1016 地固め
北方に雪が降る、例年よりも遅い雪は国葬を見届けるかのように葬儀を終えてから急激に気温が下がり雪が降り始めた。
古く一際大きな墓石の周囲には幾つもの歴代のエスタル王の墓が建っている、その歴代の墓に並ぶようにストロマエ夫妻とファリスの墓が建てられた。
一代にして同時に二つの墓が建つ事もエスタル史で初めての出来事で、参列した諸侯達の誰もが神妙な面持ちで整列していた。
冷え込む外気に長い時間佇んでいた全員の身体は氷のように冷たく、葬儀の間は誰の口から弱音を吐く言葉は漏らさず最後まで臣下としての努めを果たした。
大広間に戻った諸侯達にマルティアーゼは、
「エスタル王、前エスタル王夫妻の暗殺の首謀者としてローザン王国に対し糾弾する署名を送り、その返答如何で宣戦布告を宣言します」
おおっと皆の口からどよめきが起きた。
エスタルが戦争、この響きに誰しもが事の大きさを実感し初代エスタルから数えて四百年、不動の地位を守ってきたこの国にまた激動が走るのかと緊張した面持ちでマルティアーゼの次の言葉を待った。
「エスタルとしての声明は、ローザン王が元侍女を使ってエスタル王暗殺を企てた事に対してだけです」
マルティアーゼ自身、個人的にはローザン大公夫妻の死についても追求したい所だったが、事は他国の問題、エスタル国としては取り上げなかった、ここにいる事情を知る諸侯達は育ての親であるローザン大公夫妻についても問題視しても良いのではと疑問を抱いていただろう。
「それとローザン王と共謀した魔道士は現在エストラにいるグルバヌスという魔道士です、これは私との個人的に因縁のある相手であり、エストラ本国は関わっていないものと考えております、彼についてはローザンとの問題が済み次第、対応するものとします」
「しかし陛下、その魔道士はエストラの臣下、例え陛下個人と因縁があるとしてもエストラ配下の者が起こした問題であるならば本国に通達した方が宜しいかと考えます」
そう言ったのは年配のグラハン侯爵だった。
「エストラ王国にその魔道士が北方で国王暗殺の首謀者だと伝えれば、国の名を汚したのですその者は処断されるでしょう」
「それも一理あると思いますが、彼がそれで素直に処罰を受け入れるとは思いませんし、魔道士の彼を捕まえられるとも思えません、今ここで姿を消されては野放しにするだけで彼を捕まえる機会を失ってしまいます」
マルティアーゼはグルバヌスとだけは自分で片を付けないと思っていた、これまで多くの人を傷付けてきた罪を誰かの手に委ねるなんて事はしたくはなかった、その為には彼をエストラに繋ぎ止めておいた方が賢明だと考えていた。
(貴方には私が直接、確実に始末させて貰うわ)
今まで待つ身だったマルティアーゼに目的が明確になった事で、今度はこちらから打って出る番に闘志が湧いてくる思いだった、しかし彼女の思いとは裏腹に、翌日から猛吹雪が北方を襲い闘志を冷さざるを得ない状況となっていった。
空を仰ぐサレス達の顔に大粒の雪が積み重なって溶けていく。
寒くなってきたとは思っていたが、いきなりの大雪にサレスとマリアは顔を見合わせていた。
「一日でこんなに気候が変わるとは思っていなかったよ、もっと緩やかに降り始めるものだと思っていたんだけどね」
朝起きると城の周りは一面の雪景色になっていて、地面は時間が経つに連れて白く染まっていった。
突然の降雪にこれが北方の気候なんだと感心しながら建設の状況に思考を巡らせる。
城の周りには住居が建ち並び、工夫達がせっせと降雪の中でも働いていた。
遠方の工夫達が参加してきたお陰で今や住居だけでも二十近くまで増え、そこに生活の手伝いとしてやって来た女性達も含めると初期から倍以上の人が、この荒廃した土地に集っていた。
