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銀の魔導   作者: 雪仲 響


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1010/1117

1010 繋げた言霊

 間一髪で逃げ延びたグルバヌスは街道上で悔しさを滲ませていた。

「私が逃げた……あの子供から」

 震える体にはまだあの恐怖が残っていた、ぎりぎりで詠唱を唱えられたのはまさに奇跡と言うしかなく、肩の痛みで集中出来ず間に合わないと思った直後に飛べた事はグルバヌスの人生最大の危機だった。

 光に包まれ視界が白一色に染まった恐怖にグルバヌスは、飛んだ直後は自分が死後の世界に来たのかと思う程、光り輝く視界に色が戻って来なくて焦っていた。

「はぁはぁ、何故、何故ですか、この私が負けた……馬鹿な事があるわけがない、下級程度、いえ中級にも負けないぐらいの力はあったはずなのに、あんな子供に負けるはずがない」

 あれほど自分の力に自信を持っていたグルバヌスが、ただ負けるのではない子供みたいな魔道士に自負と尊厳を壊され自我が崩壊する程に落胆した。

 もう一度あの魔道士に向かい殺したい気持ちで一杯だったが、左肩の傷は深く止血を施したが腕は麻痺したように感覚が遠く感じていて、今の段階で勝てる見込みは薄く、認めたくはないあの魔道士の実力に歯ぎしりで悔しさを表していた。

 グルバヌスは大きく息を吸いゆっくりと吐いて心を落ち着かせる。

「あの女性を逃した事でギルドに知られてしまいましたね、私も覚悟をする時が来たようです、早ければ数日後にエスタルから使者が来て国に通告が来るかもしれませんね」

 冷静になったグルバヌスはいつもの話し方に戻り、今後の対応を考え始めた。

 それはこれまでお世話になったエストラから出るという決断に他ならない、ダント候のどの様に説明すべきか、ゼペス王への申し開きは何と言えば良いかグルバヌスの考えはそこにあった。

 最悪反逆者として極刑もあり得るが、今死ぬ事は出来ないグルバヌスはその時には魔導を使ってでも逃げ出すしかなかった。

 痺れる肩を押さえてアルステル側の空を見つめ、

「今回の事は私の慢心が起こした結果としておきましょう、もっと強く何人にも負けない力を付けなくてはいけません」

 凄まじい魔力の消耗も加え傷を負ったグルバヌスはふらふらした足取りで街道を歩き始めた。

 しかしグルバヌスはこれから起きる事案に幸運にも生き長らえる事となる、それは彼が瀕死でエストラに戻った時期に起きるのだった。




 グルバヌスを逃がしたバルートは彼を追う事はせず直ぐに自分の家へと走りだした、アルステル領内に入るとそこには戻って来てくれたデビットに拾われ事情を聞いた。

「バルさん……大丈夫だったのかい?」

「はいです、疲れたけどグルバヌスを撃退したです」

「撃退、逃げられたの?」

「もう少しだったけど焼き石で逃げられちゃったです、でも深手を負わせたから直ぐには戻って来ないかもです」

「……ふむ」

 あのグルバヌスに手傷を負わせ戻って来ただけでもバルートの力の凄さがデビットには理解出来る、昔から彼の力には特殊なものを感じていたデビットは、改めて彼がどの魔道士とは違う力を秘めていると考えさせられた。

「デビさん、あの人は?」

 考え込んでいるデビットにバルートは先程の女性がどうなったのか聞いた。

「あぁそうだった……彼女はバルさんの家にいるよ、着いた時に気を失ってね、バルさんの事が気になったからオトさんに看て貰ってる」

「じゃあ早く帰るです」

「うん」

 デビットは後ろにバルートを乗せて馬を飛ばして帰った、家ではオットがクレスを寝台で寝かしつけてくれていたが、彼女の顔は真っ青で呼吸も浅く緊急を要する状態だと言うのは一目で分かった。

「まずいね」

 と、オットが言う。

 デビットが止血をしてくれていたが寝台にはじわりと滲んだ血で赤く染まっている、片足のほぼ付け根まで失った彼女がグルバヌスからどの様にして逃げてきたのか想像すると血の気が引く感じがした。

