴェルスの丘から見える景色を暫くの間、何も言わずに眺めた。
流れる雲のように何もしなくても時は流れていく、どんなに足掻いても仕方が無いと諦める気持ちがそこにはあった。
(もう戻れないんだ、過去を悔やむより今レシティさんと今生で会えた幸せを喜ぶべきなんだ、庶民があんなに綺麗な王族と出会い親密な関係になれる事は普通に生きててもあるわけがないんだぞ、それだけでも俺は幸せでこれ以上望むのは罪なんじゃないか)
タリアはそう思う事で自分を慰めようとしていた。
「本当に良い天気だ、暑くも寒くも無い住みやすい場所だ、思い出はそれ程多くはないが人も良くレシティさんという素敵な女性が住まう国というだけで、俺にとってはそれだけでここは最高の場所なんだ」
しかしそれでも帰らなくてはいけない場所がある、四季のある厳しさと美しさが混在する北方へ。
「ギルドに知られた時にどうなるか、サレス様の事だから考えがあるのだろうが、もし失敗すればギルドとの戦争になるのかな」
カミュラの強さは分かっているがディトロスの力量は知らないが、カミュラが連れてきたのだから少なくとも俺よりもあるのだろうが、戦えない自分は論外として二人でギルドを相手には無理があるだろうと思う。
元々タリアがギルドを抜けた事情は反逆の為ではない、ラミールを助けて欲しいと事情を説明したにも関わらず断られたので、自分がラミールに協力しようと脱退したまででギルドと戦うためではなかった。
「もっとお互いいがみ合うとまでは言わないがせめて無関心であれば良いんだが」
魔導王エスタルが一言、野良とは関わるなと言わないから野良もエスタル王に敵意を高めてしまうんだと思っていた。
「もしかしたら俺はもうこの景色は二度と見られなくなるんじゃないのか……」
そう思いながらタリアは長い時間立っていた丘から帰る事にして踵を返して歩き出した。
(良い思い出は過去へ、悪い思いは未来に)
タリアはもう自分の人生が絶頂期を過ぎてしまったのかと肩を落として城へと帰っていった。