そして最大の修復作業である城は、三階部分の壁は崩れた石材を再利用し、足りない部分は木材で取りあえずの補修を施したので雨風に打たれる事は無くなり、見栄えは悪くとも一応体裁を保てるだけの城として修復は終わっていた。
「この調子だと明日からの仕事は厳しくなりそうだ」
雪降る前に大まかにでも修復が完了出来た事は幸いであった、次にしなくてはいけないのは……。
タリアを呼んで本日の業務が終わり次第、ここに皆を集めて欲しいと伝えた。
街道の整備、畑の整地、住居の確保と、荒れ果て埋もれていたかつての首都に人が住めるまでの所までこぎ着けた。
そして次に必要なのは。
「皆にはよく頑張ってくれた事を感謝する、この雪で明日からの仕事は一旦終わりにしたい、皆には自分達の村に戻って貰い、この雪が解けた頃にまた続きを頼むつもりだ」
城の前に集まった人達はこの状況に頷き静かに聞いていた、しかしその中で、
「でもよ、自分の村に帰るっていってもな……自分家よりもこっちの家の方が住み休んだけどな、はははっ」
というと、周りから頷く者と笑みが溢れる。
「それに今から家に戻っても何も準備もしてねえしここの方がエスタルも近いから住みやすそうだよな」
「あぁそうだな、金もあるし買い物だって出来るって考えればここにいた方が良さそうだ」
飛び交う言葉にサレスは黙って聞いていて、
「廃墟から人が住めるようになれたのは皆の働きのお陰で、この場所をその様に愛着を持ってくれるのはとても嬉しい、だが一旦皆には自分の村へと戻って欲しい」
「でもあんた達しかいないのにこれだけの家はどうするつもりだ、城まで再建してたった五人で住むって言うのかい?」
工夫の一人が聞いてくる。
「私はここに国を建てるつもりなんだ」
サレスがさらりと言ったので皆の顔は真顔になり一瞬時が止まったように静まり返った後に、はぁ、という声とえぇと言う驚きが混じった声が飛んだ。
「国を建国するには必須と言って良いのが国民の存在だ、皆が建ててくれた住居は私達の為のものではない、私の民となってくれる者にこの家を与えようと思っていたんだ、その為に皆には一旦自分の村に戻って貰い、この雪が解けるまでに私の国民となってくれるかどうかの考える時間にしたいと思っている」
大盤振る舞いの提案に興奮を覚える者がいたが、中には本気で言ってるのか、騙そうとしているのではとか、住み慣れた土地を捨ててまでここに移住するだけの利があるか悩む者がいた。
それは当然の事で、かつてのリム王国民の末裔であっても随分と昔の話である、どんなに小さな集落であっても今の土地で何百年も引き継いできた歴史という物がある、もう彼らにとっては今の土地こそが国であり故郷なのだ。
それにここにいる人達以外の人達がこの事を聞けば猛反対する者は必ず出てくるだろうし、サレスの事を良く思わない者も出てくるだろう、だからこそ彼らには自分の村に戻って貰い、村の人達を説得するだけの時間を与えたのだ。
「ここを発展させるには人手がいる、人が集まってこその国だからだ……強制はしない、だが皆で国を作るという事で今の生活水準は必ず上がる事は保証するよ、今なら移住してくれるなら好きな場所に家を建ててくれても構わない、その為の整備はこちらでしておこう、商売をしたければしても良い、ただこちらも大勢を養うだけの資金にも限りがあるのでここにいる者達の縁者だけにしたい」
とサレスは言い、その反応を楽しむかのように集まった人達を見渡した。
話を聞けば良い話のように聞こえるが、皆の顔は厳しく思い悩んでいるように見えた、その薄い反応に対しサレスは、
「住み慣れた土地も自分達で作る国も同じように誇りを持てると思う、それが出来るのはここにいる君達だ、時間は十分にあるので良く考えて欲しい」
と言うと、タリアに今日は豪勢な料理を振る舞ってあげてくれと伝えた。