「バルさん、彼女が気を失う直前にギルドまで連れて行ってと言ってたけど、この状態では厳しそうだね」

 このまま放置していても何れ失血死か衰弱死するだけだが、彼女がもたらす情報をギルドに届けるのも重要だと思う。

 デビットが悩んでいると、

「連れて行くです」

「でもギルド本部に俺達を入れて貰えるかな、それにバルさんも疲れているんじゃないの?」

 グルバヌスの力を知っているデビットだからこそ、彼との戦いが熾烈を極めた戦いであったはずであり、秘薬や体力を消耗したバルートの体も心配であった。

「僕なら大丈夫です、それにこの人が望んでるなら……」

 その言葉の続きをここにいる全員が言わずも分かっていた、それに対し、

「出来るんだねバルさん」

 オットの言葉にこくりとバルートが頷く。

「バルさんがそういうなら大丈夫だ、あまり振動を与えてないようにこの寝具をこのまま荷台に積み込んで運べばいいよ」

「ありがとです」

 オットがクレスを担ぎ上げると、デビットとバルートで寝具を荷台まで運んで寝かせられるようにすると、そっと彼女を横たえた。

「気を付けて行っておいで」

 オットに見守られてデビットとバルートが乗る馬車の前に大きな導路が開く、バルートが行ってくるですと告げるとそのまま馬車が入っていった。

 エスタル郊外に出た荷馬車は振動を抑える為にゆっくりと動き出す、エスタルは目の前だが町に入るまでが長く感じた。

「どうするんだいバルさん?」

 デビットが城にどうやって入るのか聞いてきた。

「時間がないから説明して信じて貰ってこの人だけでもギルドに引き渡せたら後は向こうに任せるです」

 ギルド本部は城内にある為、中に入るには厳重な検査が必要である、しかし彼女の生命が掛かってる為、彼女だけでもギルド本部に送り届ければそれで良くて、バルートは自分達の役目はそこまでだと考えていた。

 町に入り城へと向かうと城門前の警備兵に止められデビットが説明をした。

「この女性を早くギルドまで連れて行きたいんです、俺達は彼女をここに連れてきただけです、誰でも良いギルドの人を呼んで下さい」

 そう言われた兵士達が荷台に横たわる女性を見て、小声で話し合うとデビット達は此処で待つように言われた、待つ間にも彼女の容態は悪化する一方、早く戻って来て欲しいという願いが通じたのか、兵士達が魔道士を連れて戻って来てくれた。

「確かにクレスです、早く本部へ」

 兵士達がクレスを荷台から降ろし城内へ運んで行くと魔道士から、

「貴方達が連れてきてくれたのですね有り難う、何処で彼女を見つけたのか事情を聞きたいが今は一刻の猶予も無い、後日連絡させて頂くので何処の誰かか教えて下さい」

 デビットが相手に伝えると、礼をして城へと走って行った。

「彼女が助かると良いけど俺達の役目はここまでだね帰ろう」

「はいです」

 心配する二人だったがこれ以上出来る事は無く、後の事はギルドに任せるだけだと空になった馬車で家に帰る事にした。




 本部に運ばれたクレスをみてその場にいた魔道士達が慌ただしく彼女に処置を施していた。

「クレスしっかり、何があったのですか?」

 気付け薬を嗅がせて意識を取り戻したクレスに声を掛けていると、その後ろでクレス達三人を送り出した魔道士が駆け寄ってきて彼女の姿に驚いていた。

「一体何が……ランバー様やトロイはどうしたのです」

「導路使用者が……判明しま……した」

 たどたどしいか細い声でクレスが話すのを集まった魔道士達が耳を澄ませて聞く、紫掛かった唇を震わせながら最後の力を使いクレスは言う。

「グ、グルバヌスです……トロイは死亡、ランバー様はグルバヌスと戦闘、はぁはぁ……ローザン大公夫妻の事故はグルバヌスが……起こ……しました…………」

 それを言い終えると任務をやり終えた安堵かクレスは息を引き取る、それを聞き届けた魔道士達は尚も処置を施してみたが彼女が息を吹き返す事はなく処置の手を止めた。

「すぐにギルド長へ連絡を」

 誰かの強い声が響く。

 仲間の死に悲しむ者と事態の緊急性に悲しんでいる暇はないと騒ぐ者で本部の中は右往左往としていた。

 グルバヌスが阻止したかった伝達がなされてしまい、つまりは国王にも知られてしまうという事でもある。

 ようやく点と点が繋がった事件に北方の情勢は一気に加速していく事となる、ローザンとグルバヌスが結託して事故ではなく大公夫妻殺害に変わった瞬間でもあった。

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