1014 板挟みの生
居並ぶ女性達を見つめ一人一人確認していくマルティアーゼは、最後に首を横に振っていない事を伝えた。
今日で三日目、エスタル全土から怪しい女性達を捕まえマルティアーゼの元で確認作業を行ったが目的の女性は見つからない、するとここでコドス右大臣がサスタークとアルステルにも早馬で内容の詳細を書いた手紙を送った事を言ってきたが、マルティアーゼの中では南ではなく必ずローザンへ向かう北側の何処かにいると踏んでいた。
(母親のいるローザンに必ず帰るはず)
解放されていく女性達を見送っていると脳内に年老いた声が届く。
(初めましてマルティアーゼ様、私はギルド長ホロバンで御座います、此度の件、エスタル王家にとって非常に悲しき出来事で御座いますので、お祝いの言葉は控えさせて頂きます)
(私に何か?)
(はい、マルティアーゼ様が王位に就いた事、その証拠も部下から話を聞いております、私共魔道士ギルドはエスタル王に仕える為にあります、歴代の王とは私が代表してこうして直接話を聞く事になっております)
(そうなんですか)
ギルドとの関係について何も聞かされていなかったマルティアーゼは、ホロバンの言葉に頷いた。
(はい、今後はマルティアーゼ様の命令に従って動きます故、何か御座いましたら私に直接仰って下さいませ)
マルティアーゼは少し考えて、
(では早速ですがローザン街道の封鎖に魔道士を派遣して下さい、今お父様達を殺した犯人を捜しています、ローザンに向かう女性を私の所まで連れてきて欲しいのです)
(御意に、それとファリス様には申し上げた事ではありますが、お亡くなりになられたのでマルティアーゼ様にもお伝えしておこうかと……)
(何でしょう?)
(ファリス様はローザン大公夫妻の事故を不審に思い魔道士を密かに派遣させておりました所、つい先日不明の魔道士がローザン城より飛び立つのを目撃、ギルド員三人が追跡しましたが二名の死亡と一名が行方不明となっております)
(そのローザンから出て来た魔道士は一体誰だったのですか?)
(瀕死で戻って来たギルド員から相手の魔道士の名が判明致しました、その名はグルバヌス、エストラの英雄と呼ばれております野良魔道士のグルバヌスで御座います)
その名を聞いたマルティアーゼの中で一つの繋がりを導き出し納得した。
(あの祭りの時に何故彼がローザンにいたのか分かった気がするわ、二人は何らかの繋がりを持っていて彼がお父様達を事故死に見せかけ殺したのね)
マルティアーゼの見解には少し間違いがあった。
グルバヌスがマルティアーゼを見つけた後にディアンドルと関わり合いになった訳だが、結論としてはグルバヌスがディアンドルと知り合いで、大公夫妻の事故に共謀で関わった所までは当たっていた。
(ローザンとグルバヌスが密かに会っていた……という事ですか?)
