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窓の外から聞こえてくる宴会の声に耳を傾けながら、サレスの部屋でタリアは聞いた。
「住居を与えるなんてどう言う事ですか、家を建てるにも費用は掛かっているんですよ、それに食費やそれ以外にもお金を使っているんです、折角レスティさんから頂いたのに無駄使いも程々にして貰わないと」
と愚痴を零した。
暖炉の火で部屋は暖かく、その前で椅子に座ったサレスは静かに視線を手元の書物に落としながら聞いていた。
過ごしやすくなった自室は広いと言うにはほど遠く、質素な部屋は監獄暮らしのようではあったがこの暮らしにも慣れた様子である。
パタンと書物を閉じたサレスは膝の毛布をかけ直すと、
「彼らには自分達で作ったという愛着がある、例えそれが仕事だったとしても自分達が住めるとなれば誰かに渡したくないという気持ちが出る、そこがこれから発展し今の生活よりも良くなるかも知れないと分かれば心が揺らぐだろう、それにこれは初期投資だ、ここで人の暮らしが始まれば後は自然と規模が広がっていき、経済が動き始めれば資金も入って来るだろう」
「そこまで上手く行きますかね、机上の空論にならないと良いんですが……」
「私達に後はないんだ、前に進むしかね」
「まるで騙されて何もかもを失った者の末路のような発言は止めて貰えませんか、こうなったのは自業自得なんですから」
「やっと腰を据えられる場所を見つけたんだ、ここに根を張って地盤の確保が次の目標となる、その為にももうすこし君達魔道士には頑張って貰わないといけない」
「そりゃまぁ国を造ると聞いた時から楽な仕事になるとは思ってませんでしたけどね、私達魔道士だっていつ見つかるとも知れないエスタルが目と鼻の先にあるのにいつまでも呑気にしていられませんから、国家のお抱え魔道士として正式に任命されて一安心したいですよ」
カミュラやディトロスは何も言わないが、タリア達野良魔道士はギルドに見つかればその場で始末される立場でもある、なのでグルバヌスのように国家お抱えの魔道士になれば国の国士となり気安く魔道士に対して手は出せなくなる。
サレスが自分の下に野良魔道士を集めたのもギルドに対し不信感があり、それは少し魔導に携わっただけでも魔導の利用方法には無限の可能性を見出したからである、なのにそれを抑え付けようとするギルドに対抗する形で自分が魔導の未来を切り開こうと思ったのだ。
サレスが求めるのは一極が持つ力ではなく自由な力だった、制約がない自由な発想で魔導を発展させればもっと使い方が広がる世界になれると信じていた。
「カミュラとディトロスにはここに移り住んでくれる者達の資材集めを準備して貰い、君には別の仕事をして貰いたい」
「何ですかその意味深な言い方は……今更驚かそうとしても何とも思いませんけどね」
サレスがふふっと笑った後に、
「君にはご褒美になるかも知れないよ」
「早く言って下さい」
「レシティに会いに行って欲しいんだけどと言っても?」
「えっ?」
どきっとしたタリアは冷静を装うも無言でサレスを見つめていた、目は泳ぎ動揺しているのが一目で分かる態度に、サレスはくすくすと肩を揺らした。
「ふふっ……嫌、別に君をからかおうとしているんじゃないよ、レシティには世話になったから今の近況を教えてあげたくてね、それとラミールがどうなったのか状況も知りたいんだよ」
それは本当の事で、二度と戻れない故郷であってもラミールがどうなっているのか知りたい気持ちはあった、長い間旅を続けていてレシティに残した計略が上手くいったのかヴァンとの戦争に決着が着いたのか何も知らずに今日まで来たのだ。
やっと一息付ける余裕のある生活場所を確保し、ここまでの事を思い起こすとラミールの現状が気になっていた。
「彼女の支援があってこそ私達はここまで来られたんだ、その彼女にちゃんとお礼をしなければいけないだろう、私達が元気にしている事、ここで新たな国を作る事を伝えておかないと仁義に問われると思っただけだ、それにヴァンとの事も調べてきて欲しい、彼女の事だから臨機応変に熟しているとは思うけどやはり国の事も気になるんだよ」
「国を作る事を教えても良いんですか……きっと怒ると思いますが」
「ふふっそうかもね、何と言ってもギルドと目の鼻の先に国を作ろうとしているんだ、争いが起こるのが目に見えている場所に作るなんて自殺行為だとね、彼女からすれば手助けも出来ないような遠方で何故と思うだろうね」
「もしその理由を聞かれれば、マルティアーゼ王女と会えるように身分を取り繕うだけですと答えれば良いのですか……それで私に怒られて来いと?」
そんな事だけで王に成るなんて馬鹿げている、その為に多額のお金を渡したわけでは無いと言われるかも知れない、サレスは彼女から叱られるのが嫌だから自分を代わりに行かせるのでは無いだろうなとタリアは思った。
「君の発想はいつも僕を楽しませてくれる、マルティアーゼに会う為なんて言わなくても良いよ、そんな自殺行為はしなくて良い」
「当然です、自殺するのであれば私ではなくサレス様が直に行ってきて下さい」
「国を作るにはここしかなかったぐらいで彼女なら納得してくれると思うけど」
「適当な事で騙せるとは思いませんけどね……」
サレスの投げやりな言い方にタリアは呆れ返るが、そんな彼を元気づける為にサレスは、
「これは前から考えていた事なんだけど、ここまでずっと僕の世話役をしてくれた君に少し休養をあげたいと思っていたんだ」
「休養……?」
「そう、ラミールの任務のついでに休養してくれて良いと言ってるんだよ、時間を気にせずゆっくりしてきてくれて良いんだ、まぁこちらの雪解けが終わるまでには帰ってきて欲しいんだけどね」
ニヤニヤするサレスの言葉の意味を理解したタリアは、
「半年も遊ぶつもりはありませんが、時間を気にしなくて良いと言われるのは気分が良いものですね」
「こういう時機でないと君にお礼が出来ないのは申し訳無いと思っているんだ」
「サレス様からそんな言葉を聞ける日が来るとは思ってませんでしたよ、私がいない間に何か悪事を考えているのでは無いでしょうね?」
疑心の目でサレスを見るタリアに、彼はそんな事はしないよと否定してきた。
「まさか君がいないと僕は何も出来ない人間なんだ、ここで君の帰りを大人しく待っているよ、北方の雪がどんなものか知ったんだ何処かに行きたくても外には出られないんだ、雪の監獄で静かに時を待つだけだよ」
監獄であろうとサレスなら何処からでも陰謀を巡らすのは朝飯前であろうが、サレスとてもう一人の大人なのだ自分のする事に責任ぐらいは取れるだろう、それよりも大きな休暇が貰えたのは嬉しい事であった。
(ラミールで別れてからどの位経ったのかな)
禁断の愛の主人公になった気分でタリアは興奮していた。
もう会えないと思っていたレシティに会えるかも知れない、その事がタリアには一番嬉しかった。
(ラミールか)
第二の故郷というぐらいに住み慣れ思い出のある国だ、ただの一般魔道士の家庭教師が国家存亡にまで関わりを持ったのだ、しかもその国で知り合った女性王族との恋愛など考えもしなかった経験をして、その女性が今や王女となっている国なら誰でもその国の事が好きになってしまう。
「それはいつ行けば良いのでしょうか?」
サレスはじっとタリアを見つめ薄く笑うと、
「手紙を認めたいから一式と、明日からのここでの生活に必要な物資を確かめ買い出しに行って欲しい」
「分かりました、ではマリアを連れて買い出しに行ってきますよ」
「あぁそうしてくれ」
訝しんでいたタリアがもうやる気を出している、これから長く閉ざされた世界で億劫な日々を過ごすより羽を伸ばせる場所へ、彼の意識がもう向こうに飛んで行っているかのように喜んでいるのが分かった。
「僕にも羽があれば良かった……」
サレスはぽつりと羨ましそうに呟いた。