(と推測出来ます)
(分かりました、こちらとしても得心のいく情報でした、その事については少し考えたいと思います、また何かありましたら連絡しますわ)
(御意)
とホロバンとの遠話を切断した。
これで全体像が見えてきた、ローザンの両親を殺した犯人はグルバヌス、そしてディアンドルが彼を操っていたと言う事になる。
二人の共通点が私マルティアーゼであるが、グルバヌスが私を殺すはずがない、彼は私を欲しているのだから殺そうとは思わない、彼の狙いが大公夫妻であるならそれは彼の目的にはならずディアンドル側にあるはず。
(お姉様がお父様達を殺す目的は……国王になる事ぐらいだわ)
私がエスタルに移り住みもう帰ってこない事実に、後は大公夫妻がいなくなればローザンを自分の物に出来ると踏んで、グルバヌスを使って事故死に見せかけた暗殺を企んだとマルティアーゼは考えた。
自分がローザンに残っていれば例え次女であっても支持する者は多く、国が二分して内乱という形で争う可能性があり、それにこれまでの彼女の行動から味方が少なく不利と考えたからかも知れない。
これだけ状況が浮き彫りになってくれば、そこにディアンドルの考えを嵌め込んでいくと色々と物語が浮かんでくる、全てはディアンドルとグルバヌスの起こした仕業であると。
(あとは突き出せる証拠があれば……)
それが今探し求めている給仕の人物である、彼女を捕まえ尋問して証言を出させれば決定的となる、その可能性が高いと感じるのは彼女がこの時機に城から逃げ出した事から何らかの理由があるからと思っているからである。
(捜索範囲も広げギルドにも要請を出して、これで逃げられるはずがないわ)
その予想通り、目的の人物がマルティアーゼの前に引き出されたのはそれから三日後の事であった。
ずらりと並ぶ女性達を確認していた時に、どうしても顔を上げない女性がいた。
なんども顔を見せてと言っても頑なに下を向き拒否する女性に、兵士達が無理矢理彼女の顔を持ち上げマルティアーゼに向けさせた。
「お久しぶりやっと会えたわね、ランさん」
マルティアーゼが久しぶりの友人に会ったようににこりと笑う、しかしランはその笑顔に応えるのではなく引き攣り怯えた表情を見せていた。
「あとの人達は帰らせてあげて」
何十人といた女性達が大広間から追い出されると、マルティアーゼと大臣や兵士達だけが残る中、一人ランは囲まれた状態で周囲を見回していた。
「ひ、姫様お助けを……」
「私が貴方を探していた理由は分かってるわよね」
マルティアーゼの穏やかな口調が更に恐怖を煽ってくる、ローザンでは優しく気を遣ってくれていたマルティアーゼが今は恐ろしく感じていた。
ランは何度も頷き従順になれば助けてくれるのではないかと、心の何処かでマルティアーゼの良心に願いながら命乞いをする、彼女もまた手を挙げたりせず語りかけるような口調で何をしたのか聞いてくるのでランは正直に答え始める。
「わ、私はディアンドル様に渡された薬を食事に入れるだけで良いと言われただけで、やり遂げれば母と共に静かに暮らせると……でなければ母の命はないと言われ仕方なく、姫様信じて下さい」
ローザンでは躾に厳しく侍女長として凜々しかった彼女が、目の前でみすぼらしく助かる為に必死になって涙する姿をマルティアーゼは見たくはなかった。
「お姉様が貴方を利用した事は理解しているわ、だってランさんに私の家族を殺す理由がないんですもの、でも直接手を下した事実は変わらないわそれもエスタルの国王とその両親なのよ、これがどれだけ重大な事件か貴方が分からないはずはないわよね」
「そんな……ただ料理に混ぜろと言われただけです」
「それが毒だとは思わなかったじゃ済まないわ」
「……」
ランはもう何も言えなかった、無知な人間を演じてマルティアーゼを騙せる程お互い知らない者同士ではなかったからだ。
「当然の結果として貴方は極刑、これはどうしようもない結論だわ」
「姫様、せめて母だけでもお救い下さいませ、私は極刑でも構いませんですが私が死ねば母も殺されてしまいます、どうか母だけでも助けて下さい……」
泣き崩れたランにマルティアーゼは冷ややかな目で見下ろす。
「一つお願いがあるわ、お姉様の前で今の証言を述べるというなら考えてあげても良いのよ」
「……えっ、そんな事をすればディアンドル様の逆鱗に触れてしまいます」
驚きと驚愕がランを震えさせた、ディアンドルの逆鱗がどれだけ冷酷で無慈悲かを知っている、それなのに彼女の前で証言をするなど自殺行為でしかない事であった。
「それしか手はないわ、その代わり貴方の母親は私が責任を持って助けてあげましょう」
「……」
ぶるぶる震えるランにはどちらをとっても自分の死は免れない、しかしマルティアーゼに従えば母親だけでも助かる可能性があるのならと、震える声で、
「姫様に……従います」
と振り絞った言葉を吐き出した。
国王同士、血の繋がりは無くとも姉妹として育ってきた両者の間に挟まれ利用されるランは、死の淵よりも恐ろしい立ち位置でその命の灯火が消えるのを待つしかなかった。




